第34話 魔法の最適化、次なる課題
王宮・魔法研究室——
朝の光が窓から差し込み、薄暗い室内を優しく照らしていた。
長机の上には魔道書や研究資料が散乱し、中央には魔法陣を刻んだ訓練用の石板が置かれている。
しかし、普段とは違い、今日はこの部屋にいつもより多くの魔法士たちが集まっていた。
「……こんなに人が増えるとはな。」
腕を組みながら、九条迅は部屋の奥から全体を見渡す。
この数日、王宮の魔法士たちの間では一つの共通認識が生まれつつあった。
——このままではまずい。
それは、つい先日王宮内部にまで侵入を許した魔王軍の賢者アーク・ゲオルグの存在が大きく影響している。
彼はただの戦士ではなく、魔法と知識を組み合わせた未知の存在だった。
「魔王軍には、ああいうタイプの敵もいるのか……」
「今までの魔族とは違う……何か恐ろしいものを感じる……」
そんな会話が、王宮の魔法士や騎士団の間で日増しに増えていた。
その結果——迅のもとには、これまで懐疑的だった魔法士たちまでが興味を示し、“科学魔法講座”に参加し始めるようになったのだった。
◇◆◇
「さて……前回までの研究で分かったことは、魔力の流れを意識的にコントロールすることで、無駄な消費を抑えられるってことだな。」
迅は黒板にチョークを走らせながら言う。
部屋の中央には、ガルツ、ビネット、エドガーの三人。
その後ろには、彼らと同じく王宮に仕える十数名の魔法士たちが、食い入るように迅の言葉を聞いていた。
最初は「異世界人の机上の空論」として聞き流していた者もいたが、迅の理論を実際に試した者は次々と“理屈は分からないが、これは凄いぞ”と実感していた。
その証拠に、今回の集まりはこれまでよりもはるかに多い。
迅の講義に対して真剣な視線を向ける魔法士たちの目には、疑念ではなく期待の色が見えていた。
「魔力の流れを制御できるようになったことで、無駄な魔力消費を抑えられるようになったのは分かったよな。」
迅は机に片手をつきながら、ゆっくりと続ける。
「じゃあ次に考えるべきは——“出力の調整” だ。」
「出力の調整?」
前の方に座っていたビネットが、首をかしげながら問いかける。
「つまり、魔法の威力をもっと自由にコントロールできるようになれば、戦闘での応用も効くってことだ。」
「威力のコントロール……? でも、それなら魔力量を増やすか、詠唱を長くすればいいのでは?」
「そう考えるのが普通だろうな。」
迅は黒板に新たな図を描きながら、口角を上げた。
「でもな、詠唱の長さとか魔力量だけで威力が決まるんじゃなくて……実際には魔力の“密度”が重要なんじゃねぇかって仮説だ。」
「密度……?」
魔法士たちは一斉に顔を見合わせる。
「例えば——同じ量の水を撃ち出すとする。」
迅はチョークで二つの水鉄砲の絵を描いた。
一つは広くばら撒くタイプのもの。もう一つは一点に集中して放つもの。
「この二つの水鉄砲、同じ量の水を使ってるのに、威力が違うよな?」
「あ……!」
ガルツがハッと目を見開く。
「そうか……魔法も、ただ魔力を込めるんじゃなくて、より集中させて放てば威力が変わるってことか!」
「まさしく。」
迅はパチンと指を鳴らし、チョークを軽く回しながら頷いた。
「魔力の流れ方を最適化することで、エネルギーの無駄を省き、より高い威力の魔法を発動できる可能性がある。」
「…………!!」
この場にいる全員が、その意味を理解した。
もしこの理論が実証できれば——魔力消費を減らしながら、より高威力の魔法を撃つことができるようになる。
戦場において、この差はとてつもなく大きい。
「……おいおい、これ、もし本当にできるなら……」
「俺たち、今までどれだけの魔力を無駄にしてたんだ……?」
「そんなの、試すしかないじゃないか!」
興奮を抑えきれない魔法士たちの声が飛び交う。
ロドリゲスは腕を組みながら「勇者殿の理論は、またもや根底から魔法を覆すのでは……?」と呟く。
それを聞いた迅は、苦笑しながら肩をすくめた。
「俺は別に、魔法を根底から覆そうなんて大それたこと考えてるわけじゃねぇよ。」
「えっ?」
「ただ、合理的な方法を考えてるだけだ。」
迅はニヤリと笑いながら、魔法陣の上に小さな魔力を込めた。
「じゃあ、次の実験に進もうか——魔力の圧縮を試してみるぞ。」
——新たな魔法の可能性を探る研究が、今、動き出した。




