第50話 二重詠唱、決着への切り札
戦場の喧騒が、まるでどこか遠くにあるように感じられた。
迅は、目の前の敵に意識を集中させていた。
(……なるほどな。)
目の前のアークは、今も悠然と佇んでいる。
彼の周囲には、二つの漆黒の魔力球——否、“物質”へと変換された魔力が静かに漂っている。
(防御球は攻撃を受けるたびに特性を変化させている……ってことは、一度に一つの物質しか維持できないのか?)
迅の脳内に、仮説が構築されていく。
(なら——どうする?)
彼はゆっくりと息を吸い、両手を前にかざした。
頭の中で、2つの魔力の流れを並列に処理する。
右手には、魔力収束砲を展開する。
そして——
もう片方の手にも、異なる魔力を収束させる。
リディアとロドリゲスがその様子に気付き、驚愕の表情を浮かべる。
「二重詠唱……本当にやるつもりなの……!?」
「勇者殿……そなた、どこまで可能性を広げる気じゃ……!」
迅は二重詠唱に集中し、静かに息を吐いた。
(これが成功すれば……)
彼の視線が、まっすぐアークに向けられる。
(俺の勝ちだ。)
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アーク・ゲオルグは、目の前の光景を冷静に分析していた。
(なるほど。彼は、並列詠唱の応用を試しているようですね。)
彼は戦場にいながらも、あくまで“研究者”としての目で戦いを見つめていた。
(この世界で二重詠唱を可能にする者は極小数に限られる。まさか、勇者殿がここまでの応用力を持っているとは……)
だが——それでも、冷静に対処できる。
彼は掌を軽く動かし、防御球を展開する。
(ふむ。では、これを受け止めましょう。)
その時——
「なぁ、アーク。」
不意に、勇者が微笑しながら言った。
「今から使う魔法、直撃したらお前死ぬかもしれないから避けろよ?」
アークの眉が、わずかに動いた。
戦場の空気が一瞬で変わる。
リディアやロドリゲス、魔王軍の兵士たちが驚愕し、ざわめきを見せる。
しかし——
アークは笑った。
「……ふふ、なるほど。」
(つまり、“受けられるものなら受けてみろ”ということですね。)
迅の攻撃を警戒するべきか?
……いや、むしろ観察するべきだ。
アークは迷わなかった。
「折角のご忠告ですが、勇者殿。」
彼は優雅に片手を振り、防御球を整える。
「どうぞ、ご自由に。私は、あなたの“成果”を見届けましょう。」
迅が軽く肩をすくめる。
「……そりゃあ、ありがたいこった。」
だが、彼の表情はどこか自信に満ちていた。
(あなたの“研究”……少し、拝見させていただきますよ。)
アークの瞳が、鋭く光る。
——そして、“それ”が解き放たれる。




