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狂った私と狂った人々との出会い

  序章 物語は雑に始まる。


  何もかもがくそったれな人生だった。

 毎日決まった時間に目を覚まし、決まった時間に仕事に行って、上司の気まぐれで仕事を終える。

 大した給料にもならないそんな仕事を続け、精神は疲弊し、気づけば何事にも無気力になっていった。

 そんな折、私に思いもよらぬ不幸が音もなく訪れる。

 急性心不全。

 随分と雑な死因である。

 正直過労死でもよかったんじゃないかとも思うが、実際に過労死するほどには働いていなかったらしい。

 つくづく雑な人生である。

 ⋯⋯で、この状況は何なんだ?

 ポツンと佇む椅子が一脚。

 それもパイプ椅子である。

 もうちょっとこう⋯⋯何とかならなかったのだろうか?

 そうやって呆気にとられる私の前に現れたのはスーツの⋯⋯男の子?

 随分と中性的な見た目だ。

 美男子と言っていい。

 ともすればその辺の女の子よりも可愛いかもしれない。

 ⋯⋯いや、私は決してその気があるわけではない事はここに弁解しておく。

 男の娘が好きなのではないし、まして男が好きなわけでもない。

 ボーイッシュ女子、できうるなら貧乳である事が望ましい。

「変な想像しないでもらえますか?」

 そういって目の前のスーツ君(仮)は少し顔をしかめた。

 正直思考を読まれたことに驚くべきなのだろうが、そこは現代人。

 あれだ、これはよくある異世界転生というやつだ。

 ここで次に向かう世界の説明とかチートスキルをもらえたりするのだろう。

 私は詳しいのだ。

「まぁ、最近の人間の物わかりの良さは助かりますが⋯⋯ともかく座ってくださいよ、話が進まないんで」

 そう促されて私は椅子に腰を下ろす。

 久しぶりに心が躍る感覚だ。

 くだらない人生にさようなら、新しい世界で女の子にモテモテになりながら最強の勇者に――

「先に言っときますけど、チート能力とかはないですよ? なんなら生き残った人間もどれだけいるかわからないですし」

 はて⋯⋯。

 それは困る。

 最初からそんな絶望的な話で誰が転生を受け入れるのか。

 というか生き残ったとは?

 もうそんなにやばくなってるのか?

「だいたいほっとくとこうなるんですよ。 過程は変われど結末は同じ。 知的生命体の定めってやつなんですかね?」

 やれやれといった風で話すスーツ君の言葉に黙って耳を傾けた。

 曰く、私が生きていた世界も、これから転生する予定の世界も言うなれば神の実験場だ。

 神は世界を創った。

 だがそれはあくまで神々の利益のためであるらしい。

 なので本来は世界が滅ぼうがデータさえ取れればよいのだが、今回は新しい実験を行いたいらしい。

「⋯⋯というよりは、どうせ滅ぶのなら遊んでもいいだろうって感じですかね」

 人間は放っておけば勝手に増えるし、勝手に様々な技術を生み出してくれる。

 それを神々はデータとして手に入れて、自分たちの生活に取り入れてきた。

 だが、人間は同じ過ちを繰り返す。

 豊かさに溺れ、時間と共に貪欲になっていく。

 そしていずれは死に至るのだ。

 人間の貪欲さは世界を滅ぼすまで肥大し続ける。

「ここだけ見ると貪欲さは悪にも見えますが、欲がなければそもそも発展しないんですよ、一度欲に制限をかけて人間を作ったときは⋯⋯あれは酷かった」

 それは想像がつく。

 なぜ満たされているのに新しく何かを生み出す必要があるんだ?

 必要を超えて何かを生み出すのは何かしらの欲によるものでしかありえない。

「で、本題に入りますがあなたに向かってほしいのは殆どあなたの世界と同じで、医療が発達した世界です。 これは本当に画期的だった。 ともすれば定命のあなたたちが我々と同じ不死という境地に至る程に」

 だが、滅んだ。

 いや、正確には滅びかけている。

 生き残ったという表現からして、実際に不死にはならなかったのか?

「正確には不老ですね。 まぁ、結局失敗したから滅びかけているわけですが」

 その言葉に私は笑う。

 どちらにせよ滅んだろうさ。

「でしょうね、むしろ失敗したのは良かったかもしれません。 まして不死になんてなられた日には下手に死なない分、我々が介入しなければならなかったでしょうし」

 まったくだ。

 で、そんな世界に新しく人間を送ってどんなデータが欲しいのか。

「いいえ、データは必要ありません。ただ、貴方がどのように行動するのかが見たいだけ。 ただの娯楽エンターテイメントですよ、神々にも一定数そういう物事に娯楽性を見出す者がいるんです。 はっきり言って神々も人間も大して変わりません。 ただ不老不死で、暇を持て余しているだけです。 まぁ、他の世界がいいならそれもまた良しで検討致しますよ? さっきあなたが考えていたような所謂ナーロッパな世界もありますし、許可が出ればチート付与もできます。 そのまま消えてなくなりたいならあなたという存在を消すこともできます」

 暫し逡巡する。

 それならばチート能力をもらってナーロッパ世界に行くのがよいに決まっている。

 だが、そんな地獄に最初に案内しようとしたのはなぜか?

「そりゃもちろん、生前の貴方の思考から最適解を選んでいるからですよ、えぇ、勿論⋯⋯」


  一章 そして私にとって嗜好品は生活必需品より優先される。

 

 1日目

 要約すると⋯⋯だ。

 確かに不老は実現した。

 人々は老いることもなく、外的損傷がなければ――そしてエネルギーが供給される限り――永遠の生を謳歌できる⋯⋯ハズだった。

 だが、やはり生き物はその枠組みから外れることができなかったらしい。

 不老を選んだ大多数の人々は最初は軽度な認知機能の低下に始まり、長い年月をかけて活動意欲の低下がみられた。

 単純な話だ。

 不老の薬は確かに完成した。

 そして長い試験を経てついに実用化され、望めば誰もがそうなれた。

 だが。

 人間は傲慢になり過ぎた。

 人間に不老をもたらした薬は、他の生き物にどう作用するだろう?

 無菌室で育てられたラットの話ではない。

 人間が摂取し作用する薬は、同じく人間に関わってきたあらゆる生物に変革をもたらす。

 例えば犬や猫。

 彼らも同じく不老とされた。

 それもそうだ。

 彼等は人間にとって良き隣人であり続けた。

 彼等と永遠を共有したいと思うのはおかしな話ではない。

 例えば虫

 目立たないかもしれないが、彼らだって人間から糧を得ている。

 都市部に生息するゴキブリやアリは人間の発達と共に適応してきた。

 途方もない年月を掛けて。

 そして⋯⋯我々が普段意識することもない生き物がいる。

 微生物やウィルスの類だ。

 彼らは見えず、意識すらされることもなく、徐々に自らを適応させ、進化させてきた。

 正直に言えば私は学者ではないし、彼ら創造主でもない以上は詳しい話をされても理解できなかったが、それでもこの極小生物達が人類の不老の敵となったのだそうだ。

 人類はすべてを管理していると思い上がっていた。

 だが、世界の混沌たるや人間程度にすべてを管理されるほど甘くはなかったということだ。

 生物の進化を予期するのは不可能。

 すべての進化は自然選択によるのだけではなく、中立進化という形をとることもあると言っていたのはどの学者だったか。

 ダーウィンだけが進化論を研究していたわけではないのである。

 そんな訳で、ごくごく微細な生き物により不老に一種の変異バグが生まれてしまった。

 脳細胞の劣化である。

 肉体こそ生きているものの、徐々に理性は死に至り、本能が肉体を突き動かす。

 そう⋯⋯ゾンビだ。

 不老の薬と微小生物により生まれたミュータント。

 まぁ、そう考えるとゾンビは正しい表現ではないかもしれないが、そこは置いておく。

 そしてもう一つ、なぜこのゾンビ化に人間が対抗できなかったかについてだ。

 最初に述べた通り、大多数の人間がこの不老の薬を受け入れたからだ。

 警察、ひいては軍隊に至るまで、治安を維持するための人間も含めてゾンビになってしまったのだからどうしようもない。

 ゾンビ化する原因が理解されたころにはもう既に世界中に薬と変異した微生物が人間とともに広まっていたのだそうだ。

 最近何とか下火になった例のウィルスも真っ青である。

 さて。

 そんな世界に私は来た。

 要するにだ。

 神の視点を持ったうえでゾンビゲームの世界に入り込んでいる状況である。

 ⋯⋯つまらないわけがない。

 いちいち顔色を窺わなくてはいけない頭の悪い上司も、仕事を増やすばかりの同僚もいない。

 全て自分の責任の下、好きに生きられる世界。

 ⋯⋯最高じゃあないか。

 とはいえ、まずは取り急ぎ生存の戦略を立てねばなるまい。

 例のスーツ君からの贈り物は銃と弾丸がクリップ付き15発入りの箱で3箱、水と食糧は2~3日分といったところか。

 素晴らしい。

 何もしなければ数日で弾切れを起こすか、あるいは餓死するなこれは。

 とはいえ、銃に関しては自分でこれを選んだのだから文句も言えまい。

 古い西洋のカービンライフルで、今や時代遅れも甚だしい代物だが、私はこいつが好きなのだ。

 ましてボルトアクションで整備性や命中精度もよい。

 それが新品同様の状態で手に入ったのだからまさに奇跡だろう。

「弾丸はまぁ探せば手に入るでしょうし、必要なら他の銃もあるでしょう。 様々な理由から銃はあなたの世界以上に生活に浸透した道具でしたから」

 ⋯⋯確かそんなことを言っていたはずだ。

 つまり最悪この銃に頼らずとも戦うことはできる。

 だが、心配事はほかにある。

 ⋯⋯生き残った人間だ。

 数はいなくても全滅したわけではない。

 そういう輩が一番怖い。

 自分が圧倒的に優位に立てない相手だからだ。

 世界や場所について知識で負け、経験で負け、数で負けている。

 出会ったが最後、相手が友好的でなかった場合はこの世界とはさようならである。

 もちろんリスポーンなんてできないし、ここですぐ死んだ場合は次の転生のチャンスもなしだ。

 多少は神様とかいうやつを楽しませてやらないといけないらしい。

 ⋯⋯売れないアイドルの発掘番組だろうか?

 まぁいい。

 今いるのはおそらくアパートの一室だろう。

 ワンルームタイプのようであまり広くはない。

 観察する限り周囲の物品から、この世界では私が暮らしていた国に相当する場所なのだろう。

 多少の差異こそあれ、言語については心配しなくてよさそうだ。

 室内を軽く物色して手に入ったのは手ごろなサイズのリュックサックと薄手のブランケット、包丁数本に紙とペン、ガムテープなどの一般のご家庭によくある日用品とセットドライバーなどの工具。

 残念ながら銃はなかったが、この部屋の住人はおそらく学生だったのだろう。

 参考書やらなにやらは多数あったが、他には役立つものはなさそうだ。

 地図が手に入れば一番良かったのだが。

 それとここにきて食料の問題を改めて気にしなければならないことが分かった。

 殆どの生鮮食品が原形をとどめないほどに腐敗していた。

 埃の蓄積具合も然る事ながら、大して匂いも気にならないほどの腐敗と考えると、数ヶ月或いは数年は放置されていたに違いあるまい。

 そうなると食料として期待できるのは缶詰とインスタントヌードルなどの乾燥食品だろうか。

 ⋯⋯いずれにしても今がいつなのかを知らないと簡単に手は出せないか。

 あれ、思ったよりも地獄じゃないかここ?

 思ったよりも地獄だよここ。

 はぁと一つ溜息を吐いて、持っている食糧と水をリュックに詰めて、ブランケットを縛り付けた。

 ライフルには銃口近くに包丁をガムテープで括り付けて槍にする。

 基本的に相手をゾンビと仮定して、音や光は最小限に抑えるべきだろう

 ましてや一般的とはいえどれほど手に入るかわからない銃は最終手段と捉えるべきだ。

 ゆっくりと玄関を開け、静かに周囲を見回した。

 閑静な住宅街、所々に民家に突っ込んだ車がある以外はそこまで異常には見えない。

 周辺は静かだ。

 鳥の囀り以外は何も聞こえない。

 さて⋯⋯。

 まずはこのアパートを制圧しよう。

 アパートは周囲をブロック堀が覆い、二階建てで各階層に5部屋で計10部屋。

 現在の部屋は建物の二階で階段から最も離れた角の部屋だ。

 建物の形状からして、現状を正しく把握できるまでの拠点にするにはちょうどいいかもしれない。

 だが、最終的には放棄すべきだろう。

 周囲にはあまり高い建物は見えないが、できうるならそういう建物を拠点化したい。

 それも階段が複数あるか、近くに同じような高さの建物があるかのどちらかの条件を満たすやつだ。

 ここも最悪飛び降りられる程度の高さなので理性のない相手なら逃げることもできるだろうが、人間を相手にする可能性も考慮するならもっと意表を突ける脱出手段が必要だろう。

 まずは扉に手を掛ける。 

 当然のことながら扉は開かない。

 あまり頑丈そうには見えないが、この奥に入る方法は3つある。

 一つ。

 単純にぶち破る。

 何度かタックルをかませば壊れそうだ。

 だが、騒音がひどい。

 却下だ。

 一つ。

 ノブを破壊する。

 これも簡単そうだ。

 持ってきたブランケットで包んで叩けば騒音も鳴るまい。

 ⋯⋯却下。

 だがしかし二度と扉として役に立たなくなる。

 探索するだけならそれでも良いが、拠点化するにはそれでは不都合だ。

 となれば選択肢は一つしかない。

 再び部屋の中に戻ると窓の外のバルコニーへ出た。

 簡単に突き破れる衝立が隣室との境となっている。

 おそらくケイカル板だな。

 軽く指でこすってみると、パラパラと粉が崩れた。

 だいぶ劣化しているようでありがたい。

 外部から目につきにくい下部分に少し力を込めると、それだけでパキリと音を立てて崩れてしまった。

 屈んで下をくぐって窓に手をかける。

 ⋯⋯やはり開いてはいないか。

 だが、そんなに高級な窓でもないだろうよ。

 窓のクレセント錠回りにガムテープを貼って、ニードルを当てた後にハンマーで叩く。

 ⋯⋯簡単だ。

 小さな音を立てて窓ガラスが砕け、そのままニードルを押して鍵を開けた。

 釈明しておくが知識があっただけだ。

 やったのは初めてである。

 神様なら知ってるだろうが。

 そんな調子で各部屋を漁ったところ、手に入ったのは拳銃が1丁と弾が50発入りで1箱と予備マガジンが2本。

 持ち主は趣味がいい。

 シングルカラムで装弾数こそ少ないが、小さな手でも握りやすく威力もある。

 ガンケースに収められたまま机の引き出しにしまわれていたということは、元の持ち主はこいつを持ち出す前に死んだか、逃げたかのどちらかか。

 いずれにしてもありがたい。

 そして地図もあった。

 何か近くの行事の案内のようなもので詳しいものではなかったが、それでも多少の情報があっただけでも僥倖である。

 そして正確かどうかはわからないがまだ動く時計と缶詰が数箱、新聞。

 他にめぼしい物はなかったが、一階の一部屋に遺体があった。

 首を吊ったのだろう。

 ぎぃぎぃと音を立ててそれはぶら下がっていた。

 ⋯⋯その姿はなんと形容すればいいのかわからないほど不思議だった。

 体には埃が被っているものの、思ったほど腐敗してはいない。

 ただ、やけに瘦せこけている。

 人のことを言えたものでもないが。

 あまり気分の良いものでもないが、じっくりとその死体を観察することで分かったことがある。

 これは、やはり被った埃から考えると数か月は確実に経過しているはずだ。

 その割には腐敗の程度が低い。

 つまり死亡してそれだけの年月が経ってもなお、この肉体の細胞は生きていると言うことだ。

 何をエネルギーにして?

 考えられるのは肉体そのものだ。

 細胞が肉体を食らって生き延びているなんて馬鹿な発想かもしれないが。

 ⋯⋯それに、生き残ることには何の役にも立たない。

 そう思ってふと我に返った。

 確かにここには生活があり、人生があった。

 そして私は今、彼等の死を目撃した。

 ⋯⋯私にも迫るそれを。

 この世界はゲームじゃない。

 そこまで考えることができるにもかかわらず、どこか無関心な私に。

 やはり私はどこか狂っている。

 だが⋯⋯。

 無駄かもしれないが、遺体は紐を切って外に埋めておいた。

 とても軽かったし、あまり深くも埋めなかったので時間はかかっていないが、それでもなぜかどっと疲れてしまった。

 死体を放る事への良心の呵責か、あるいはそれでも自分に良心があると信じたくてやったのか。

 それすら今の自分には判断しがたい。

 そういえば。

 思い出したように胸ポケットに手をあてて、それがないことを思い出す。

 ⋯⋯タバコだ。

 死体の件で忘れていたが、どうやらこのアパートの連中は全員嫌煙家だったらしい。

 ⋯⋯まさかな?

 どんなに医療が発達してたからって、タバコが存在しないなんてことないだろうな?

 だったら今すぐ私も死ぬぞ。

 タバコがない人生なんて考えられるものか。

 ある意味空元気なのかもしれないが、それでも私はライフルとカバン、拳銃を手に取って玄関を出た。

 まさかコンビニくらいあるだろ。

 タバコだってあるはずだ。

 ⋯⋯そうだと言ってくれ。



 時計を見れば時間は15時。

 あまり長い探索はできないが、地図を頼りに目星をつけて、大きい通りに出る。

 人間がいない町とはこんなにも静かなのかと再び実感しながら歩くその過程で、私は相対するべき怪物達を見た。

 見てくれは人間だ。

 やはり瘦せこけている者が多いものの、腐敗はしていない。

 ⋯⋯当然か、彼らはまだ死んでいないのだから。

 奴らなのかそうでないかを見分けるには難しいかもしれない。

 病的なほど瘦せこけているやつも確かにいるが、普通の体型の者も若干いる。

 服装の乱れに関しても、正直こんな状況では人間だって気にしない。

 多少前傾で歩いているのと、妙に動きが遅いのが特徴だろうか。

 だが、これも確実とは言えない。

 試しに遠くの窓に石を放り投げて――今考えれば愚策の極みだったが――割れたガラスの音に向かって走り出す個体もいた。

 少し残念だ。

 私はロメロ氏の作品が好みなのだが。

 とはいえ全部の個体が走れるわけではないことも分かった。

 どうしてなのかは詳しく解剖でもしてみないことには――したところで――分からないが、瘦せている個体はあまり走らないように見える。

 筋肉が衰えているのか?

 だが、そう考えれば銃も有効だろう。

 走ってくる敵だけを撃てばいい。

 ボディは有効ではないかもしれないから狙うなら頭部か脚部だ。

 ⋯⋯狙えるだけの腕があればな。

 訓練を受けた人間でさえ動いている対象の部位を狙うのは難しいのに、知識はあっても実戦経験のない人間が簡単に出来るものか。

 こういう作品でショットガンがよく出る理由が分かった気がする。

 簡単に面で攻撃できるからだ。

 それこそ素人でも部位を狙いやすい。

 ⋯⋯なんで私はこんな連射も効かないライフルを選んだんだ間抜けめ。

 そう自分を責めたところで全ては今更だ。

 自身で選んで与えられたリソースで何とかするしかないのである。

 ともすれ、目的の建物は見つかった。

 遠目から見えるだけでも3体のゾンビがいる。

 彼らの呼称も考えねばならないか?

 ⋯⋯いや、とりあえずゾンビでいいだろう。

 別に誰も困らん。

 さて、どう攻略する?

 音に反応するのは分かっているが、先ほどのように大きな音はどれだけ敵を集めてしまうかわからない。

 とはいえ、あまりにも小さな音にも反応が薄いのだ。

 視覚、聴覚に関しては人間と変わらないと見るべきか。

 それに反応するかも個体差があるのだろう。

 だが、筋力に関しては少々分からない点がある。

 先ほどは筋肉が衰えているのかとも思ったが、実際はそうでもなさそうなのだ。

 事実、遠目に見える個体のうち、瘦せ衰えた子供に見える個体が、素手で死体を引きちぎって食べている。

 今までの観察結果を総合するに、例え死んでも腐敗して柔らかくはならないのだ。

 そしてあれが生きていた人間だったとしてもそんなすぐには柔らかくなるなんてことはない。

 それを引きちぎる筋力はあるわけである。

 ⋯⋯やっぱり地獄じゃないかここ。

 その時だった。

 銃声が一発。

 目の前の個体のうち、2体が音につられて歩き出す。

 残るは一体。

 静かに忍び寄れば気付かれずに背後に回り込んで頭部を叩けるかもしれない。

 正直、他の個体が集まることを考慮するとあまり長居はできないが、それでも目当ての物を探す程度はできるだろう。

 素早く、視界に入らないように注意しながら歩いて⋯⋯パリン。

 ⋯⋯何をやってるんだ私は。

 ゾンビの近くで割れていたガラスを踏みつけ音が鳴る。

 それに気づいたそいつは私の方へ振り返り⋯⋯。

 ええい、儘よ!

 素早く引き抜いた銃で一発。

 頭部に一発。

 我ながら冷静なものだと感心したいが、今はそれどころではない。

 折角遠くで鳴った銃声に奴らが引き寄せられてくれると思ったのに、それをわざわざ自分のもとに引き寄せてしまったのだ。

 素早く建物内、レジの方向へ目を向ける。

 しかして目的のものはそこにあった。

 素早く駆け込んでそれを幾つかふんだくると、素早くリュックにしまって店を出る。

 食糧に水、他にも欲しい物はいくらでもあったが、今はそれに気を取られるべきじゃない。

 少なくとも、数日分はある。

 だがタバコはないのだ!

 外に出ると、先ほどは見なかった個体が数体。

 だが、思ったよりも走れる個体は少ないようでこちらを見つけてもよろめきながら小走りをする程度だった。

 実に運がいい。

 全力疾走で囲まれた暁にはデッドエンドだ。

 小走りで奴らの目線から隠れ、その後は極力音をたてないように、そして奴らに見つからないように帰路に就く。

 ついに最初のミッションを完遂したころには、既に18時を過ぎていた。

 

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