第57話 筋肉痛と睡眠筋トレ魔法
王宮・研究室の隣に用意された迅の私室。
目を覚ましてからさらに1日が経過していたが、部屋の主は依然としてベッドの上で呻き続けていた。
「ぐぅぅ……！！ なんで……まだ……動けねぇんだよ……！！」
薄明かりの灯る部屋の中、ベッドの上で転がる科学勇者・九条迅は、全身を襲う激しい筋肉痛に悶絶していた。
シーツの上で微動だにせず、まるで何かに拘束されているかのような状態だ。
「情けないわね……。」
呆れた声が部屋に響く。
腕を組んでいるのは銀髪の美しき天才魔法士、リディア・アークライト。
そしてベッドの足元には、口元を緩ませながら楽しそうに迅を見下ろす宮廷魔法士長、ロドリゲス・ヴァルディオス。
「もう丸3日じゃぞ、勇者殿。魔王軍の高位幹部と戦い、英雄扱いされたというのに、未だに寝たきりとは……ふむ、これは“情けない”という言葉でも足りんかもしれんのう。」
「うっせぇな…… 仕方ねぇだろ……！」
迅はギリギリ動かせる口だけで反論するが、その必死さが逆にみっともない。
「“神経加速”を使うの、控えたら？」
リディアが、言いづらそうに提案する。
「は？」
迅の表情が、一瞬だけ硬直する。
「いや、だって……確かにあの魔法は強力だけど、こうして戦いの後に何日も動けなくなるんじゃ、むしろ戦闘不能のリスクが高すぎるでしょ？」
「そうじゃな。戦場でならともかく、終わった後も動けんのでは意味がない。」
ロドリゲスも同調しながら、髭を撫でる。
「いやいやいや、何言ってんだお前ら。」
迅は喉を鳴らして笑い、全力で首を横に振ろうとして失敗した。
「魔法自体は完璧なんだよ。」
「……は？」
リディアとロドリゲスが揃ってポカンとする。
「問題は俺の肉体の強度だ！」
「ええぇ……。」
リディアの表情が明らかに「めんどくさい」という顔になった。
「いや、ちょっと待って。そもそも”神経加速”を控えればいいんじゃないの？」
「お前なぁ……。“強くなりすぎた力を抑える” なんて、それこそ愚の骨頂じゃねぇか？」
「……ええぇぇぇ……。」
「むしろ問題はシンプルだろ？ “神経加速”の負荷に耐えられる肉体を作ればいいだけの話だ！」
迅はベッドの上でドヤ顔を作るが、相変わらず動けないせいで「ただの痛みに耐えている人」にしか見えなかった。
「いやいや、普通に鍛えればいいんじゃない？」
「違ぇよ、リディア。非効率だ。」
「非効率……？」
「確かに鍛えりゃそのうち強くなるかもしれねぇ。でもな、俺はもっと科学的に最適化された身体作りがしたいんだよ！」
「……。」
リディアとロドリゲスは、まるで”未知の生命体”を観察するような目で迅を見つめる。
「……で、その”科学的に最適化された身体作り”って具体的にどうするつもり？」
「ふっふっふ……聞いて驚け。」
迅はニヤリと笑い、人差し指を立てる。
「“睡眠時間を有効活用すればいい”」
「は？」
リディアとロドリゲスの顔が、一瞬で「こいつ何言ってんの？」という表情になった。
「ちょっと待って、迅。もう一回言って？」
「だから！“脳が休んでいる間に魔法で筋トレさせる”んだよ！」
「……おぬし、何を言ってるのか自分で理解してるのか？」
「もちろんだ。」
迅は満足げに頷く。
「そもそもだな、俺は研究や魔力制御の練習で起きてる時間は両手が塞がってるわけよ。」
「……塞がってる？」
「右手でレポートを書きながら、左手で魔力制御の訓練をしてる。」
「……。」
「そんな貴重な時間を、筋トレに費やしてられっか？」
「いや、普通に筋トレすれば……」
「だから！ 睡眠時間を有効活用するんだよ！！」
「……。」
リディアは、頭を抱えた。
「具体的にはこうだ！」
迅は勢いよく喋るが、勢いだけで体は全く動かない。
「まず、筋肉の収縮を魔法で誘導する。“適切な負荷”をかけて、筋繊維を微細に損傷させる！」
「……うん、もう嫌な予感しかしないけど、続けて？」
「そして、睡眠中に適度な回復魔法を発動できる術式を組んでおく事で、筋肉の成長を促進する！ こうすれば、俺は寝てる間に理想的なトレーニングができるんだ！！」
「……。」
「いやいや、これが実現すれば、“寝ながら理想の肉体”を作れるんだぜ！？ これ以上の最適解があるか！？」
「そんなものは最適解じゃないわよ！！」
リディアが叫ぶ。
「ロドリゲス、ちょっと何か言って！」
「……。」
ロドリゲスは髭を撫でながら、静かにため息をついた。
「……まぁ、勇者殿らしい発想じゃな。」
「貴方まで！？！？」
半ば諦めた口調で言うロドリゲスに、リディアが悲鳴を上げる。
「さぁて、今夜あたり実験してみるか……。」
「いや、実験するな！！！」
