8.お邪魔虫になりたくない
光流は存外素直に俺の介護を受け入れてくれた。
「38度9分か。絶対安静だな」
「ごめんな。ゴホッ……こんな時に」
本当だよこの野郎!? わざとやってんのかお前!! 明日だぞ、希夢ちゃんを連れて地元のビーチに繰り出し、正しい青春を謳歌する予定だったのは明日だ、それをお前……有り得ん……有り得んッ!!
何で今なの? 何故今なんだ畜生! よくなれよ光流……とっととよくなれ馬鹿野郎……よくなれーッ!!
俺がどんだけの用意をして来たと思ってるの? パラソルとクーラーボックス、テントとタープ、バーベキューコンロ、木炭、食材、飲み物、ビーチチェア、携帯シャワー、BGMは敢えてFMラジオ!
それから……三人だけじゃ間延びするかもと思い、午後には同じクラスの仲のいい奴が数人遊びに来るように仕向けてある。そういう変化もあった方がいいから。
夜まで居る事になった場合も想定して、花火も買い込んだ……地元のビーチはルールと時間を守り後片付けをするなら花火もOKなのだ。正しい青春を彩るに相応しい、キラキラした想い出になっただろうになァ……
それもこれも、全部おしまいだ。光流が来ないんじゃ希夢ちゃんも来ない。
俺はそんな暗い怒りの気持ちを抑え、穏やかに呟く。
「いいから早く元気になれよ。元通りに。またサーティーンのアイス食いに行こうぜ、こないだは冷凍庫の故障とか言ってバニラしか食わせて貰えなかったじゃん」
肌着を替えマットレスにもタオルを敷き、水分も摂れた光流は少し落ち着いたようには見えた。
「ゴホッ……元気はお前だろ」
「そのネタはもういいって……はは、は」
それからしばらくすると、光流は寝息を立て始めた。俺の相手をして疲れたのか、少しは寝やすくなったのか。
明日までに治らねえかなあこいつ。やっぱ行くわってならないかな……違う。俺はあくまで主人公の悪友であり、脇役なのだ。
物語というのは主役の為に紡ぐもので、脇役はそれを支えるのが使命なのだ。脇役の俺が自分の幸福の為に主人公に無理をさせようというのは間違っている。それでは俺は悪友役ではなく悪役になってしまう。
……
ちょっと待て。俺は一体何をしている!?
俺は目を見開いて立ち上がる、俺は何と言う事をしてしまったのだ! これは主人公の発熱イベントだぞ!? 好感度の一番高い女の子が看病に来る大事なイベントじゃねえのか!?
いや、ここは別にそういうゲームの世界じゃないけど、ここは希夢ちゃんがしっかり看病して二人の間の距離がグッと近づく所だったんじゃないのか!?
俺はこんな所に来てはいけなかった。希夢ちゃんの電話にも気づかず、のんきに明日の準備でもしているべきだった。どうしよう……今からでも引き返さないと!
俺は床に散らばった濡れたシーツ、汗を拭いたバスタオル、光流が脱いだ服などを集めて軽く畳み、光流の部屋を出る為扉を、
―― ゴン
「いたっ!」
開けようとしたが、希夢ちゃんは扉のすぐ前にしゃがんでいたらしい。俺はその額に扉を当ててしまった。
「ああっ、ごめん」
「いっ、いいの! 私がこんな所に居たから!」
「シ、シーッ、光流のヤツ、やっと眠ったから」
「あっ……」
希夢ちゃんは額から手を離して俺を見上げる。え……涙? 泣いてたのか、この子……
俺は思わず振り向いて光流を見る。ちくしょう幸せ者め。希夢ちゃんこんなに心配してんじゃねーか、バーカ、鈍感。
「はあ……肌着は換えさせたから、後は頼むよ」
「あの、待って元気くん、私何をしてあげたらいいと思う?」
「えっ……そうだな……起きたら水分を摂らせて、出来ればスポーツドリンクで、家にある?」
「うん、それから?」
「あと、頭を冷やすやつ……冷えピッタンとかアイスノォンとかない?」
「アイスノォンならあるよ、ここに!」
「あ……あったし持って来てたんだ、じゃあ今すぐ普通の枕と換えてあげて」
「待って! 私出来ないよ、元気くんがやってあげて!」
うーん。希夢ちゃん、光流の事は心配だけど手を出して介護をするのはやっぱり恥ずかしいのか。いいや駄目だ。ここは心を鬼にしないと。
「俺はこれを洗濯機に入れて来るから。洗濯機、一階の裏の和室の手前だよね?」
「御願いぃ! 私光流に勝手に触るとか無理、元気君がしてあげて!」
しかし希夢ちゃんはそう言って俺の腕にすがりついて来る!? うおおお!? 待て待て待て駄目、胸が当たる、俺の腕に当たる、そんなのは駄目だ俺は悪とはつくけど本当は悪くない親友役の男なんだ、断じて光流の為にそんな役得を得る事があってはならないのだ!
俺は断腸の思いで、希夢ちゃんちゃんの胸が俺の腕に当たる前にその手を振りほどく。
「わ、解ったよ、じゃあ希夢ちゃんがこの洗濯物持ってって」
「それも駄目! いや、そうじゃなくて、とにかく早くこのアイスノォンを光流に、ほら、苦しそうだよ光流!」
そう思うなら自分でやってあげたらいいのに……仕方ねえ。悪く思うな光流、本当はこのアイスノォンは希夢ちゃんの手でお前の頭に添えられるべきだと思うんだが。
俺は希夢ちゃんからアイスノォンを受けとり、光流の枕元に戻る。
「光流、ちょっとごめん」
俺は小さく囁いて光流の頭を軽く支えて枕を抜き取り、次に光流の頭をそっと抱え上げながら、タオルで巻いたアイスノォンを素早くその下に滑り込ませる。
―― パシャッ!
ん? 今度は光流の枕元まで普通に一緒に来た希夢ちゃんが、スマホを取り出してるんだけど……?
「ああっ、ごめん、おばさんにライムしようとして変なとこ押しちゃった!」
「? そう……」
「あと何だっけ、洗濯物ね、大丈夫これは私が持って行くから、ありがとう元気くん!」
そう言って希夢ちゃんは洗濯物の束を抱え光流の部屋を飛び出して行く。
何だったんだろう……今のは。




