11 どういう意味だ?
それから、数日後。
「見つかったぞ!」
お兄様と中庭の温室を見に行って、戻ってきた途端どこからか叫び声が聞こえてきた。
「やっぱり同じものがあったんだ! ほら、見てみろ!」
執務室から飛び出してきたお父様が、私たちの前にぐい、と手を差し出す。手のひらの上にはこの前見た楕円形の石とそっくりの石が乗っていて、だいぶ誇らしげな顔のお父様。
「リリ、この前持ち帰った古文書に目を通して、この通信機器に関して書かれている文章をちょっと探してみてくれないか?」
「……え、今?」
「そう、今」
私は隣に立つお兄様と、顔を見合わせる。
決して威圧的というわけではないのだけれど、お父様に期待のこもった目で見つめられると、嫌とは言えないのがまたつらいところ。
「……いいわよ」
「やった!」
嬉々とした様子のお父様に促され、そのまま執務室に向かう羽目になる。お兄様がやれやれという顔をしながら、「今お茶の準備をさせるから、飲みながらゆっくり読みなよ」なんて優しい言葉をかけてくれる。
この気遣い、すごいと思うの。お兄様のほうが、余程当主っぽい気がするんだけど。
そうして私はソファに座って、テーブルの上にきれいに並べられた古文書や古代語の写しに目を向けた。これを仕分けしてきれいに並べてくれたのも、お兄様である。
さて。
知ってはいたけど、量が半端ない。全部、今回の調査で見つかったものらしい。
ちなみに、発見されたものの中には石碑だったり彫像だったり神殿の壁だったりに古代語が記されていて、とてもじゃないけど持ち出せない場合もある。
そんなときは書かれている古代語を写し取り、持ち帰る。古代語の写しが多いのは、そういうわけである。
これ全部に目を通すとなったら、いつ終わるのか見当もつかない。
でもまあ、仕方がない。
ひとまず私は、古文書のほうから読んでいくことにした。
理由はない。なんとなくである。
私は古代語がわかるけれど、考古学に関するセンスはない。そういう自覚はある。
お父様は発掘バカでそれ以外のことはてんでダメだけど、やっぱり考古学に関するセンスはずば抜けていると思う。
「なんか気になる」と思ったものはだいたい超重要な遺物だったりするし、古代語が読めるわけでもないのに「これに書いてそう」とか言って古文書を持ってきたりする。そして本当に目当てのものが書かれてあるのだから、ぐうの音も出ない。
だからお父様の研究が帝国で高く評価されているのは、私が古代語を読めるということもあるけれど、やっぱりお父様自身の功績によるものだと思う。
「どうだ?」
ようやく古文書の半分程度に目を通し終わった頃、お父様が奥の保管庫から顔を覗かせる。
「今のところは全然」
「そうかー」
「これ全部、ダゴールの遺跡で見つかったものなの?」
「いや、そこで見つかったものもあるし、近くの祠にあったものとか、古い神殿の内部にごっそり保管されていたものもあったよ。ダゴールは精霊王が最初に降り立った場所と言われているから、遺跡や古い建物が多いんだよな」
よく見ると、遺跡で見つかったのか祠なのか神殿なのか、そんな細かいメモがきちんと添えてあった。これも多分、マメなお兄様の仕事だと思う。お兄様、ほんとすごい。
私は古文書を読みながら書き留めたメモを見返して、お父様に内容を伝える。
「まだ全部読んでないから断定はできないけど、ほかの遺跡で見つかった古文書よりも精霊王降臨に関する内容が多い気がするの。この世界に降臨した精霊王様が人間たちにどれだけの慈悲と加護を与えたかとか、精霊王様の『秘めたる力』を称える文章とか、あと『精霊王の湖』のこととか」
「湖のことも書かれてあったのか?」
「一つだけ、すごく詳しく書かれてある古文書があったのよ。精霊王が浄化した湖は山崩れの被害を受けて濁っていたとか、精霊王が浄化すると湖の水は不思議なくらい真っ青になったとか」
「ほう、そんなことまで」
「『真なる精霊王の湖は白き岩に抱かれ、青き水の底に蒼き森が眠る』だって」
「古代人はなかなかの詩人だなあ」
お父様は興味深そうに頷きながら、私が話したことを逐一メモしている。そして、時々「そうか、じゃああれは……」とか「さっきのやつも見てみるか」とかぶつくさ言っている。
「『精霊王の湖』って、どこにあるのかわからないんでしょう?」
私が尋ねると、お父様はどこか無邪気な顔をして、うれしそうに答える。
「はっきりとはね。でも帝国にはいくつか有名な湖があって、その中のどれかが『精霊王の湖』じゃないかと言われてるんだよ」
「候補はあるのね」
「実は、ダゴールにも湖があるんだ」
「え、そうなの?」
「ああ。今のところは、その湖が最有力候補と言われているんだよ。なんたって、精霊王が降臨した場所だからね。いやあ、これはもしかしたら、ダゴールの湖が『精霊王の湖』だという決定的な証拠が見つかるかもしれないな」
「まだわからないわよ。全部読んでみないことには」
「じゃあ、『精霊の申し子』殿、お願いできますかな?」
「……はいはい」
お父様のちょっとふざけた物言いに、仕方ないわねと苦笑したときだった。
「今のはどういう意味だ?」
後ろから不意に鋭い声がして、振り返るとなぜか怖いくらいに険しい表情をしたバルク殿下が立っている。
「バ、バルク殿下!」
お父様が慌てて立ち上がり、つられて私も立ち上がる。
「い、いつのまにいらっしゃって――」
「ついさっきだよ。執事に通してもらったんだけど」
「先触れは……?」
「先触れなどなくとも、いつでも来てくれて構わないと言っていたじゃないか。忘れたのか?」
バルク殿下の切り返しに、何も言えないお父様。
これは完全に、自分の言ったことを忘れてるわね。
調子に乗って適当なことを言ったんだろうなと思いながら、軽くお父様を睨む。
「そんなことより」
バルク殿下は断りもなく執務室に入ってきたかと思うと、険しい顔をしたまま私の目の前に立った。
「今の話はなんだ?」
「え……?」
「『精霊の申し子』とはなんだ? どういう意味だ?」
「あ……」
私は思わず、お父様のほうを振り返る。
「あ、いや……」
お父様はしどろもどろになりながらも、なんとか言葉を続けようとする。
「その、なんというかまあ、ちょっとふざけて……」
「ふざけて? どうふざければ、『精霊の申し子』なんて言葉が出てくるんだ? しかもその様子だと、まるでリリエルが古文書を読んでいたふうじゃないか」
「いや、それは……」
「もしやリリエルは、精霊の言葉と言われている古代語がわかるんじゃないか?」
「え」
あっけなく正解を指摘され、お父様が息を呑む。
「いや、その、つまり……」
「キルス。下手な言い訳が通用すると思うなよ」
帝国皇太子らしい高圧的な口調に、私もお父様も金縛りにあったように身動きができない。
しばらくおどおどと視線を彷徨わせていたお父様は、やがて諦めたように大きなため息をつく。
「……殿下の、言う通りです……」
その声は、重く、引きつって、そして震えていた。
「……そうか。やっぱりな」
嘲笑うかのような勝者の顔で、バルク殿下の冷たい目が私たちを見据えていた。




