第10話 科学と魔法、タッグ結成
王宮の魔法研究室の空気は、さっきまでとはまるで違っていた。
九条迅が「詠唱の最適化」を証明したことで、魔法士たちの常識は揺らぎ、場の雰囲気には戸惑いと興奮が入り混じっていた。
特にロドリゲスは、何度も自分の長い髭を撫でながら、深く考え込んでいた。
「……これは、本当に魔法の歴史を変えるかもしれんのう」
「いやいや、大げさすぎるだろ」と迅は肩をすくめる。
「ただの最適化だよ。まぁ、ちょっとした革命くらいにはなるかもしれないけどな」
「そ、それがおおごとなんじゃ……!」
「だな……」
魔法士たちは、迅のあまりにもあっけらかんとした態度に圧倒されながらも、これまでの魔法のあり方が変わるかもしれないという事実に、徐々に興奮を覚え始めていた。
そして、その中で一人、静かに考え込んでいた少女——リディア・アークライト。
彼女は腕を組みながら、迅をじっと見つめていた。
(……彼は本当に、魔法の仕組みを理解し始めている)
(異世界人でありながら、私たちの誰よりも魔法を深く解析し、新たな可能性を引き出している……)
彼女の胸の奥が、小さく疼く。
それが何の感情なのか、まだ分からなかった。
——いや、分かろうとしていなかったのかもしれない。
そのとき、リディアはゆっくりと口を開いた。
「私、あなたの研究に協力するわ」
その言葉に、部屋の空気が変わる。
迅は驚きつつも、すぐにニヤリと笑った。
「おっ、いきなり“仲間”って認めてくれるのか?」
リディアはすぐに顔をそむけ、ツンとした態度で答える。
「認めたわけじゃないわ。ただ……この研究が、すごく面白そうだから」
(そう、これは純粋に研究に対する興味よ。彼のことが気になるとか、そういうのじゃない……はず)
「ほーん、じゃあリディアちゃんは“面白い”ことには食いつくタイプか」
「ちょっと! ‘ちゃん’付けしないで!」
リディアがムッとした表情で睨むが、迅は気にせず笑っていた。
「まぁ、何にせよ歓迎するぜ。これからよろしくな」
「ええ、よろしく」
二人の手が、軽く握られる。
リディアはその瞬間、ほんのわずかに指先が熱を持ったような気がして、すぐに手を引っ込めた。
「……っ! じゃあ、私は研究の資料を集めてくるわ!」
「おう、頼んだ!」
リディアはそそくさと部屋を出ていった。
(な、何よ……あの笑顔……! なんなの、この変な感覚……!)
王宮の廊下を歩きながら、リディアの頭の中はさっきの光景でいっぱいだった。
——彼の無邪気な笑み。
——自信満々に詠唱を短縮する姿。
——そして、自分の手を握った瞬間の感触。
(ば、馬鹿みたい。こんなの、ただの研究の話じゃない……!)
彼女は思わず頬を軽く叩く。
「落ち着きなさい、リディア……!」
それでも胸の高鳴りは収まらなかった。
その夜。
リディアは自室のベッドの上で、大の字になって寝返りを打っていた。
「はぁぁぁぁ……! なんなのよ、もうっ!」
布団を頭からかぶり、もぞもぞと暴れる。
思い出すのは、迅の顔。
迅の声。
迅の笑顔。
(私、なんで彼のことばっかり考えてるの……?)
思わず枕を抱きしめながらゴロゴロ転がる。
(ち、違う! これはただの研究の興味! 私は彼の知識に興味があるだけ!)
そう言い聞かせるが、顔は熱くなる一方だった。
「でも……」
——「女の子を殴るわけねぇだろ」
(……なんであんなセリフ、覚えてるのよ!)
思わず布団の中で顔を覆う。
「はぁぁぁぁぁ! 馬鹿! 九条迅の馬鹿!」
ばふっ、と枕に顔を埋める。
そのままの体勢で数分経過。
ふと、彼の不敵な笑みを思い出す。
(あの顔……ムカつくのに、なんで……)
リディアの心の中で、もやもやとした感情が膨らんでいく。
そして、彼女は気づかないまま、ゆっくりと微笑んでいた。
(……明日も研究室に行かなきゃ)
そう心の中で呟いたとき、彼女の胸の奥で何かが弾けた気がした——。




