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31.停滞する高気圧

 しかし俺の意気消沈は、パフォーマンス低下となって現れた。


「競技者なら誰にでもある事だ。練習すればするだけ伸びて来た記録が頭打ちになり、どんなに頑張っても記録が延びない……そんな時期が誰にでも来る」


 お盆休みもたけなわという頃、俺は水路で打ちひしがれていた。正に、ここまでひたすら泳げば泳ぐだけ延びて来たタイムが、縮まなくなったのだ、俺もあれこれ考えて工夫をするのだが、全く縮まない。

 そんな俺に、世界水泳に出場した超一流の競技者でもある顧問の言葉は重く、だけど的確にのしかかる。


「ここまでやって来た自分を疑うな。お前の伸びしろはたっぷりある」


 インターハイ組はもう調整期間に入っていて、本番に備える為軽めの練習をして引き上げて行く。

 一方エンジョイ組はオープンウォーターの練習の為、別の体育教師の引率で海岸へと連れて行かれる……俺も去年までは連れて行かれていた。

 後に残るのは、インターハイに出られなかった選抜選手だけだ。そういう選手の中にも志願してオープンウォーターに行く変わり者が居るので、水路は午前中半ばにはガラガラになった。


 ついこの前、筋肉だけは自分を裏切らないと思ったのになあ。簡単に裏切ってくれるじゃん、筋肉の野郎。

 フォームが崩れてるのか? 逆に意識し過ぎてるのか? いや、それなら顧問がそう教えてくれるはずだ。


 解ってるんだよ。これはたぶん秋星の事とも関係ない、俺の気持ちの問題だ。



 正午からの一時間は水路から出なくてはならない。俺は弁当を抱え敢えて炎天下の屋上へ向かう。今はあまり誰かと話がしたい気分ではないんだわ。

 まあさすがにお盆中は大抵の部活は休みだし、補習ですらこの時期は勘弁して貰えるらしいので、校舎にも校庭にも生徒はほとんど居ないが。


 野球部は今日もやってんな。土地が安いのが田舎のいい所だ、青友学園野球部も野球専用のグラウンドを持っている。


―― カキーン


 おー、いい音。でもサードが横っ飛びで取ったわ……あんないい当たりなのにアウトかよ。当たり前だけど野球上手いな、あいつら。

 あんなに練習してあんなに野球上手くても、甲子園には行けないのか。きっと、もっと練習しててもっと野球が上手い奴が、世の中にはたくさん居るんだろう。


 俺は給水塔の日陰で弁当を食べながら、ぼんやりと野球を見ていた。金属バットの打球音、遠くの海、入道雲……


 母さんが帰省中なので弁当は俺の手作りだ。特大タッパに炊き立ての白飯を二合半敷き詰め、業務用スーパーの焼き上げハンバーグを凍ったまま並べ、袋入りの刻みキャベツを一袋分乗せて、ソースをたっぷりと掛ける。それだけだ。


 ……


 これからどうなるんだろう俺。観念して水泳だけでも頑張ってみようと思えばこのザマである。

 俺、今年がインターハイに一番近かったんじゃないかなあ。光流のコバンザメなんかやってないで、本気で水泳だけ頑張ってたら、出られたかも……そんな事、後悔したってもう遅い。


 じゃあどうする。これからも光流の一番の悪友として進み続けるか。別に秋星がどうであれ光流は光流だと思うし、俺は光流の傍に居るのが好きだから……いや待て待てそういう意味じゃねぇ! 違う、俺は主人公の悪友という立場としてあいつを好ましく思っているだけで、そっちの気は全くないから! って……一人で何を焦ってるんだ俺は……


 冬波は今、東京で短期集中講座を受けているらしい。お盆の最中も勉強をするチャンスなのか、それじゃあストレスが溜まったって仕方がない……この前は何かノリで頑張れって言っちゃったけど、やっぱり本当はやめた方がいいと思う。

 だけどそれは今の俺が自分の悪友道と水泳に挫折を感じ、意気消沈しているからかもしれない。


 千市先輩は今日も練習に来ていたが、軽い調整だけで切り上げて帰って行った。先輩は個人ではバタフライが一番得意だが、リレーではチーム事情により自由形で出るらしい。

 先輩は俺なんかには想像も出来ないレベルで競技をしている。はあ。やっぱりあの人は高嶺の花っつーより、雲の上の人だわ。


 秋星はあれ以降何故かこまめにライムを寄越すようになった。今東京のイベント会場に居るとか、キャンプも楽しみにしてるとか。

 正直俺は光流ほどには怒ってない、つーか彼女に対する怒りの感情のようなものは持っていない。火星人が火星人相手に火星で何をしていようが地球人である俺には関係ない、その程度の認識だ。


 味気ない弁当だなあ……ただひたすら同じ味が続く。それでも俺の手は止まらない。俺というロボットに充電をするかのように、俺は無心で自然解凍されたハンバーグと冷えた飯を口に運ぶ。

 屋外プールではプール解放が行われていて、青友の生徒なら誰でも使えるようになっている。

 学校のプールなので指定の水着以外は着れないのだが、コースロープも外された短水路は学内のリア充共の溜まり場と化している……畜生。楽しそうだなあ。

 俺、ああいう事がしたくて水泳部に入ったんじゃなかったっけ? 水泳が得意だとかっこいい! 女子とプール行ってモテモテ! みたいな。


 ああ。弁当が空になっちまった。もう少し持ってくれば良かったな。

 昼休みはまだあるけどぼんやりしてても仕方ねえ。灰色の屋内プールに戻って、泳ぐとするか……



 翌日。インターハイ組は移動の為学校に集められていた。今年のインターハイはバス移動だが、年によっては飛行機で移動する事もあるという。


「ナツ、くれぐれもオーバーワークはするなよ、特に悩んでいる時のやり過ぎは駄目だ、怪我をしたら元も子もないからな」


 顧問はこれから選手団を率いて出発するというのに、インターハイに行けない俺をわざわざ呼び止めていくつかアドバイスをくれた。正直、ちょっと涙が出た。



 今日は部活は休みだ。エンジョイ組から自主練に来てるのは俺一人だったしガチ勢の中にも見送りだけして帰った奴も居る。ガラガラになった水路にはサッカー部が乗り込んで来て、ギャーギャー言いながら泳ぎだす。


「水泳部はいいなー、夏でもエアコンの効いたプールで泳げてよー」


 うるせえな畜生、じゃあお前も春夏秋冬ここで毎日泳いでみるか? 水の中じゃ声援も聞こえねえしゴール決めてワーッて盛り上がるような事もねえ、そもそも誰も応援に来ねえ、淡々と泳いで計るだけの競技をやってみるか?


 他の水泳部員もあまり長くはやらずに帰って行った。やっぱり顧問が居ないと張り合いがないよな。

 俺は色んなアドバイスを貰っていたから、もう少し頑張る事にした。サッカー部も一時間くらいで飽きて出て行ったし。監視員代わりの当直の先生には申し訳なかったけど、俺は最後の一人になっても泳ぎ続けた。

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作者みちなりが一番力を入れている作品です!
少女マリーと父の形見の帆船
舞台は大航海時代風の架空世界
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是非是非見に来て下さい!
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