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25.消えたfireworks

 隣県で行われる地方大会には各自で移動し、現地で集合する事になっていた。まあその方が合理的だよな。その隣県から通学している部員も居るし。

 駅のコンコースでは大船と川崎が待っていた。俺と同じ、エンジョイ組なのに地方大会に呼び出された不幸な四年生の非モテ水泳部員だ。


「千市先輩、一緒じゃないのか」「少し期待したのに」


 二人はあの奇跡の海水浴に来た同志でもある……俺は何となく、光流と話していた千市先輩の顔を思い出す。


「あれは先輩の気まぐれだったんだ。わかるだろ」


 会場のアリーナ周辺は、方々から集められた訓練された水泳部員共でごった返していた……いつ見てもウンザリする光景だ。畜生。何で水泳が上手い奴ってこんなにたくさん居るんだよ。だから俺が目立てないんだ。


「見ろよ、青友だ」


 だけど俺達はここでは少し目立つ存在らしい。青友は強豪校で俺達はそこのTシャツを着ているからだ。


「あれが青友? たいした事なさそうじゃん」


 そしてたまにはそんな声も聞こえてしまう。目のいい野郎だな畜生。そうだよ、青友ったって皆が皆一流な訳がないだろ、俺みたいなヘッポコ部員も居るんだよ。



 この地方大会には、特筆すべき事などなかった。

 千市先輩は来ていなかった。先輩はとっくにインターハイ基準タイムを出しているので、ここで頑張る必要がない。

 そして俺は自由形とバタフライで記録に挑んだ。どちらも、インターハイの基準タイムには及ばなかった。やっぱり俺は出られない側の人間なのだ。


「あと少しじゃん。来年は出れるだろ」


 選抜組の先輩の一人が、俺にそう声を掛けてくれた。だけど来年、これよりいいタイムが出るとは限らないのだ。


「……ナツ」


 そして顧問はいつもよりさらに険しい表情で、腕組みをして俺の前に立ちはだかった。俺は内心震えあがったが。


「俺はもう少し早くお前の変化に気づかなくてはならなかった。すまん」


 ヒッ……!? あの鬼の顧問が、そう言って……ごく小さく首を縦に振った……怖い、これはこれで雷を落とされるより怖い!


「来年は、お前を必ずインターハイに連れて行く」


 ひいいいっ、やめてくれえぇっ、俺は選抜組みたいな練習なんてしたくないッ!

 全員の競技が終わると、顧問は部員をアリーナの外に集めた……この後は閉会式があって、それから長い長い、ミーティングという名のお説教タイムが始まるのだろう。


「……今日の記録には満足している奴も納得してない奴も居るだろう。だが今回俺には一つ思う所がある。いつもと違うルーティーンで悪いが、今日はここで解散とする。すぐに帰宅するのも、残って閉会式に参加するのも自由だ……青友の水路に戻って練習するのもな」


 しかし、顧問が言ったのはそれだけだった。

 そして俺は顧問が帰ってもいいと言った瞬間絶対に帰るという事を決めていた! 今すぐ帰れば花火大会にも余裕で間に合うのだ! それなのに。

 戻って練習してもいいと言った瞬間、顧問も、他の男子部員も、みんな俺の方を見たのだ。なな何どういう事……俺は……脂汗を流しながら口を開く……


「お、俺は……閉会式に出ます……誰も出ないって訳にも行かないですよ」


 男子部員達は顔を見合わせる。顧問はため息をつく。



 アリーナは選手だけではなく選手の活躍を見に来た家族や友人でごった返しており、閉会式をやる場所は狭いので参加は義務ではない。実際遠くからバスで来てる学校などはもう帰ってしまったし、各部員の判断に任せている学校も多い。


 だけど例年閉会式まで全員ピシリと整列して参加していた青友が、顧問一人と部員一人を残して帰ってしまった事は、周囲の人々の目には奇妙な事だと映ったようである。

 閉会式、周りの学校の連中が俺達を指差してヒソヒソとささやく中、顧問は呟くように一言、俺に言った。


「結局、また雑用をさせてしまったな、ナツ」


 畜生。川崎も大船も普通に帰りやがった。俺もしかして顧問と二人で電車に乗って帰るのか……?

 その危惧は、現実になった。


「腹減ってんだろ? 食えよ」

「は、はい……いただきます」


 顧問はホームの売店で買った笹の葉に包まれたかまぼこを俺に薦めてくれた。俺はまあ、実際腹が減っていたのでそれを有難くいただいた。

 電車に乗っている間、顧問はずっと腕組みをして考え事をしていた。


「あの、笹かまぼこご馳走でした」

「気をつけて帰れよ。今日はトレーニングはやめておけ」


 幸い、地元駅に着くとすぐ、顧問は一人で帰って行った。


   †


―― ドーン! ドドーン!


 海辺の方からは景気のいい花火の音が聞こえて来る。俺は花火大会の開催中に地元に戻って来たのだ。こうしちゃいられない。俺はとりあえず光流にライムを打つ。


『ヒカル今どこに居る? 俺は駅に帰って来たとこ、花火見てるんだろ?』


 まあ案の定光流からは返事がない。俺は他の仲間にもライムを発射しつつ海辺へと走る。海岸が近づくにつれて人は増え、走りにくくなって行く……畜生誰か返事くれよ、誰でもいい! これは四年生の俺のただ一度きりの地元の花火大会なんだよ! 来年は五年生の俺の花火大会だし。


―― パラパラパラパラ…… ドンドンドーン!


 花火あと何分よ!? ああっ!? 10分も残ってないじゃん! 誰かー!! 誰か居ませんかぁぁ!? 俺と、四年生の時の俺と地元の花火大会の思い出を作ってくれる友人は!? 野郎でもいいんだ畜生!


 周りには、浴衣を着たカップルなんかも居る。男女混成のリア充の集団も居る。俺は部活のTシャツと学校指定の体操着の短パンを着ている。畜生。


―― ドドーン!


「わぁー! 綺麗……」「君の方が綺麗だよ」


 ぐわあああすれ違い様にリア充共のささやきを聞いちまった耳がぁ耳が焼ける畜生! 誰かぁ! 誰か居ませんかぁ! 俺の知り合いは居ませんかぁぁ!

 ああっ、ライムに返信が!


『家。希夢も家だぞ。忙しいから花火は行けないって』


 それは……光流の返信だった。


 俺はその場で立ち止まる。どうしたんだよ、あの二人。肝試しで引っ掛けられた光流が意地を張るのは解らなくもないが、希夢ちゃんも様子が変じゃないか?


 忙しい忙しいって、そりゃ希夢ちゃんみたいな子の日常には色んな予定が立て込んでいるんだとは思うけど、それは年に一度の地元の花火大会の日に光流の誘いを断る程の事なのか?

 光流が千市先輩先輩と話していた事に関係があるのか? 或いは、希夢ちゃんがあんなめちゃめちゃ可愛い恰好で東京に出掛けた事と何か関わりが……


 ああああ! 俺は何を考えてんだ! あの二人に限ってそんな事は無い! 特に希夢ちゃんは光流一筋の純情で清純な子なんだ!

 二人はきっと最後には上手く行くんだ、俺はそう思っている、いやそう願っている、光流は! 主人公だけど! 主人公だから、色んなヒロインの中から自分の好きなヒロインを選べる立場なんだと思うけど……でも俺は、光流には希夢ちゃんを選んで欲しい……


 その時。


「あ……!」


 俺は見た。今、浴衣の女の子を連れて歩いていたのは光流じゃなかったか? 人垣の向こうに一瞬見えただけだったが、女の子は希夢ちゃんでも千市先輩でもなかった。そんな……嘘だろ光流!

 どうすんだ俺? 追い掛けるか? いや待て、俺は主人公の悪友であって恋人ではない、あいつが誰と付き合おうが関係ないじゃないか。

 それに、解ってた事じゃないか。光流はモテるんだよ。自覚もないままに色んな女の子から好意を寄せられるのは当たり前なんだよ。


 だから……放っておけよ。


 はあ。頭ではそう解ってるのになあ。俺はつい昨日言われちまったんだよ、ありがとう元気くん、ってさ。飛び切りの笑顔を添えて。


 別に光流に詰め寄ろうなんて気は毛頭ない、二股をかけようが三股をかけようが、そんなのは光流の自由だ。だけど俺は光流の悪友として、希夢ちゃんの知り合いとして、出来れば何が起きているのかを把握しておきたい。


 俺は再び光流を探す。俺が躊躇していた時間は数秒間だと思うが、光流の姿はもう見えなくなっていた。

 どこ行った光流? あいつ特徴が無いんだよなあ。ナチュラルな黒髪に卵型の輪郭、長めの前髪……ていうかあれ本当に光流だったのかな?


「夏平さん!」


 ん? 俺は突然誰かに呼ばれたような気がして振り返る。しかしそこには誰も居ない。気のせいか。どこだ光流、俺は前に向き直る……!


「あんまりです夏平さぁん! 私ここに居るし、見えない程小さくないです!」


 わっ!? 突然誰かに腰に抱き着かれた俺が再び振り向くと、そこにはふくれっ面をした浴衣の小学生、ではなく冬波が居た。いやこの子は確かにさっきも視界には入っていたんだけど、俺は真面目にそれを冬波だと認識出来なかった。

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作者みちなりが一番力を入れている作品です!
少女マリーと父の形見の帆船
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是非是非見に来て下さい!
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