第21話 魔力循環トレーニングと、迅の疑問
王宮の訓練場の片隅、木々が生い茂る静かな一角。
ここは騎士や魔法士たちが精神統一のために使う場所のひとつであり、風が心地よく流れる。
昼下がりの穏やかな陽光が木漏れ日となって、地面を柔らかく照らしていた。
その一角で、九条迅は座禅を組みながら、深く息を吸い込んでいた。
「……ふぅ」
彼の隣には、同じように座禅を組むリディアとロドリゲスがいる。
リディアは背筋をピンと伸ばし、涼しげな表情で目を閉じている。
ロドリゲスは膝の上で手を組み、うっすらと微笑みを浮かべていた。
「よし、魔力循環トレーニング開始じゃ」
ロドリゲスの合図とともに、三人はゆっくりと呼吸を整えた。
「魔力は、体内を巡る“流れ”じゃ」
「拍動と連動しておるが、呼吸のリズムにも影響される。まずは、深い呼吸で魔力の動きを感じるのじゃ」
ロドリゲスの指導に従い、迅も息を深く吸い込み、ゆっくりと吐き出した。
(……ふむ、たしかに魔力が動くのが分かる)
胸の奥、心臓の近くから微細なエネルギーが流れ出し、体内を巡っていく。
リディアも同じように魔力を循環させ、わずかに彼女の肌が輝くように見えた。
「呼吸を意識して魔力を巡らせることで、より効率的に魔力を運用できるようになる」
ロドリゲスは頷きながら、ゆっくりと説明する。
「要するに、これは“魔法士の基礎鍛錬”じゃ。おぬしのように、魔法を理論で解析しようとする者には、案外この感覚が新鮮かもしれんのう」
迅は目を閉じたまま、ニヤリと口角を上げた。
「へぇ、確かに……ちょっと“瞑想”に近いな」
「瞑想?」
リディアが片目を開け、興味深げに迅を見た。
「ああ、俺の世界では、精神を落ち着けるために瞑想っていう訓練法があるんだよ。目を閉じて呼吸を整え、体内の状態を観察するんだ。……まあ、魔力はないけどな」
「ほぉ、まさに“理に適う”鍛錬法じゃのう」
ロドリゲスは感心したように頷く。
「なるほど。私たちは“感覚”でやっているけど、あなたは“意識”でやろうとしているのね」
リディアも興味を持ったようで、腕を組みながら考え込む。
しかし、その時、迅はふと別のことに気づいた。
(……てか俺、ずっと研究ばっかしてるけど、これでいいのか?)
ぱちりと目を開け、ゆっくりと座禅を崩す。
「なぁ、ロドリゲス」
「うむ?」
「俺って、このままでいいのか?」
ロドリゲスは首をかしげる。
「どういう意味じゃ?」
「いや、ほら、俺って“勇者”として召喚されたわけだろ? でもよく考えたら、ずっと魔法の研究ばっかしてるし、実戦とかほぼしてないよな?」
リディアが苦笑する。
「あなた、今頃気づいたの?」
「……いや、今更だけどな」
「ふむ……確かに、勇者とは本来、魔王軍と戦うために召喚されるものじゃな」
ロドリゲスは顎を撫でながら考え込む。
「しかし、それについては少し奇妙なことがある」
「奇妙?」
リディアが首をかしげた。
「勇者殿が召喚される前までは、魔王軍の侵攻が頻繁にあった。しかし、勇者殿が召喚されてからは、なぜかパタリと止んでおるのじゃ」
「え?」
迅とリディアが同時に声を上げた。
「いやいや、それおかしくね? なんで俺が召喚された途端、魔王軍が大人しくなったんだ?」
「……私もそれは不思議に思っていたわ」
リディアは真剣な表情になる。
「普通なら、勇者が召喚されたなら、魔王軍はもっと攻勢を強めるはずよ。勇者が成長する前に潰そうと考えるのが普通でしょう?」
「あー、確かに。魔王側からすりゃ、勇者がレベル1のうちにブッ潰しておくのが効率的だよな」
迅が他人事のように物騒な意見を言う。
「ふむ、確かに」
ロドリゲスも腕を組みながら頷いた。
「だが、事実として、魔王軍はまるで“様子見”をしているかのように動きを止めておる。もちろん、小さな魔物の襲撃はあるが、それらは王宮騎士団で十分対処できる規模じゃ」
「……なんか気持ち悪いな」
迅は腕を組みながら、眉をひそめた。
「魔王軍ってのは、いきなり慎重派になったのか?」
「それとも……何か別の目的があって、あえて侵攻を止めているのかもしれないわ」
リディアの推測に、迅は唸るように考え込む。
(なんか、俺の知ってる“魔王軍”のイメージと違うな……)
普通、勇者と魔王ってのは、呼ばれた瞬間に戦争開始みたいなもんじゃないのか?
なぜ、魔王軍は俺を放置している?
(俺が“勇者”だから? それとも、俺に何か別の“価値”があるのか?)
考え込む迅だったが、それ以上の情報がないため、一旦考えを保留することにした。
「……ま、考えても答えが出るわけじゃねぇし、今は魔力循環の訓練に集中するか」
「そうね。何かが起こる前に、少しでも力をつけておかないと」
リディアが静かに頷く。
ロドリゲスも微笑みながら、「その意気じゃ」と励ました。
しかし、その一方で——
彼らの会話は、遠く離れた場所から“観察”されていた。
漆黒のフクロウが、静かに枝の上で目を光らせている。
その瞳には、迅たちの姿がはっきりと映っていた。




