第37話 収束と拡散——新たな応用へ
訓練場にて、迅の目の前でリディアが魔法の制御実験を続けていた。
「よし、今度はさっきの密度制御を応用して、魔法の“収束”と“拡散”を試してみるか。」
「収束と拡散?」リディアが首を傾げる。
「簡単に言うと、さっきの《エア・ブリッツ》は一点に集中させた結果、威力が上がったよな? でも例えば、広範囲に風を撒くような魔法なら、一箇所に集中させるのはむしろデメリットになる。」
「確かに……範囲攻撃なら、広げたほうが効果的ね。」
「そう。だから今回は、逆に“意図的に広げる”制御ができるか試してみたい。」
「……なるほど。でも、そんなことできるの?」
「やってみないと分からねぇさ。」
迅が不敵に笑う。
「つまり、密度を一点に集めるだけじゃなく、適切な範囲に魔力を分散させることも重要ってわけだ。」
「ええと、つまり……」
リディアは腕を組み、考え込む。
「……これって、水をホースで出す時に、噴出口のサイズを変えるみたいな感じ?」
「おっ、いい線いってるな!」
迅は指をパチンと鳴らす。
「ホースの先を絞れば細くて強い水が出るけど、広げれば霧状になったりするだろ? 魔力の流れも同じで、どれだけの範囲にどのくらいの密度で拡散させるかが鍵だ。」
「なるほど……やってみる!」
リディアは気合いを入れ、手を前にかざす。
「じゃあまず、風魔法の範囲を意図的に広げるわ!」
リディアが集中し、《エア・ブリッツ》の詠唱を開始する。
「《エア・ブリッツ》——拡散!」
いつもの風の刃が放たれ……かけた瞬間、
「……あっ」
リディアの前方で、まるで爆風のように風が四方に広がり、巻き上げられた砂埃が訓練場全体を包み込んだ。
「……ゴホッ、ゴホッ!!」
「うわ、砂ぼこり!!」
ロドリゲスと迅が一斉に咳き込む。
風が収まった後、リディアがバツが悪そうに立っていた。
「……広げすぎた?」
「……いや、確かに広がったけど、これじゃ視界ゼロの砂嵐じゃねぇか……」
迅が目を擦りながら呆れた声を出す。
「もっとコントロールできるように調整しねぇとダメだな。」
「だ、大丈夫! 次はちゃんと調節するわ!」
リディアは少し恥ずかしそうに頬を赤らめながら、もう一度魔法を試みる。
「今度は、範囲を制限して……風の勢いも抑えて……」
「そうそう、そのイメージでやってみろ。」
リディアが息を吸い込み、改めて魔法を発動する。
「《エア・ブリッツ》——範囲制御!」
今度は、前方に扇形の風が広がり、一定の距離で消えていく。
「……おお、成功した!流石はリディアだな!」
「やった!」
リディアが小さくガッツポーズを作る。
「なるほどのう……魔法というのは、もっと曖昧な力だと思っていたが、こうして制御を意識すると、より繊細なものに感じるのう。」
ロドリゲスが腕を組み、感心したように頷く。
「で、次は収束のほうだな。」
迅がメモを取りながら、今度は別の指示を出す。
「試しに、《エア・ブリッツ》を今まで以上に一点に収束させて撃ってみてくれ。」
「ええ、やってみるわ。」
リディアが深く息を吸い込む。
「……魔力を集めて、さらに一点に集中……もっと鋭く……」
「《エア・ブリッツ》——収束!」
シュンッ!
まるで目に見えない針のように、鋭く圧縮された風の刃が一直線に飛び、訓練場の的に突き刺さる。
「おおおおお!!?」
ロドリゲスが驚愕の声を上げる。
的の表面には、今までの風魔法とはまるで違う、鋭い穴が貫通していた。
「……成功?」
リディアが戸惑いながら自分の手を見つめる。
「成功どころじゃねぇ……」
迅がじっと穴を覗き込む。
「ここまで圧縮できるのか……!」
「たしかに、範囲を一点に収束させると、こんなに威力が変わるとは……!」
「ということは、戦闘時にも応用できるってことか?」
ロドリゲスが腕を組む。
「そりゃそうよ! だって、今までと同じ魔法を使ってるのに、密度を調整しただけでこんなに違うんだもの!」
リディアが興奮気味に言う。
「うん、これなら実戦でも使えそうだな。」
迅は満足そうに頷いた。
「……にしても、お前、またなんでそんなに簡単にできちまうんだ?」
「えっ?」リディアが驚いた顔をする。
「俺が理論を説明したのはさっきなのに、まるで“昔から知ってた”みたいに使いこなしてるじゃねぇか。天才の呼び名は伊達じゃねぇな、やっぱり!」
「そ、そんなことないわよ!」
リディアが慌てて否定する。
(でも……たしかに……)
リディアは、自分の中にある違和感を無視できなかった。
(まるで……この技術を、私は最初から知っていたかのように……)
「ん? どうした?」
「な、なんでもないわ!」リディアは急いで誤魔化した。
「……ふぅん?」
迅は怪訝そうにリディアを見たが、特に追及はしなかった。
「まあ、まだ改良の余地はあるけど、今日の実験は成功だな!」
ロドリゲスが満足そうに頷く。
「さすが勇者殿じゃ! またしても、王国の魔法体系を根底から覆してしまったのう。」
「お前それ、やっぱ毎回言ってない?」
「それだけ勇者殿が毎回とんでもないことをしとるんじゃ!」
「まあ、そういうことにしとくか。」
迅は肩をすくめ、ノートを閉じた。
こうして、新たな魔法制御技術「収束」と「拡散」の実験は成功を収めた。
しかし、リディアの胸に残った違和感は、やがて彼女の“秘密”へと繋がっていく——。




