第36話 密度制御の応用と、新たな壁
魔力の密度を意識的に高める訓練が、王宮魔法士たちの間で始まってから数日が経過した。
訓練場には、熱心に魔法の圧縮に取り組む魔法士たちの姿があった。
「……はぁっ!」
ガルツが叫びながら"炎矢"を撃つ。
——ボンッ!!
圧縮された炎の矢は、通常よりも鋭い軌道を描き、訓練用の的を吹き飛ばした。
それを見たガルツは、興奮した表情で拳を握る。
「やった! 今の、いつもの倍くらいの威力があったぞ!」
「すげぇ……ガルツまで出来るようになったのか……。」
ビネットとエドガーが驚いた表情で彼を見つめる。
「うん、でもまだリディア様ほどじゃないな。」
「そりゃリディア様と比べたら誰だって見劣りするさ。」
「確かにな……。」
エドガーが苦笑しながら肩をすくめると、リディアがすぐ側で"風刃"を試しているのが目に入った。
彼女は目を閉じ、静かに魔力を溜める。
——シュバッ!!
鋭い風の刃が空を裂き、的に直撃する。
——ズドン!!
一瞬の遅れで、的が完全に粉砕された。
「……」
ガルツ、ビネット、エドガーがぽかんと口を開ける。
「ま、またリディア様が限界を突破した……。」
「リディア様がやると、普通の魔法とはもう別物みたいになるよな……。」
リディア自身は、周囲の反応には気付かずに満足げに微笑んでいた。
「ふふ……なるほどね。確かに、魔力の密度を高めることで、魔法の威力を格段に上げられるわ。」
「おいおい、まるでとっくに知ってたみたいな顔してんな……。」
迅が苦笑しながら彼女に声をかける。
「でもさ、どうして今まで誰もこのやり方を思いつかなかったんだろうな?」
「……おそらく、魔法は長い歴史の中で、“こういうもの”だと固定観念ができあがってしまったのね。」
リディアが思慮深げに呟く。
「詠唱、魔力の量、発動……この基本要素だけで魔法が成立するから、みんなそれを当たり前として疑わなかった。でも、あなたみたいに外の視点を持っていれば、違う角度から物事を見られる。」
「……なるほどな。」
迅は頷きながら、自分の仮説を整理した。
「つまり、“密度を高める”って発想がなかったから、みんな大雑把に魔法を撃ってたわけか。」
「ええ。魔力を“圧縮する”という概念が、そもそも魔法の教育には存在していなかったんだと思うわ。」
「……それにしても、なんかおかしくねぇか?」
「え?」
「お前、めちゃくちゃすんなりこの理論を理解して、即実践してるけど、普通そんな簡単にできるか?」
「……!」
リディアは、一瞬言葉に詰まる。
確かに——
自分はこの技術をほぼ直感的に、当然のように扱えている。
「リディア様は天才だからな!」
「そりゃそうだ! 俺たちが何日もかけてようやくできることを、半日でやってしまう!」
ガルツとビネットが納得したように頷く。
「まあ……そういうことにしときましょう。」
リディアは微笑んで誤魔化すが、心の奥では少し引っかかっていた。
(まるで、この技術を私は最初から知っていたかのように使える……)
その違和感は、まだ言葉にできるほど明確ではなかった。
◇◆◇
「さて、密度制御の第一段階は成功ってことでいいな。」
迅は訓練場の中心に立ち、腕を組んで全体を見渡した。
「だけど、ここからが本題だ。今は単に魔力を圧縮しただけだけど、どうやってその圧縮をさらに自在にコントロールするかが次の課題になる。」
「コントロール……?」
エドガーが首をかしげる。
「具体的には、どういうことだ?」
「単純に密度を高めるだけじゃなくて、魔法の形や特性を変えるってことだよ。」
迅は黒板にいくつかの図を描きながら説明を始めた。
「たとえば、火魔法の場合、ただ炎を放つんじゃなくて、極限まで圧縮して一点集中で撃てば、レーザーのような高熱のビームになるかもしれない。」
「な、なるほど……!」
「風魔法なら、刃の形をさらに鋭利にすることで、空間すら切り裂くような技術ができるかもしれない。」
「確かに……今までは魔法の形を変えるなんて、詠唱を工夫するか、魔道具を使うしかなかった。でも、自分の魔力量とコントロールでそれができるようになったら……!」
ガルツが興奮したように言った。
「だが、勇者殿。どうやってその制御方法を編み出すのじゃ?」
ロドリゲスが腕を組んで尋ねる。
「……実際に試してみるしかねぇよな。」
迅はにやりと笑った。
「科学でも同じだ。仮説を立てたら、実験する。うまくいかなくても、データを取って修正する。そうやって、より精度の高い技術にしていくんだ。」
「……あなたって、本当に面白いわね。」
リディアが小さく呟いた。
「お、おう……?」
「こうやって、魔法がまるで学問のように発展していくなんて……こんなに楽しいこと、今までなかったわ。」
「……そりゃ何よりだ。」
リディアは微笑んで頷いた。
「じゃあ、やることは決まったな!」
迅は拳を軽く握りしめる。
「次の課題は、“魔法の形を変える”ことだ!」
こうして、王宮の魔法士たちは次のステップ——
魔法の形状変化という新たな領域へと踏み込むことになる。
しかし、それはまた別の驚くべき発見と、さらなる混乱をもたらすことになるのだった——。




