表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/70

第2話 魔法はエネルギー保存則を無視するのか?

 九条迅は王宮の図書室にいた。

 召喚されてから数時間が経過し、彼はすでに異世界の「魔法」について科学的な検証を始めていた。


 高い天井まで届く書架がずらりと並び、無数の書物が静かに眠っている。

 この世界の王族が代々積み重ねてきた知識の結晶なのだろう。

 重厚な木製の机に積み上げられた本の山は、迅がすでに片っ端から目を通したものだった。


「まず、前提を整理するか」


 迅はペンを片手に、異世界で支給された羊皮紙にメモを書きつける。


〈現時点での魔法の仮説〉

① 何らかのエネルギー源を利用している。

② 詠唱(呪文)はエネルギーの媒介または制御に関与している。

③ エネルギーの変換プロセスは、科学で説明可能である可能性がある。


「つまり、魔法を使う際に“どこから”エネルギーを取ってるのかが最大の謎だな……」


 迅は顎に手を当て、じっくりと考え込む。


 例えば——炎を生み出すには燃焼が必要だ。

 燃焼が起こるためには、酸素・燃料・点火エネルギーが必須となる。

 ところが、宮廷魔法士ロドリゲスが使用した火の魔法フレア・リィスは、それらを完全に無視して発生していた。


「パッと見だが、エネルギー保存則をガン無視してるんだよなぁ……」


 迅は羊皮紙の端に、「エネルギー保存則=?」と大きく書き込む。

 この世界の魔法は、物理法則を覆しているのか、それとも未知のエネルギー変換システムを持っているのか——。

 どちらにせよ、解明する価値は十分にある。


 しかし、彼が最初にぶつかった壁は、**「この世界には科学的な視点が存在しない」**という事実だった。


 迅は積み上げられた書物の中から、一冊を手に取った。

 装丁には豪華な金糸が施され、分厚い革表紙には《魔導基礎論》と書かれている。


「《魔法とは神の祝福であり、詠唱により神聖な力を呼び覚ます》……」


 迅はパタンと本を閉じ、ため息をついた。


「いや、そういうのはいらねぇんだわ。もっとこう、物理法則的な話をだな……」


 次の本を開く。

 だがそこに書かれているのも、「魔力は天より授かる」とか、「偉大なる神の奇跡」とか、そんな宗教的な文言ばかりだった。


 迅は眉間に皺を寄せる。


「そもそも、この世界の住人はエネルギー保存則を意識してないんだよな……」


 彼は机に肘をつき、考えを整理する。


 この世界には「魔力」という概念がある。

 魔法士たちは日常的にその言葉を使う。

 しかし、迅が調べた限りでは、魔力の定義を科学的に解説した書物は皆無だった。


「魔法士たちは“魔力”って言葉を使ってるけど、それが何なのか説明してる本が見当たらない。」


 つまり——彼らは魔力を「不思議な力」として扱い、それ以上深く考えてこなかったのだ。

 それはおそらく、この世界の宗教観とも関係している。

 この王国では神の存在が深く信じられており、魔法は「神の奇跡」として扱われている。

 ならば、人々がそれを**「科学的に解明しよう」**と考えなかったのも頷ける。


「だが、それじゃあこの九条迅の知的好奇心が収まらない。」


 迅は立ち上がり、書架を歩きながら思考を巡らせた。

 仮に、この世界の魔力が未知のエネルギー場だったとしたら?

 あるいは、生体電気のようなものと関連していたら?

 思考の糸が次々と繋がっていく。


(現状、俺が取るべきアプローチは二つ——)

1.魔法のエネルギー源を特定するための実験を行う。

2.詠唱の役割を検証し、不要な部分を削れるか調べる。


 迅は羊皮紙にこれらを書き出し、ペンを置いた。


「となると、まずは魔力というものが何なのかを直接観察しないとな……」


 迅は図書室の奥から顔を出し、王宮の兵士に声をかけた。


「おい、ロドリゲスさんを呼んでくれ。」


 兵士は一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに頷き、足早に去っていった。


 迅は微かに笑みを浮かべる。


 もし魔力というものが存在するのなら、それを実際に“感じる”ことができれば、何らかのヒントを得られるかもしれない。


 そして、それがどのようにエネルギーを消費するのか観察すれば、魔法の仕組みが少しずつ見えてくるはずだ。


「さて……面白くなってきたじゃねぇか。」


 迅は再び椅子に座り、次の実験に向けて思考を巡らせた。


——この世界の魔法は、本当に物理法則を無視しているのか?


 それとも、まだ誰も気づいていないだけで、確かな法則が存在するのか?


 科学者の本能が、確かな手応えを感じ始めていた。




 王宮の図書室で理論的な検証を終えた九条迅は、魔法の正体を探るため、「実際に魔力を感じ取る」という次のステップに移ることにした。


 そのために、彼は異世界で出会った宮廷魔法士ロドリゲスを呼び出した。


 やがて、静かな足音が図書室に響く。

 入口から現れたのは、白髪をなびかせた初老の魔法士、ロドリゲス・ヴァルディオスだった。

 重厚な紫色のローブをまとい、長い杖を携えたその姿は、まさしくこの王国の知識と魔法の権威を体現している。


「勇者殿、呼ばれて参ったぞ。」


 ロドリゲスはゆったりと歩み寄りながら、迅を値踏みするような目で見た。

 彼は先ほどの謁見の際に迅の異質さを感じ取っていた。

 「異世界の勇者」として召喚されたにもかかわらず、剣を振るうでもなく、魔法を覚えようとするでもなく、科学的に魔法を解析しようとしている。

 そんな存在に対し、彼は半ば興味を持ち、半ば警戒もしていた。


「悪いな、急に呼び出して。聞きたいことがあってさ。」


 迅は椅子から立ち上がり、ロドリゲスの前に進み出る。


「なんじゃ、勇者殿?」


「魔力って、目に見える?」


 その問いに、ロドリゲスは眉をひそめた。


「……魔力は魂に宿る神聖な力。目には見えぬが、感じることはできるのじゃ。」


「ほーん……じゃあ、俺でも感じることは可能かい?」


 迅は腕を組みながら、興味深そうに尋ねた。

 彼にとって、「見えない」というのは科学的アプローチを阻む要因にはならない。

 電子の流れも、放射線も、人間の目には見えないが、それらは確かに存在し、計測手段さえあれば検出できる。


 ならば、魔力も何らかの形で「観測」できるはずだ。


「普通は訓練を積まねば無理じゃが……む、試してみるか?」


 ロドリゲスは興味を示したように頷くと、杖を持つ手とは逆の手をゆっくりと挙げた。

 そして、そのまま迅の額にそっと触れる。


「目を閉じよ。心を静め、魔力の流れを感じるのじゃ。」


 迅はわずかに眉をひそめた。


「……うーん、スピリチュアルな話になってきたな……」


 正直、こういう“気を感じる”とか“精神を研ぎ澄ませ”とかいう類の話は、これまでの人生で何度も胡散臭いと感じてきた。

 だが、これは異世界——「魔法」という未知の法則が存在する世界だ。


 迅は半信半疑のまま、ゆっくりと目を閉じる。


 ——その瞬間。


(……お?)


 何かが、確かに“感じられた”。


 体の中に、微細な振動のようなものがある。

 血流とは異なるリズムで、何かがゆっくりと巡っているような感覚。

 まるで、全身の神経がうっすらと共鳴するような、かすかな波動——。


「これが……魔力?」


 迅は目を開け、驚きに目を見開いた。


「おお……勇者殿、すでに魔力を感じ取れるとは……!」


 ロドリゲスも驚愕していた。

 通常、魔力を自覚するには長年の修行が必要であり、初めて魔力を感知するには数週間から数ヶ月はかかるという。


「いや、なんか……本当に電気信号みたいなものを感じるな。」


「電……? 何のことじゃ?」


(……いいね、興味深い。これは生体電気の類か? それとも未知のエネルギー場か?)


 迅は拳を握りしめる。

 もしかすると、魔力とは脳や神経の電気的な信号と関係しているのかもしれない。

 あるいは、もっと別の“場”の概念——例えば磁場や重力場のようなものが働いている可能性もある。


「これは確かに、科学的に解析する価値があるな。」


 迅がニヤリと笑うと、ロドリゲスが不安げに尋ねた。


「勇者殿、まさか魔力を解剖しようと考えておるのでは……?」


「解剖っていうか、仕組みを知るってことだよ。」


 迅は淡々と答えた。


「この世界の人たちは《神の力》とか言ってるが、そりゃつまり“現象を説明できていない”ってことじゃねぇか。」


「む、確かにそうかもしれぬが……」


「だから、俺が調べる。」


 迅の目はすでに「研究者」のそれになっていた。

 未知のエネルギーが存在し、それを科学的に解析する余地がある——それだけで、彼にとっては十分すぎるほどの動機になり得る。


「じいさん、もう一度フレア・リィスやってもらえるか?」


「うむ、よかろう。」


 ロドリゲスは杖を掲げ、小さく詠唱する。


「《フレア・リィス》」


 手のひらに、小さな火球がふわりと生まれる。

 その炎は、周囲の空気を歪ませることなく、ただそこに浮かんでいた。


「この時、何か体に負担は感じるかい?」


「ふむ……少し疲れるが、大したことはないな。」


「じゃあ、この魔法を20回連続でやると?」


「そ、それは……さすがに疲れる。」


 迅は考えを巡らせる。


「つまり、魔力を使うと“疲れる”……つまり、何らかのエネルギーを消費してるわけだ。」


「そりゃあ、当然じゃ。」


「なら、エネルギーはどこから供給されてる?」


「む? それは……魂じゃ!」


「いや、それは概念的すぎるな。もっと具体的に知りてぇんだわ……」


 迅は額を押さえた。


「普通に考えれば、消費されるエネルギーはATP(生体エネルギー)か、もしくは周囲の環境から供給されているか……」


「A……? 何のことじゃ?」


「つまり、魔法を使うと消耗するのは体力なのか、それとも別のエネルギー源なのかって話だよ。」


 迅は実験を続けながら、仮説を深めていった。


(この世界の魔法士たちは、魔力を“なんとなく”使ってる。だけど、俺なら理論的に解析できるはずだ。)


「いいね、面白くなってきた……!」


 迅はニヤリと笑うと、レポートに仮説を書き殴り始めた。

 迅の魔法解析は、着実に進み始めていた——。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ