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第70話 剣聖の謝罪、そして勇者争奪戦へ?

「そ、そんな事より……約束があるだろ!」


 

じんは握られたままの手をバッと振りほどき、強引に話題を変えた。


手を握られ続けたせいで、カリムの異常な距離の近さにゾクッとしたばかりだったが、今はそれどころじゃない。


この決闘には、そもそも明確な目的があったはずだ。


カリムの敗北を認めさせるのは確かに大事だったが、本当に重要なのは、その先の“リディアへの謝罪”だった。


 


「……そうだったな。」


 


カリムは、ふと神妙な顔をしながら、ゆっくりと視線をリディアへと向けた。


彼女は腕を組んでこちらを見ている。

冷たい目をしているわけではないが、許してもらえるかどうかは、カリム次第だろう。


 


「リディア。」


 


カリムは真剣な眼差しを向け、まっすぐリディアの前へと進み出た。


観衆が息をのむ。

この場には王族や賢律院の高官、貴族たちが大勢いる。


その中で、王国の"剣聖"と呼ばれる男が、幼馴染とは言え、一介の魔法士に頭を下げるというのは、かなり異例なことだ。


カリムは迷うことなく、深々と頭を下げた。


 


「私は、君の夢を否定したことを……心から謝罪する。」


「君がどんな道を歩もうと、それは君の自由だ。私にはそれを否定する権利などなかった。」


 


堂々とした謝罪だった。


潔く、無駄な言い訳もなく、まっすぐに誠意を伝える。


 


リディアは、しばしカリムをじっと見つめていた。


その顔には、複雑な感情が浮かんでいる。


やがて、彼女はゆっくりと口を開いた。


 


「……うん、わかってくれたならいいわ。」


 


観客席からざわめきが起こる。


“剣聖”が自ら謝罪するなんて、前代未聞だ。


しかし、それだけで終わらなかった。


カリムは頭を上げると、今度は毅然とした表情でリディアを見つめた。


 


「だが、それとは別に、言いたいことがある。」


 


「……何よ?」


 


リディアがわずかに警戒する。


そして、次の瞬間、カリムは とんでもないことを口にした。


 


「勇者殿は、凄まじい傑物だった!」


 


 

「君が勇者殿にかれるのも、当然のことと言える!!」


 


 


「――――ッッッ!!???」


 


その場が凍りついた。


 


「…………………」


リディアの顔が、一瞬にして真っ赤になる。


 


「…………………」


迅の顔が、一瞬にして真っ青になる。


 


「…………………」


ロドリゲスが、口を開いたまま固まる。


 


「…………………」


観客席の貴族たちが、一斉にどよめく。


 


「なっ……ななな……な……っ!?」


リディアは真っ赤になったまま、口をパクパクと動かしながら、完全に動揺していた。


一方の迅は、青ざめた顔で、カリムの発言を反芻する。


 


――は?


 


「えっ……ええええええええええっっっっ!?!?」


 


何で急にそんな話になってるんだ!?!?


 


 


「ちっ、違っ……!! そんなんじゃなくてっ!!」


リディアが慌てて否定するが、完全に手遅れだった。


観客席では、すでに貴族たちがザワザワし始めている。


 


「……なるほど、つまり勇者殿とリディア殿は、そういう関係だったのか。」


「剣聖様も、それを認めるとは……」


「異世界の勇者と、天才魔法士……ふむ、面白い話だ。」


 


「いやいやいや!! 誤解だってば!!!」


リディアが叫ぶが、すでに手遅れ。


カリムが、やたらと堂々とした態度で言い放ってしまったせいで、完全に誤解が広がってしまっていた。


だが、事態はさらにカオスな方向へ進む。


 


「しかし、勇者殿に惹かれているのは、君だけではない!!」


 


「!!???」


 


「私もまた、勇者殿に心を奪われた一人だ!!」


 


「~~~~~~~っっっ!!!???」


 


リディアが硬直する。


迅がさらに青ざめる。


ロドリゲスが目を見開く。


観客席が爆発したように騒然となる。


 


「えええええええええええええええええええええええ!!!!?」


「な、な、な、何だこれはぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」


 


そして、カリムは満面の笑みで続けた。




「つまり、君と私は─── ライバルということになるな!!!」




 


「ぎゃあああああああああああああああああ!!!!!」


迅は恐怖に震え、 ロドリゲスの背後に逃げ込んだ。


 


「おい待て!!! 何がどうなったらそういう話になるんだよ!?!?!?」


ガタガタと震えながらロドリゲスの袖を引く。


「ち、ちが……違うから!! 違うから!! ねぇ、ロドリゲス!! 何これ!?どういう展開!?俺、どうすればいいの!?」


 


「……諦めることじゃな。」


「じいさん!!!???」


 


リディアは顔を真っ赤にしながら、つかつかとカリムに詰め寄る。


「アンタ、ちょっと待ちなさい!!」

 

「何だ、リディア?」


「何かもう、言いたい事が渋滞じゅうたいし過ぎてるけど、まずは!!私がじんに惹かれてるって、どういうことよ!?」

 

「いや、どう考えてもそうだろう?」


カリムは堂々とした表情で答えた。


「私は、勇者殿を学びの師と仰ぐことに決めた! 君もまた、勇者殿を尊敬し、学ぼうとしているのだろう?」


カリムは一点の曇りもない目でリディアを見据える。


「だからこそ、“勇者殿を学びの師とする” という意味で、君と私は互いに切磋琢磨せっさたくまするライバルということだ!!!」


 


「……は?」


リディアの顔が、一瞬にして凍りつく。


 


「……私は、何かおかしな事を言っているか?」


カリムがキョトンとしている。




「いや、言い方………」


リディアががっくりと項垂れる。






「…………」


迅は、青ざめながら、震える声で言った。


「………もう……帰っていい?」


迅は、ぐったりと肩を落とした。


こうして、決闘後の戦場は “誤解” によってさらに混沌を極めていくのだった――。




 ◇◆◇




観客席のざわめきが、まるで遠くの波音のように耳をかすめる。


決闘の興奮と混乱、カリムの突拍子もない発言による騒動。



そのすべてを横目に、リディアはそっと視線を落とした。



ふと、風が吹いた。

涼やかな風が金色の陽光をまとい、決闘の余韻を訓練場に残す。




(……ありがとう。)




リディアは、心の中でそっと呟いた。


目の前では、迅がロドリゲスの後ろに隠れ、未だにカリムの “誤解発言” に震えている。

──本当に、もう帰りたいと言わんばかりに。


(全く、バカみたい……)


リディアはそんな彼を見ながら、わずかに微笑んだ。


彼は、いつも飄々としている。

頭が良くて、口が達者で、余計なことばかり考えている。


ときには、あまりに冷静で、まるで何にも興味がないようにも見える。


だけど――


(……私のために、怒ってくれた。)


あの時、カリムに「夢を否定された」瞬間。

自分は、いつものように反論しようとした。


でも――その前に、彼が立ち上がった。


「リディアの夢を否定するなら、俺が相手になってやるよ。」


その言葉が、今も耳に残っている。



(……ずるい。)



あんな風に言われたら。

あんな風に戦ってくれたら。


───もう、一度否定されたくらいで、諦められないじゃない。


リディアは、自分の胸の奥に芽生えた何かを静かに押し込めながら、

そっと、誰にも聞こえないように呟いた。



「……かっこよかったわ、ジン。」



それは、風に溶けるほどの小さな声だった。

誰にも聞かれなかった。


でも、彼女の胸の中に、確かに響いた。



(私も、もっと強くならなきゃね。)



ゆっくりと息を吸い込み、吐き出す。


騒がしい世界の中で、リディアは一人、静かに決意を固めた。


遠くで、迅がカリムに腕を掴まれながら、「だからもう手を離せって!!!」と叫んでいる。


その光景に、リディアはほんの少しだけ肩を震わせながら、笑った。


そして――そっと、彼の背中を見つめた。

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