第22話 黒の賢者
静寂が支配する夜の森。
空には雲が薄くかかり、月光がぼんやりと大地を照らしていた。
アルクスの森の一角、ひときわ大きな老木の枝に、一羽のフクロウが静かに止まっている。
漆黒の羽根を持ち、夜闇に溶け込むようなその姿は、まるで闇の使者のようだった。
その瞳には、遠く離れた王宮の訓練場が映し出されている。
三人の人影が見える。
九条迅、リディア・アークライト、ロドリゲス・ヴァルディオス。
フクロウの目が一瞬だけ輝いた。
そして、ゆっくりと頭を巡らせると、その視線の先には——
黒衣を纏った男が立っていた。
銀色の長髪を風にたなびかせ、金属製の黒いドミノマスクがその瞳を隠している。
流れるような長いマントをまとい、全身からは威圧感と知性が滲み出ていた。
——魔王軍、"黒の賢者"アーク・ゲオルグ。
彼は、王宮を映すフクロウの瞳をじっと見つめたまま、ゆっくりと口を開いた。
「……なるほど。王国側の動きが活発になってきましたか。」
低く、しかし心地よく響く声。
まるで耳元で囁くような穏やかな口調だが、その中に潜む冷徹さは隠しきれない。
「勇者"九条迅"……貴方は、どこまで到達できるのか。」
アークの指がフクロウの頭を優しく撫でる。
フクロウは小さく鳴き、さらに視界を拡大するように羽を震わせた。
王宮の訓練場では、迅とリディアが魔力循環について語り合っている。
リディアの魔力の流れ——他の魔法士とは異なる“二つの源”を持つその特異性。
「フフ……面白い。」
アークは微かに口角を上げた。
「魔王陛下が“召喚勇者”に異様な興味を持っていることは、以前から気になっていましたが……。なるほど、彼がこういう方向で成長するのなら、確かに“興味深い駒”になりますね。」
彼の声には冷静な興味が混じっていた。
戦士としての素質や純粋な戦闘能力ではなく、科学的な視点から魔法を解き明かし、独自の技術を生み出す異端の存在。
それは、アークにとっても「研究対象」としての価値を持つものだった。
「しかし……それだけでは足りません。」
アークはフクロウから視線を外し、静かに夜空を見上げた。
「九条迅。貴方が本当に面白い“駒”なのか……確かめさせてもらいましょう。」
彼が指を軽く弾いた。
すると、フクロウの瞳に映る映像がふっと消え、鳥は静かに羽を広げて飛び立つ。
それを見届けながら、アークはゆっくりと踵を返した。
——その背中には、漆黒の魔力が淡く揺らめいている。
「科学と魔法の交点に立つ者よ……この“黒の賢者”アーク・ゲオルグが、貴方の価値を測定して差し上げましょう。」
そう呟くと、彼の姿は風に溶けるようにして夜の闇へと消えていった。
そして、夜の静寂だけが森に残された——。




