第65話 運命の決闘、開幕
王宮の武器庫は、いつの間にか異様な緊張感に包まれていた。
カリム・ヴェルトールの真剣な眼差しが、レイピアを手にした迅を射抜く。
その表情は自信に満ち、圧倒的な強者としての威厳を放っていた。
対する迅は、腕の力を抜きながらも、どこか鋭い空気をまとっている。
彼の目の奥には、先ほどまでとは明らかに違う感情の光が宿っていた。
「貴殿が剣を取ることは、すなわち決闘を受けたと見なしてもよいのだな？」
カリムはゆっくりと剣の柄を握り、滑らかな動作で鞘から引き抜いた。
その一連の動きは無駄がなく、美しく、まさに王国最強の剣士の名に恥じない洗練された所作だった。
「……俺は決闘に乗り気じゃなかったんだがな。」
迅は静かに呟く。
「けど、お前が“俺を試したい”ってんなら、好きにすればいい。——ただし、一つだけ条件がある。」
「条件だと？」
カリムは微かに眉をひそめた。
「この決闘、お前が負けたら——リディアの夢を否定したこと、ちゃんと謝れよ。」
ピリッ——と、場の空気が張り詰める。
それまでふざけた態度を取っていた迅が、一転して厳しい目を向けていた。
「……ほう。」
カリムの表情がわずかに変わる。
迅の怒りは爆発的なものではなかったが、だからこそ不気味だった。
彼の中に渦巻く静かな闘志は、まるで大気に溶け込み、場の雰囲気を支配しているように感じられた。
「貴殿は、まるで自分が勝つ前提で話しているようだな。」
「お前こそ、自分が負けるなんてこれっぽっちも考えてねぇんだろ？」
迅は挑発するように肩をすくめた。
「“剣聖”って肩書きはすごいけどよ、お前は俺のことを“異世界から来た勇者”としてしか見てねぇ。
でもな……俺はお前の想像以上に、“勝ち筋”を見つけるのが得意なんだよ。」
「面白い。」
カリムの唇が僅かに吊り上がる。
「ならば、私の剣で、その自信を粉砕させてもらおう。」
「……へぇ、おもしれぇな。」
迅は小さく笑いながら、レイピアの柄を握り直した。
「——やってみろよ、剣聖様。」
その言葉とともに、二人の戦士が対峙する。
彼らの間に漂う張り詰めた空気は、まるで戦場の幕開けを告げる合図のようだった。
◇◆◇
王宮の武器庫に漂っていた緊張感が、さらに張り詰めたものへと変わった。
カリムの堂々たる決闘宣言、迅の静かな怒り、そして周囲の騒然とした空気——すべてが、これから起こる事態を予感させていた。
しかし、次に響いたのは、決して戦士の闘志ではなく、ロドリゲスの 「待たんか！」 という焦ったような叫びだった。
「待て待て待て！ 王宮の中で決闘など、そんなことを勝手に認めるわけには——」
ロドリゲスが二人の間に割って入ろうとした、その瞬間——
ガチャリ。
扉が開き、一人の男が武器庫の中へと足を踏み入れた。
「——"賢律院"の許可を得た。」
低く、響くような声。
現れたのは、王宮の使いだった。
胸元に王家の紋章を掲げ、淡々とした表情で、まるで最初から決まっていたことのように言い放つ。
「決闘は正式に認められた。場は王宮の訓練場とする。」
その場の全員が、一瞬沈黙した。
ロドリゲスの顔が驚きで固まり、リディアは目を丸くし、迅は 「……は？」 と声を漏らした。
「ちょっと待て……なんでそんな話が即決で通ってんだよ！？」
「賢律院の一部の貴族たちが、異世界の勇者と剣聖が剣を交えることに大いに興味を示されたようだ。」
王宮の使いは淡々とした口調で続ける。
「“この決闘が王国にとって有益な示威となる”と判断された。」
「……ったく、何でもかんでも都合よく利用しようとしやがるな。」
迅はため息混じりに呟く。
カリムは不敵な笑みを浮かべ、少しも動じる気配はない。
「ふむ、良いではないか。異世界の勇者と剣聖、どちらが王国にとって真に必要な力なのか、それを示す機会となろう。」
「はぁ、そんなもん興味ねぇってのに……」
迅は頭をかきながら、リディアに目を向ける。
「……迅、やるの？」
リディアは心配そうに迅を見つめていた。
彼の静かな怒りの理由が分かっている。
自分の夢を否定されたことが、何よりも迅を動かしたのだ。
迅は軽くレイピアを回しながら、ぼそっと呟く。
「リディアに謝罪させるためにな……それに、ちょっと試したいこともあるしな。」
「……試したいこと？」
「まぁ、決闘の場で披露するかどうかはまだ決めてねぇけどな。」
レイピアを指先で回転させると、迅はカリムへと目を向けた。
「で、“剣聖”さんよ。お前の方は準備いいのか？」
「当然だ。異世界の勇者よ、貴殿の力——見せてもらおう。」
カリムは鋭い視線を向け、迅は小さく笑った。
王宮の訓練場にて、“異世界の勇者”と”剣聖”の決闘が正式に執り行われることとなった——。
