第6話 迅 vs. リディア——科学と魔法の融合②
「お前の魔法の仕組みが、だいたい分かった。」
迅がそう宣言した瞬間、リディアの表情が一瞬固まった。
「……何ですって?」
紫紺の瞳が、真剣に迅を見据える。
訓練場に集まった魔法士たちも、何事かとざわつき始めた。
「な、何を言っているんだ……?」
「リディア様の魔法を見ただけで理解したと?」
「そ、そんなのありえるのか……?」
周囲の反応をよそに、迅は自信たっぷりに指を立てる。
「そもそも、“風刃“はどういう魔法か、説明してもらっていいか?」
「……は?」
リディアは思わず眉をひそめる。
「そんなの、風の魔力を圧縮して刃状にする魔法に決まってるじゃない。」
「ほら、そこだよ。」
迅はニヤリと笑った。
「風の魔力を圧縮して……って言うけどさ、魔力そのものが刃になってるわけじゃないよな?」
「……?」
「お前の魔法は、“風”を刃状に圧縮することで、攻撃として成立してる。つまり——周囲の空気を操作してるってことだ。」
リディアが目を見開く。
「それがどうしたの?」
「つまり、風が動いた痕跡が必ず残るってことさ。」
そう言って、迅は足元を指差した。
「ここ、よく見てみろよ。」
リディアが足元を見下ろすと、そこには微細な砂が舞っていた。
「……砂?」
「俺がさっきバタバタと逃げ回って、わざと砂埃を立てたの、気づいてたか?」
「え……?」
リディアは思い返す。確かに、迅はやたらと訓練場の地面を蹴り上げていた。だが、それが戦闘に関係するとは思ってもいなかった。
「そもそも、空気は目に見えない。だけど、風が動けば、軽い砂粒がその流れに乗る。」
迅は手をかざし、ゆっくりと円を描くように動かす。
「お前が魔法を発動する時、空気が一瞬だけ圧縮される。それが周囲の砂を微妙に動かすんだよ。」
リディアの脳裏に、これまでの戦闘がフラッシュバックする。
(そういえば……彼は、最初のうちはギリギリで避けていた……でも、途中から——)
「まるで、魔法が発動する前に、攻撃の方向を読んでいたみたい……」
「ピンポーン、正解。」
迅が指を鳴らし、リディアは無意識に息を呑む。
「俺は最初、ただの勘で避けてた。でも、逃げ回りながら砂の動きを見てたら、なんとなく分かってきたんだよ。お前が魔法を発動する直前、空気の流れが変わるのが。」
「…………っ!」
リディアの背筋がぞくりとした。
まさか、魔法の発動前の“兆候”を読まれていた?
「そ、そんなの、ありえない……!」
リディアは半ば無意識に呟いた。
「普通の魔法士なら、発動後の魔法の動きを見て回避するのが精一杯……発動前に方向を読むなんて……!」
「まあ、普通の魔法士ならな。」
迅は肩をすくめ、悪戯っぽく笑う。
「でも、俺は科学者だ。『現象が起こる前に、その前兆を探す』のが得意なんだよ。」
科学者——。
その言葉に、リディアの胸が強く揺さぶられた。
「……面白いわね。」
気づけば、彼女の頬にはわずかな笑みが浮かんでいた。
「何が?」
「あなた、今までの魔法士とは全く違う発想をするのね。」
「そりゃそうさ。」
迅は得意げに腕を組む。
「俺は異世界の科学者だからな。魔法だろうが、原理を考えれば攻略できるってもんだ。」
「……ふふっ。」
リディアは再び、じっと迅を見つめた。
(こんな面白い男の子、初めて出会った。)
それは、彼女にとって驚きと興奮の入り混じった感覚だった。
(この人となら、もしかして——)
彼女の脳裏に、魔法の本質を解き明かす未来がぼんやりと浮かぶ。
——そして、その未来に彼がいることを、なんの違和感もなく受け入れていた。
「でも、避けるだけじゃ勝てないわよ?」
リディアは杖を構え直し、静かに告げた。
「私の魔法を見破ったのはすごいわ。でも、戦いはまだ終わってない。」
迅はその言葉を聞くと、ニヤリと笑った。
「そうこなくっちゃな。」
——科学と魔法の対決は、佳境を迎える。