第23話 異常な成長速度
アルセイア王国、王宮の魔法研究室。
朝日が差し込み、澄んだ空気が漂う静かな空間で、一人の青年が深く呼吸を整えていた。
九条迅。
召喚されてからまだ日が浅い異世界の勇者。
だが、その成長速度は異常だった。
「ふぅ……」
静かに息を吸い、ゆっくりと吐く。
その度に、彼の体から放たれる魔力の波が、まるで規則正しい鼓動のように周囲の空気を揺らしていた。
「……本当に、異常じゃのう。」
ぽつりと呟くのは、宮廷魔法士のロドリゲス。
長年魔法を研究し、数多の魔法士を指導してきた彼でさえ、迅の成長速度には開いた口が塞がらなかった。
「一週間前までは、一般的な魔法士と変わらぬ魔力量だったはず……。それが今では……」
ロドリゲスは静かに目を閉じ、迅の魔力の流れを感じ取る。
それは、まるで 魔力量が膨大な高位魔法士のものと変わらぬほど にまで膨れ上がっていた。
「ちょっと待って……」
隣で同じように魔力を感じ取っていたリディアが、驚愕の声を上げた。
「あなた……魔力量、私とほぼ同じじゃない!?」
「おお、そりゃいいな」
迅はにこやかに笑い、手を軽く振る。
まるで「今日は天気がいいな」とでも言わんばかりの気楽な反応。
「軽っ!!……“そりゃいいな”じゃないのよ!!」
リディアが迅の肩を掴み、ぐいっと引き寄せる。
「普通! 元々魔力量は生まれつき決まってるってのが定説で、言ってみれば増やせる事自体おかしいのよ! それをたった一週間でこのわたしと同等近くまで伸びるなんて!? どういうことなの!?」
「いやぁ、そりゃ俺だってびっくりしてんだよ。やっぱ呼吸法の調整が効いたのかもな?」
「呼吸法……?」
リディアが眉をひそめる。
ロドリゲスも「ふむ?」と興味深そうに聞き耳を立てた。
「俺さ、効率よく魔力量を増やせないかって考えたんだよ。そしたら、寝る間も惜しんで鍛えるより、“寝ながらでも鍛えられる” 方法を探した方がいいんじゃないかって思ってな。」
「……また変なこと考えたわね。」
リディアがため息をつく。
「いや、理にかなってるぜ? だって、魔力って血液の流れと関係あるだろ?」
迅は指を立て、得意げに続ける。
「血流をコントロールするのは心臓、そして呼吸だ。なら、呼吸法を工夫すれば、効率よく魔力を循環させられるんじゃねぇかってな。」
「……」
ロドリゲスがゆっくり頷く。
「それで、どのように呼吸を変えたのじゃ?」
「まず、普通に深呼吸すると魔力が流れるのが分かるだろ?」
迅は実演しながら説明する。
「それを意識して、起きてる時はもちろん、寝るときにも無意識にこの呼吸ができるように、枕の高さとか寝る姿勢とか、全部調整してみたんだよ。」
「ちょ、ちょっと待って!」
リディアが驚きながら両手を振る。
「まさか、寝相まで調整したの!?」
「そりゃそうだろ?」
迅は当然のように言う。
「寝ながら魔力を循環できれば、時間を無駄にせずに済むだろ? あと、寝てる間に呼吸を最適化するために、枕の高さも何十パターンか試したし、身体のどこに力を入れて寝ればいいかも研究した。」
「…………」
リディアとロドリゲスが沈黙する。
——こいつ、本気で「寝ながら成長」してやがる……!!
「まぁ、その結果がこの魔力量だ。」
「そんな……そんなことが……」
リディアは震えるように呟きながら、迅の全身をまじまじと見つめる。
これは、もう天才とか努力とか、そういう次元の話ではない。
こいつは……こいつだけは……!!!
「…………」
リディアはふと、指先をぎゅっと握る。
(……私も、やってみようかしら?)
頭では「バカげた方法だ」と思っていた。
けれど、迅が証明した結果は、まぎれもない事実。
「ロドリゲス……この呼吸法、私も試してみるわ。」
「……うむ。わしも試してみるかの。」
「お、いいね。んじゃ今から要点メモるわ。」
ニヤリと笑って羊皮紙にペンを走らせる迅を見ながら、ロドリゲスは髭を撫で、ゆっくりと頷いた。
彼のような老練な魔法士でも、迅の成長には 「学ばねばならない何か」 を感じていたのだ。
——こうして、迅の「異常な成長速度」は、周囲の魔法士たちにまで影響を与え始めていた。




