第17話 魔力を可視化せよ!
泉のほとり。
空は次第に夕焼けから群青へと移り変わり、鳥のさえずりが静かに消えていく。
迅とリディアは、さっきまで水中で観察していた「魔力と血流の関係」について、興奮冷めやらぬ様子で話し合っていた。
そんな二人を、ロドリゲスは少し離れた岩の上から微笑ましく見守っている。
「なるほどのう……勇者殿とリディア殿は、魔力と血の巡りが関係しておる可能性に気づいたわけか。」
ロドリゲスは長い白髭を撫でながら頷く。
「うむ、わしも長年魔法を研究しておるが、そこまで深く考えたことはなかったのう。興味深い話じゃ。」
「だろ? そんでさ、次にやるべきことは“魔法を使うときに心拍数がどう変わるのか”を調べることだと思うんだよ。」
迅は水滴のついた腕を払いながら言う。
「魔力を消費するってことは、何かしらのエネルギーを使ってるってことだ。なら、体のどの器官が関わってるのか、もうちょい突き詰めないといけねぇ。」
「確かに……脈拍が変わるかどうかを測れば、魔力の流れが血流と関係しているかを確認できるわね。」
リディアも腕を組んで考え込む。
「けど……具体的にどうやって測るの?」
「そこが問題なんだよな……。」
迅は地面にしゃがみ込み、小枝で砂の上に何かを書き出す。
「手首や首に手を当てて脈を測るのは、簡単だけど正確なデータは取れねぇ。 もっと確実な方法が必要だ。」
「うむ、医療魔法には心拍数を測る術もあるが、精度が高いとは言えんし、細かい変化まではわからんじゃろうな。」
ロドリゲスも腕を組んで唸る。
「だったら、水を使って可視化すればいいんじゃない?」
リディアが、泉の水面を指さしながら言った。
「さっきあなたが言ってたみたいに、水の中で魔法を使うと魔力の流れが目に見えたでしょ? それなら、水の中で魔法を使って、脈拍が変化した時に魔力の揺らぎがどう変わるのかを観察すればいいんじゃない?」
「おお! それだ!!」
迅は思わず手を叩いた。
「水の中なら、魔力の流れが視覚化できる。それを使えば、脈拍の変化と魔力の放出に相関があるかどうか、ちゃんとデータを取れるはずだ!」
「ふむ……しかし、勇者殿。水中で魔法を使う実験をするとなると、それなりの広さと安定した環境が必要になるぞ?」
ロドリゲスが心配そうに言う。
「城の浴場を使えばいいんじゃない?」
リディアがあっさりと提案した。
「浴場なら、風の影響も受けないし、魔法を使ったときの水の動きも観察しやすいわ。」
「……風呂?」
迅は目を瞬かせた。
「確かに、浴場なら適度な広さがあって水も動かせる……」
「でしょ?」
リディアが胸を張る。
「まあ待て、待てい!!」
ロドリゲスが慌てて手を振った。
「それはつまり、勇者殿とリディア殿が一緒に風呂に入って実験するということか?」
「「……っ!?」」
その瞬間、二人はピシッと硬直した。
「……お、おい、爺さん? そ、そんなつもりじゃねぇぞ?」
「えっ、ええ!? 当然でしょ!! そんな、そんなわけ……!」
リディアの顔はみるみる真っ赤になる。
「ふむ、そうか? では、別々の時間に入浴し、それぞれの魔力の流れを記録して比較するのはどうじゃ?」
「……あ、それならアリかも。」
迅はすぐに態勢を立て直し、ニヤリと笑う。
「つまり、入浴中に魔法を使って、そのときの魔力の流れを測定する装置を作れば、別々に実験してもデータの比較ができるってことだな?」
「そういうこと!」
リディアも勢いよく頷く。
「魔力の波長を記録できる魔法具を作れば、入浴中の魔力の変化を可視化して、後で確認できるわね!」
「ははっ、いいじゃねぇか!」
迅はワクワクしたように拳を握る。
「さっそく王宮の研究室で、その魔法具を設計するか!」
「なら、王宮に戻るとしようかのう。」
ロドリゲスはゆっくりと立ち上がると、二人の様子を見てニヤリと笑う。
「ほほう、随分と息が合うのう?」
「うるせぇ!!!」
「い、いちいちそういうこと言わないでよ!!」
二人は同時に怒鳴りながら、顔を真っ赤にしてそっぽを向いた。
「ほほうほほう、青春じゃのう。」
ロドリゲスはニヤニヤしながら、二人のやりとりを楽しんでいた。
こうして、王宮の浴場を使った新たな実験計画が動き出すことになった——。
しかし、この実験が思わぬ騒動を巻き起こすことを、このときの迅たちはまだ知らなかった……。




