第67話 科学勇者 vs. 剣聖②――限界を超えた反応速度
訓練場に響き渡る甲高い金属音。
鋭く交差する剣戟の応酬が、次第に激しさを増していく。
九条迅のレイピアと、カリム・ヴェルトールの長剣。
二人の間で繰り広げられる戦いは、まさに異世界と異世界の剣技のぶつかり合いだった。
だが――
カリムは、確実に迅を追い詰めつつあった。
「くっ……!」
迅はレイピアを構え直しながら、一歩後退する。
剣速だけなら、そこまでの差は見られない。
だが、間合いの取り方、剣さばき、攻撃と防御のバランス――すべてがカリムの方が上だった。
「やはり……貴殿は、剣士ではないな。」
カリムは微かに目を細める。
その表情には、静かな確信があった。
「ふざけんなよ……剣士じゃねぇなら、今こうして戦えてるわけねぇだろ。」
迅は歯を食いしばりながら応じる。
「確かに、貴殿の剣技は洗練されている。」
カリムは流れるような動きで剣を振るう。
迅はそれをギリギリのタイミングで受け止めるが、その衝撃は腕を痺れさせるほど強烈だった。
「だが、貴殿の剣は“試合剣術”の域を出ない。」
スッ――
カリムが一歩踏み込んだ瞬間、迅は思わず身構える。
(……また来る!)
直感が警鐘を鳴らす。
カリムは、迷いなく剣を振り抜いた。
ヒュンッ!!!
迅はギリギリでその一撃をかわす。
だが、その軌道が完全に読まれていた。
「ッ……!」
カリムは流れるように身体を反転させ、迅の背後へと回り込む。
(……マズい! これを喰らったら、一気に崩される!)
次の瞬間――
カァァンッ!!!
迅は咄嗟に剣を横へ振り、カリムの斬撃を弾く。
しかし、その瞬間――
「――遅い。」
カリムは次の一撃を、すでに繰り出していた。
バチィィィンッ!!!
「くそっ……!!」
迅は後方へ跳び退く。
だが、その着地は完全な不安定なものだった。
片膝を付き、石畳の上を滑る様に後退する。
「ほう、よく防いだな。」
カリムは静かに微笑む。
まるで、迅の実力を測っているかのような、冷静な笑み。
「だが……まだ足りない。」
カリムの剣が、もう一度閃いた。
バチィンッ!!!
剣撃が交錯するたび、迅の腕には確実に負荷がかかる。
レイピアは防御向きの武器ではない。
このまま受け続ければ――
「……チッ!!」
迅は咄嗟にカリムの剣をいなそうとする。
だが、その瞬間――
カリムの剣の軌道が、一瞬にして変化した。
「なっ……!?」
それは完全に予測の外の動きだった。
カァァンッ!!!
迅のレイピアが弾かれる。
「……っ!!」
そのままカリムが踏み込み、剣の切っ先を迅の首元へ向ける。
「これで、決まりだ。」
カリムの静かな言葉が響く。
訓練場全体が、静寂に包まれた。
貴族たちの観客席では、異端排斥派の面々が揃って満足げな笑みを浮かべる。
「やはり、勇者などこの程度か。」
「剣士ではない魔法士が、剣聖に敵うはずがない。」
その言葉を聞きながら、迅は静かに目を閉じた。
(……確かに、俺は剣士じゃねぇ。)
カリムの言う通り、試合剣術の域を出ない。
そして、このままでは……勝てない。
だが──
「……どうした、勇者の実力とはそんなものか?」
カリムが問いかける。
「まだ隠している実力があるなら、見せてみるといい。」
その言葉に、迅の唇が微かに持ち上がった。
「……マジか、お前。そりゃありがたい。」
カリムが僅かに眉をひそめる。
「何だと?」
迅はレイピアを持ち直し、口元に笑みを浮かべながら言った。
「ちょうど試してみたかった理論があるんだよな。」
「……?」
「それじゃあ遠慮なく――」
バチンッ!!!
青白い電流が、迅の全身を駆け巡った。
次の瞬間――
「“神経加速”」
カリムの剣が、目の前から消えた。
「……なっ!?」
カリムの碧眼が驚愕に染まる。
そして次の瞬間――
バチィィィンッ――!!!
鋭い音とともに、青白い稲光が迅の全身を駆け巡った。その双眸に青い魔力の光が灯る。
瞬間、空気が震え、周囲の温度が一瞬だけ上昇する。
カリム・ヴェルトールの両の目がわずかに見開かれた。
「……これは?」
彼の長剣が微細な振動を起こし、手のひらにわずかな痺れを感じる。
だが、問題はそこではない。
目の前の“異世界の勇者”が、まるで別の存在に変貌したような錯覚。
「な……?」
観客席からどよめきが起こる。
「何だ、あの光は……!?」
「勇者の魔法か?」
「いや、しかし、魔法の詠唱も魔力の波動も感じない……!」
異端排斥派の貴族たちは、目の前の光景に戸惑いながらも、どこか嘲笑するような声を上げる。
「また奇妙な魔法を使いおって……剣士としての正道から外れた戦い方よ。」
「それに、剣聖様が相手だ。そんな小細工が通じるはずがない。」
しかし――
カリムは、確実に感じていた。
今まで相対していた“九条迅”とは違う。
何かが、決定的に違うのだ。
「……試してみたかったんだよな。」
迅は片手でレイピアをくるりと回しながら言う。
「(睡眠筋トレ魔法で鍛えた)俺の身体が、どこまで速くなれるのかってな。」
その瞬間――
シュンッ!!!!
カリムの瞳が、一瞬だけ迅を見失う。
いや、違う――
“消えた”のではない。
“見えなかった”のだ。
(――見失った?……この私が!?)
本能が警鐘を鳴らす。
直後、後方から――
「お前、反応できんのか?」
迅の声。
カリムは瞬時に振り向く。
ギィィィンッ!!!
次の瞬間、カリムの長剣が、背後からの突きを防いでいた。
カリムの身体に、僅かな戦慄が走る。
(……何だ、今の動きは!?)
(速すぎる!!)
これまで対峙してきた剣士の中でも、カリムの反応速度を超えられた者はいない。
だが今、この目の前の勇者は――
“人間の限界を超えた反応速度”を持っていた。
「おいおい……マジかよ。」
迅はわずかに苦笑する。
(この速さについてこられるのかよ……?)
彼は神経加速によって、視界の中の動きを“スロー再生”のように認識できる状態にある。
通常の人間相手ならば、剣を振るうよりも前に、相手の挙動をすべて読み取れる。
しかし――
(こいつ……俺が動いた瞬間に、対応してきやがった!!)
ほんの一瞬、迅の心が震える。
驚愕と、興奮。
「お前、ホントに人間かよ……?」
迅は軽くレイピアを振るいながら呟く。
「ふっ……それはこちらの台詞だ。」
カリムは静かに笑う。
だが、その笑みには“強者に対する高揚”が混じっていた。
「なるほど……これが、貴殿の”本当の速さ”か。」
碧い瞳が鋭く光る。
「では――もう少し、試させてもらおう。」
次の瞬間、カリムが踏み込んだ。
「っ……!」
迅の神経加速による“予測”が、カリムの動きを捉える。
だが――
「……慣れてきたぞ。」
カリムの剣は、予測した軌道の“外”から放たれた。
ギィィィンッ!!!
迅はギリギリでレイピアを持ち上げ、斬撃を受け流す。
「チッ……!」
それでも衝撃が腕に響いた。
(こいつ……俺の”神経加速”にすら、ついてきやがるのか!?)
「どうした?」
カリムの剣がもう一度閃く。
迅は、初めて感じた。
“自分の知る理合の外側にいる存在”を。
即ち、"超人"と呼ぶに相応しい人間を。
「――やべぇな。」
迅は歯を食いしばりながら、ふっと笑った。
(なら……こっちも、もう一段階ギアを上げるしかねぇな。)
彼は、レイピアの刃を見つめながら呟く。
「あー……ちょっと試してぇことがある。」
「……?」
カリムが眉をひそめる。
次の瞬間――
バチィィィンッ!!!
迅のレイピアが、雷を纏った。
「“雷光細剣”、発動。」
「……さて、お前の剣が、これに耐えられるか試してみようぜ?」
迅が不敵に笑う。
カリムの碧い瞳が、静かに揺らめいた。
そして――
決闘は、次の段階へと進む。




