第43話 動き出す魔王軍
王宮の静寂を破るように、重々しい足音が廊下を駆け抜けていく。
焦燥に駆られた兵士が、大広間の扉を乱暴に開け放った。
「緊急事態です! 北のデルヴァ村が魔王軍に襲撃されました!」
その言葉が響いた瞬間、部屋の空気が凍りついた。
円卓を囲む王宮の魔法士たちがざわめき始め、戦士たちが顔を見合わせる。
「デルヴァ村……」
ロドリゲスが深く顎を撫でながら呟いた。
「あそこは王都からそう遠くない。となると……奴ら、王国領に本格的に侵攻してくる気なのか?」
リディアが険しい顔で推測する。
しかし、報告を続けた兵士の次の言葉が、その場の者たちをさらに困惑させた。
「ですが、報告によると人的被害は極めて少ないとのことです。」
「……なんじゃと?」
ロドリゲスが驚いた顔を向ける。
「人的被害が少ない? どういうこと?」
リディアも眉をひそめる。
「それが……村の建物は破壊され、物資も奪われましたが、村人のほとんどが死亡が確認されていないようです。」
「魔王軍が来たのに、皆が生きてる? それっておかしくねぇか?」
迅が椅子にもたれかかりながら口を挟んだ。
魔王軍はこれまで数々の村や都市を焼き尽くし、虐殺を繰り返してきた。
彼らの行動原理は徹底した殲滅——普通、村を襲えば誰一人として生き残らないはずだ。
「妙だな……。なにか特定の目的があって襲った可能性が高いんじゃねぇのか。」
迅は目を細めて考える。
「実は、デルヴァ村の近くには古い遺跡があるとされています。」
報告を受けていた王宮魔法士の一人が言った。
「伝承によると、古の魔法士が封印を施した場所……という話もありますが、詳しいことは分かっておりません。」
「封印された遺跡、ねぇ……」
迅は眉を上げた。
「で、もう一つ気になる報告があります。」
兵士がさらに言葉を続ける。
「デルヴァ村の襲撃とほぼ同じ時間帯に、南方の街道付近でも魔王軍の襲撃が確認されました!」
「なんですって!?」
リディアが驚きの声を上げる。
「つまり、同時に複数箇所で動きを見せたというわけか……」
ロドリゲスは険しい表情になる。
「南方の方は、王宮騎士団が対応に向かいました。」
「それなら、北のデルヴァ村の調査は……」
リディアが言いかけたところで、迅が口を開いた。
「俺たちが行くのが最適解だろ。」
その言葉に、リディアは一瞬言葉を詰まらせた。
しかし、すぐに冷静に状況を整理し、納得する。
「……そうね。王宮の主力は南の戦線に向かっている。デルヴァ村の調査に大軍を送る余裕はない。」
「加えて、もし何らかの目的があっての襲撃なら、時間をかけている間に魔王軍の本隊が動く可能性がある。」
ロドリゲスが渋い顔で言う。
迅は腕を組みながら続ける。
「大軍で行って目立ちすぎるより、俺たちみたいに小回りの効くチームでサクッと調査する方がいい。
それに、戦力が分散してる今、下手に大軍を動かすのはリスクがデカい。」
「確かに……」
リディアは考え込む。
「さらに言えば、デルヴァ村の魔力の痕跡を調べるのは、俺の分析力が役に立つかもしれない。」
「つまり、お主は『行かない選択肢はない』と言いたいわけじゃな?」
ロドリゲスが苦笑する。
「ま、そういうこった。少人数ならヤバくなった時に撤退もしやすいからな。」
迅は軽く肩をすくめた。
リディアは溜息をつきながらも、「本当にもう……無茶するんだから」と呟く。
「決まりじゃな。デルヴァ村の調査は、迅、リディア、そしてワシの3人で行う。」
ロドリゲスが言い、場が収束する。
「そうと決まれば、すぐに出発の準備をしよう。」
迅は立ち上がり、剣の柄を軽く叩いた。
「……アーク・ゲオルグが関わっている可能性は?」
リディアがふと、不安そうに問いかける。
迅は数秒間黙り込んだ。
脳裏に、あの冷静で飄々とした黒衣の男の姿が浮かぶ。
「……もしそうなら、やっかいなことになりそうだな。」
彼の口から出た言葉は短かったが、その声音は普段よりも少しだけ重く響いた。




