第68話 科学勇者 vs. 剣聖③ ──科学の閃き、雷光の剣が導く勝利
バチバチバチッ……!!
突如として、青白い雷光が迅の手元で弾けた。
カリムは直感的に”何かが変わる”と悟った。
目の前の勇者が放つ空気が、今までとまったく違うものに変質している。
「……何をするつもりだ?」
カリムが警戒の色を滲ませながら問う。
迅はレイピアを軽く回し、ニヤリと笑った。
「試したかった理論があるんだよ。」
ビィィィィン……!!
青白い電流が、迅のレイピアを包み込むように流れ出した。
金属の刃全体が帯電し、まるで雷の細剣となったかのように光を放つ。
「なっ……!? 剣が発光している……!?」
観客席がざわめき立つ。
異端排斥派の貴族たち、賢律院の魔法士たち、さらには軍の将官たちまでが目を見開いていた。
「雷属性の魔法剣……? いや、そんな単純なものではないな……」
ロドリゲスが杖を握りしめながら、鋭い眼差しで迅の剣を見つめる。
「これが俺の新魔法――“電光細剣” だ」
迅は得意げに剣を持ち上げ、電撃の走る刃を見せつけるように振るった。
カリムの碧い瞳が細まる。
「雷の力を剣に宿す魔法か……だが、それだけなら、魔法剣士たちもやっていることだろう。」
「まぁ、普通はそう思うよな。」
迅はフッと笑い、レイピアをカリムに向けた。
「でもな――俺のこれは、ちょっと違うぜ。」
カリムの眉がわずかに動く。
「何……?」
「お前の剣、もうちょっとよく見てみろよ。」
「……?」
カリムは一瞬、迅の言葉の意図を測りかねたが、ふと自分の剣に目を落とした。
次の瞬間――
「……っ!?」
カリムの手に、微かな“異変”が走った。
ほんのわずかではあるが、剣が微妙に震えている。
いや、何かに引っ張られるような力 が働いている。
(これは……磁力……!?)
カリムは直感的に理解した。
迅の”電光細剣”は、単に雷の力を宿した魔法剣ではない。
円を描くように帯電した剣から発生する電磁場が、カリムの剣に微細な磁気を付与していたのだ。
「……お前の剣は、俺の剣に引っ張られるってことだ。」
迅の声が、どこか愉快そうに響く。
「なに……!?」
カリムの剣が、ごくわずかにだが、迅の剣の方へ引き寄せられている。
(……このままでは、間合いの調整が狂う……!)
剣士にとって”間合い”は命綱だ。
たった数ミリの狂いが、致命的な隙につながる。
カリムは即座に剣を振り、影響を振り払おうとするが――
「遅いぜ、カリム。」
迅が鋭く踏み込んだ。
バチンッ!!
青白い雷光が弾ける。
(――しまった!!)
カリムは、すんでのところで迅の突きを剣で受け止める。
しかし、次の瞬間――
ビリリッ!!
「……っ!」
カリムの腕に、痺れるような感覚が走った。
迅の”雷光細剣”は、直接的な電撃ダメージだけでなく、触れた者に神経を麻痺させる効果 を持っていた。
(これは……!!)
カリムは瞬時に後退し、間合いを取る。
「なるほどな……!」
彼は初めて、心の底から迅を”危険な相手”と認識した。
迅は余裕の笑みを浮かべながら、レイピアを構え直す。
「これでようやく、対等ってとこか?」
カリムは剣を握り直し、ふっと笑った。
「面白い……!」
王宮の訓練場に、再び静寂が訪れる。
次の瞬間――
「行くぜ、カリム・ヴェルトール!!」
「来い、九条迅!!」
科学勇者 vs. 剣聖
決闘は、クライマックスへ突入する――!!
◇◆◇
バチバチバチッ!!
雷鳴のような音とともに、迅のレイピアが青白い光を放ち、鋭く軌道を描く。
カリムは全神経を研ぎ澄ませ、その一撃を受け止める。
ガキィィン!!
金属が擦れる甲高い音が響く。
カリムは迅の剣を弾き返し、即座に踏み込む。
「――お前の雷剣……確かに厄介だが!」
刹那、カリムの剣が閃いた。
剣速は今までのどの斬撃よりも速い。
まるで蒼い雷光のような迅速な剣閃が、一直線に迅へと襲いかかる。
(――この一撃で仕留める!)
だが、その瞬間――
「……甘ぇよ、カリム!!」
迅が不敵に笑い、まるで”引き込む”ような動き"を見せた。
(――何!?)
カリムの剣が僅かにブレる。
いや、違う――ブレさせられた のだ。
次の瞬間、カリムの剣が急激に横へ引っ張られるように逸れた。
「なっ……!?」
カリムの目が見開かれる。
(……これは!?)
彼の剣が――まるで“何かに弾かれた”ように、強制的に軌道を逸らされたのだ。
「……っ!」
カリムは即座に剣を握り直そうとする。
だが――
「遅ぇよ。」
ビリリリッ!!!
青白い雷が、カリムの腕を襲った。
「くっ……!」
瞬間的な麻痺がカリムの筋肉を僅かに硬直させる。
それが決定的な隙となった。
迅は一瞬のうちにカリムの懐へ踏み込み、ヴォルト・レイピアを寸止めでカリムの首元に突きつけた。
「──決まりだ。」
静寂。
王宮の訓練場が、異様な静けさに包まれる。
雷光の余韻がまだ場に残る中、カリムは目を伏せると、静かに剣を下ろした。
「……参った。」
その言葉とともに、勝敗が決した。
「うおおおおおおおおおおお!!!」
沈黙を破ったのは、観客席の歓声だった。
「勇者が勝った!? 剣聖に!?」
「ありえん……!! あのカリム殿が……!」
貴族たちは驚愕の表情を浮かべ、軍の者たちは興奮を隠せない。
しかし、最も驚いていたのは――カリム本人だった。
(……何だったんだ、今のは?)
カリムは自分の剣を見つめる。
最後の一撃、あの一瞬。
自分の剣がまるで”磁石に引き寄せられる”かのように動きを乱された。
(……いや、違う。”弾かれた”のか?)
カリムの脳裏に、迅の剣の異様な光がよぎる。
「……勇者殿、私の剣に何をした?」
カリムは静かに問いかける。
迅はレイピアを肩に担ぎながら、ニヤッと笑った。
「お前の剣に、俺の”雷光細剣”の電磁場を付与した。」
「……電磁場?」
カリムは眉をひそめる。
「要は磁力だよ。《《お前の剣》》を、強力な磁石 に変えたってわけだ。」
カリムの目が鋭くなる。
「つまり、私の剣は……貴殿の剣に引き寄せられていた?」
「そういうことだ。」
迅は軽くレイピアを回しながら説明する。
「最初は”磁力”でお前の剣を引き寄せて、微妙に間合いをずらした。
そして最後の瞬間──"《《磁場の極性を逆転》》"させた。
その結果、お前の剣は俺の剣に引き寄せられるどころか、逆に”弾かれた”わけだ。」
「……!」
カリムの眉が僅かに動く。
(なるほど……!)
カリムの剣があの瞬間、異常な挙動を見せたのはそのためだった。
本来の軌道から逸らされ、致命的な隙を生んでしまった。
(……完全にやられた。)
カリムは静かに息をつく。
迅は、戦いの最中に”電磁場”を利用することで、物理的な力ではなく、磁力によって相手の剣筋を制御する という戦術を編み出したのだ。
「これが……“科学の戦い方”か。」
カリムは呆れたように笑い、剣を収めた。
「貴殿の戦い方、異質すぎるぞ。」
「よく言われる。」
迅はニッと笑った。
「ま、剣一本でお前に勝つのは無理だと思ってたからな。」
「……ならば、貴殿は剣士ではない、ということか?」
カリムの問いに、迅は少し考えてから答えた。
「ああ。」
彼は静かに、しかし確信を持って言う。
「俺は”科学勇者”だ。」
その言葉に、カリムの目が僅かに揺れた。
“科学勇者”
それは、迅が自ら名乗った肩書き。
剣士でもなく、魔法士でもなく、勇者でもない。
彼はただ、自らの信じる道――科学と魔法を融合させた戦い方を貫くだけの存在なのだ。
「……。」
カリムは少しの間、沈黙したあと、ふっと笑った。
「……九条迅。」
「ん?」
「貴殿に勝てる者は、いずれこの世界にいなくなるかもしれんな。」
カリムのその言葉に、迅は眉を上げた。
「何だよ、急に。」
「いや、ただの独り言だ。」
カリムは微笑みながらそう言い、手を差し出した。
迅は一瞬驚いたが、すぐに口角を上げ、その手を握り返した。
「……いい戦いだったぜ、カリム。」
「……ああ、そうだな。」
二人の握手を、王宮の観客席から大勢の者たちが見つめていた。
しかし、誰もまだ気づいていなかった。
この握手が、カリム・ヴェルトールの新たな"執着" の始まりであることを。
カリムはこの瞬間、初めて”剣士としての敗北”を受け入れた。
だが、それと同時に――
(……この男に、俺のすべてを預けてもいいかもしれない。)
そう思ってしまった自分に、彼は気づいていた。
王宮の訓練場には、歓声が響き渡る。
異世界の勇者 vs. 剣聖。
その戦いは――科学勇者の戦略勝ちという形で、幕を閉じた。




