32.意識過剰
お盆が終わり、母さんと父さんが帰って来た。俺はこの日の部活は休むと前から告げてある。
集合は朝8時半。場所は駅のバスターミナルだ。俺は大きな二輪カートを引いて集合場所に向かう。
「おはよう元気くん! いよいよキャンプだね、私、本当に楽しみにしてたんだよ、天気も良さそうでほんとに良かった!」
「……おはよーっス」
俺が15分前にバス停に着くと、秋星は一人で先に来ていた。それから早川と根府川、川崎と大船、男ばかり四人が次々とやって来る。
「あっ……秋星さん、今日は来たんだ……」「マジか、秋星が……」
「川崎くん大船くん、早川くん根府川くん! 海水浴は来れなかったけど、今日は楽しいキャンプにしようね!」
「あ、ああっ、もちろんだよな!」「楽しいキャンプにしようぜぇぇ!」
秋星のテンションは高かった。俺は考え事をしていたので、秋星に話し掛けられた事をほとんど覚えてなかった。
そして8時半、藤沢と辻堂は時間通りに来た。光流は5分遅刻でやって来た。バスは9時発なのでそれでも十分早い。
「早過ぎだろ夏平、まだ25分もあるじゃねーか……」
「お前が最大20分は遅刻して来るから、安全マージンを取ったんだよ……」
俺は光流と目を合わせずに話す。その間も秋星はこっちをちらちらと見ていた。
キャンプ場へは普通の市営バスで向かう。結局女子は二人だけ、一人はカップルの片割れ……いやまあ、他の男は秋星も春月の彼女ではないかと思ってるかもしれないが、俺は今では全くそうではないという事を知っている。
そして秋星のテンションはずっと高かった。
「私もキャンプ場の事いっぱい調べて来たの、釣りも出来るし花火オーケーの場所もあるって、みんなでいっぱい! 夏の思い出を作ろう! ね? ね!?」
秋星はアイドルのように煽り立て、何も知らない男子共は盛り上がる……俺と光流は離れた席に座り、その騒ぎからも少し距離を置いていた。
川沿いのキャンプ場には他にもたくさんのグループが居た。バスで来てるのは俺達ぐらいで他所は車で来てるようだが、こっちは学生のグループだし仕方ない。
「着いたねーキャンプ場! 天気が良くて本当に良かった、元気くん! 今日は元気くんがこのキャンプの隊長だよね、隊長私達のキャンプサイトはどこですか! 私、設営を手伝います!」
「あの、設営は俺がやるんで皆は周りの施設や遊び場所を確認して来て」
「えー! 設営もキャンプの楽しみだよ、お願い元気くん、私にもやらせて!」
秋星がやると言えば他の男共もやる。本当は俺一人でやった方が早いんだが、俺はレンタル品のテントを二張り、皆と一緒に建てる。その間も秋星はやたらと俺に絡んでくる。
「すごいねぇー、元気くんって本当に器用だよね! 何ていうか、レジャーなら任せろって感じだよね! 私元気くんの友達で本当に良かったー!」
俺は秋星の顔をほとんど見なかったのでよく解らないが、秋星はずっと笑ってるようにも見えたし、目が笑ってないようにも見えた。
「夏平ぁ、お前本当にすごいな、この前は千鶴様と海水浴、今日は希夢ちゃんとキャンプ、俺本当にお前の友達やってて良かった、ありがとう、ありがとうな夏平」
「だっ、抱き着くな川崎ッ、秋星が見てるからッ!」
秋星はワンショルダーのシャツにショートパンツという恰好をしている。俺は、虫に刺されないといいですねと思う。
川にはキャンプ場の管理者が放したニジマスが居るのだが、お盆の客が釣った後ではろくにアタリすらなかった。俺もあまり期待していなかったのだが。
「俺、しばらくこれやってたいんだけど」
「うん……そうか」
光流はどっしりと腰を落ち着け、釣りに専念すると言う。まあ、光流らしいよな。俺は今日は必要以上には光流の事を気にしない事に決めていた。
秋星は一生懸命キャンプを盛り上げてくれた。俺もちゃんとそれに付き合った。バドミントンにフリスビー、昼の焼きそばパーティに大富豪、暑さの厳しい午後には川遊びも入れた。
「つめたーい! 川の水って気持ちいいね、あっ……今魚が居た! 早川くん魚、そっち行ったよ、捕まえて!」
「ええっ、ああマジだニジマス! ニジマス居る! 川崎の足元!」
「うおおお待てやべえ!」「わははは」「キャー! あははは」
水遊びOKエリアで次々とダイブする野郎共。ああ、楽しそうで何よりだ……そして最後には秋星まで。
「きゃあああ! 捕った! 捕ったよー!」
「うおおおすげえええ!」「秋星がニジマスを捕ったああ!」
川にダイブし、ずぶ濡れになってニジマスを捕まえた。あーあ。シャツが透けてブラが丸見えだ……俺は目をそらしてため息をつく。
キャンプはそんな秋星の奮闘もあり大きいに盛り上がった。光流も一日かけて三匹のニジマスを釣り上げ、秋星が捕ったニジマスも含め下拵えをして、みんなの食材で作る闇鍋バーベキューに添える事が出来た。食後には花火も楽しんだ。藤沢と辻堂も二人の世界に篭らずに皆に付き合ってくれたし、俺も準備していた事は一通り出来て、悔いのない無難な一日になった。
秋星は疲れていたのだろう。着替えると言ったきり女子のテントから出てこないので辻堂が見に行ったら、寝袋の上に倒れて寝落ちしていたそうだ。
さすがにいたたまれない気持ちになった俺は、光流が皆から離れたタイミングを狙って話し掛ける。
「あのさ光流、希夢ちゃんの事だけど」
「俺はもう怒ってないぞ。お前が平気だって言うならそれでいいし、怒ったらあれが俺やお前だって認める事になるような気もするしな」
意外にも光流はすぐにそう答えて来た。
「そうなのか……? だけどお前今朝だって別々に来たし」
「俺がそうしたんじゃない、あいつが一人で先に出掛けたんだ。今日一日の流れだってそうだろ? 俺とお前はいつも通りで、あいつがいつもと違うんだ」
言われてみれば……光流の言う通りかもしれない。
「あとは向こうの気の済むようにすればいい事だろ。川崎たちは喜んでるみたいだしな」
「そ、そうか……」
「悪いな元気。もうちょっと早くに話せば良かったわ」
「いやあ……あ、あのさ、実はついでにもう一つ、聞きたい事があるんだけど」
「何だ?」
俺はもう一度辺りを見渡す。ここは月と俺が持つLEDランタンだけが照らす夜の小川の畔、聞き耳を立てられている気配はない。
「あの……千市先輩って居るだろ、水泳部の。あの人ももしかしてその……秋星が書いたマンガの事を知ってたのかな。その……俺、前に光流が先輩と話してる所、見た事があるんだけど……」
俺は結構ドキドキしながらこの話を聞いた。光流と千市先輩、本当の所、どんな接点があるんだろう。
「見てたのかよお前。悪いな、その話はちょっと出来ない」
えっ、直球でシャットアウトかよ、マジか……マジかぁ。やっぱり先輩も光流を取り巻くヒロインの一人なのかなあ。
「い、いやまあいいんだ、お前が誰と付き合おうとさ、俺はただの悪友だし」
俺は自分の気持ちをごまかすようにそう言った。その途端、光流は突然びくりと震える。
「なっ、何だよ、そういう意味じゃねえよ、何の話だと思ってるんだよ」
そう言って光流は俺の肩をパーンと叩く……今度は俺の体に嫌な悪寒を伴う電気が走る!?
「うわああ!」
次の瞬間、俺は光流から飛び退いて離れていた。光流も一歩後ずさりをしている。俺達は信じられないという顔で互いを見ていた。
†
光里「お前のせいだ、お前が俺の気持ちに火をつけたんだ!」
松平「……俺なんかで良ければ、お前の全てを受け止めるよ」
†
「違うっ、そうじゃねえ! おっ、俺はそっちの気はねえって!」
「あっ、当たり前だろ! 俺だって好きなのは女だけだからな!」
秋星が描いたマンガは、確実に俺達二人のごく普通の友人関係の間に浅くない爪跡を残していた。
俺達、普通の主人公と悪友の関係に戻れるんだろうか……?
俺達はキャンプの男子テントの中でも、一番離れた場所の寝袋で寝た。




