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5.13アイス

「お前たち、夏休みだからと言ってハメを外し過ぎるんじゃないぞ。二学期が始まるまでに、宿題は勿論の事、各自しっかりとそれぞれの課題に取り組んでおけよ」


 担任の月並みな説教を最後に、一学期は終わった。

 だけど俺達の胸に小学生の頃のような高揚感はない。中堅とはいえ進学校である青友にはきっちり夏期講習があって、結局の所みんな明日以降も学校に来て授業を受けなくてはならないのだ。


 と、去年までの俺だったらそう考え、ただ俯いていただろう。だが主人公の悪友として覚醒した今年の俺に、下を向いている暇などない!


「っしゃあああ夏休みだぁぁあ! 光流ー、帰り駅の方寄って行こうぜ、駅前のサーティーンアイス、今日開店だってよ、ほら見ろ! スモール1玉無料券だ、もちろん二枚ある」

「お前部活じゃないのかよ」

「今日は午後からなんでいっぺん帰るし、なあ行こうぜ、二枚あっても一人一枚しか使えないんだわ」


 さあ来い、乗って来い……


「あーっ、いいなーサーティーンアイス」


 来たぁぁああ! 席は離れているものの当然のように同じクラスに居る希夢ちゃんがこっちに来た!

 終業式の今日は教員会議があるので各部活も休みか午後三時以降からで、美術部の希夢ちゃんもフリーなはず……俺はそこまで調査済みだった。


「希夢ちゃんも一緒にどう?」

「えーっ、でも券は二枚なんでしょ?」

「ふんっ……! むむむむむ」


 俺は手に持った無料券に「気」を送る……そして親指をちょっとずらす。


「ああっ!? 券が三枚になった!」

「ほんとだぁぁ!?」

「いや、お前最初から三枚持ってたんだろ」


 素直に驚いたふりをしてくれる希夢ちゃん、冷めた目で突っ込むだけの光流……これでいい。これが正しい青春なのだ。



 夢のようだ……俺は今、学園一の美少女と一緒に下校していた。それはまあ、光流と希夢ちゃん、これから仲を深めて行くのであろう主人公とメインヒロインの二人の周りで踊る、道化師としての役割でしかないのだが。俺は実際に、二人の周りを回る衛星のような動きで歩いて行く。


「この後しばらく天気いいらしいし、台風とか来る前に海とか行っとかね?」

「夏期講習があるだろ」

「休みもあるじゃん」

「部活も」

「俺だってたまには塩素臭くない、広い海で思い切り泳ぎてーんだよ」


 これはウソだ。水泳の強豪で海も近い青友学園水泳部には当然、海洋遠泳大会がある。これは自分は沈没していないという事を他の部員や顧問に知らせる為、叫び声を上げながら泳ぎ続けるという、生きているうちに地獄の責め苦を気軽に体験出来る年一回のイベントだ。

 四年生の俺は既にそれを三回体験しているし、部活のない日に好き好んで海で泳ぎたいなんて思わない。


 そんな思いを乗り越えてでもビーチに行きたい理由? そんなものは言わなくても解るな?


「なあ、海水浴行こうぜ。そうだ、次の日曜とかどうよ」

「日曜は観光客で一杯だろ」


 俺は積極的に仕掛けるが、光流はつれなく断って来る。まあここまでは織り込み済みだ。


「じゃあ水曜だ、夏期講習も休みだし」

「考えとくわ」


 あちゃー、考えとくわが出てしまった。光流の「考えとくわ」はほぼ気がないという事なのだが、まあいい、当日までに何とかして外堀を埋めてやる。今年の俺は一味違うぜ? 光流に背を向けた俺が、そんな事を考えていると。


「あの! 二人が行くなら、私も行ってみたいな……だめ?」


 背後で希夢ちゃんが、そう言った……うおおお!? マジか!? 俺マジで学園一の美少女とビーチへ行けるのか!?

 そんな事があっていいの!? そんな、そんなの俺の人生の最終目標ぐらいの話じゃなかったの!? 俺は今やっと夢の振り出しに立ったばかりだと思ってたのに、夢のゴールが自分から走って来てくれたというのか!?


 俺は思わず、ビーチに現れた希夢ちゃんのプライベート水着姿を想像する! その、顔を。


「……」


 たまたま、道路の向こうを歩いていた、冬波に見られた。


 いや別に、俺の顔なんて希夢ちゃんと光流以外になら誰に見られてもいいけど……だけど俺、今たぶん滅茶苦茶ニヤけてると思うんだよな……やべえ、このままじゃ振り向いて返事が出来ない。俺は自分の太ももを手裏剣で刺したつもりで、真顔に戻って振り返る。


「ほら光流、希夢ちゃんも来てくれるってよ、行こうぜ、なあ、俺、家からパラソルとクーラーボックス持って来るからさ!」



 俺の悪友ロードは輝きに溢れていた。俺は夏休み開始早々、学園一の美少女とビーチへ行く約束を取り付けてしまったのだ。


「なんだよ夏平、行きたきゃ行けよ先に」

「あざッス」


 その喜びはエナジーとなり、俺の身体を隅々まで満たしていた。午後の水泳部の練習だって何のそのだ。


「ナツこの机、視聴覚室に直して来て」

「うーッス!」


 先輩達に押し付けられる雑用もへっちゃらだ。折り畳み机だって重くないぜ!


「手ェ伸ばせ手ェ伸ばせ手ェ伸ばせェ!! 落ちてんぞペース、ペース!」


 だけど1、2コースでは修羅と化した顧問が、レギュラー組相手に声を張り上げている……やっぱりあれはキッツいなぁ。


 8月のお盆過ぎにはインターハイがある。部には既に基準記録をクリアしてインターハイ行きの切符を手にしている者も居る。これから地方大会で記録を出そうとしている者も。俺も向こうの世界に行ってみたいと思った事が無いでもない。


 水泳は練習すれば誰でも速くかっこよく泳げるようになる。だけど水泳選手には誰でもなれるわけではない。そいつがタイムをどこまで縮められるかは、産まれた瞬間に決まっているのだ。

 その生まれ持った限界タイムがインターハイ標準記録に達していない奴は、どんなに練習してもインターハイには出られない。

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作者みちなりが一番力を入れている作品です!
少女マリーと父の形見の帆船
舞台は大航海時代風の架空世界
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是非是非見に来て下さい!
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