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23.お待たせしません

 俺は光流が店から出て来るまで待ち、偶然通りかかった風を装って近づいて話し掛ける。


「よォ光流、なんか久しぶりだな! こないだの肝試し以来だっけ」

「……元気か」

「あァ元気だとも」


 光流はそのままTシャツ屋の包みを手に自分が行きたい方へ歩いて行く。俺は並んでついて行く。


「希夢ちゃんとはどう? お前あの時ちょっと怒ってたみたいだけど、意地悪なんかしてないだろうな?」


 俺は単刀直入に、いたずらっぽくそう聞いた。光流は足を止め、俺の方を見る……な……何だよ。しかし光流は結局何も言わないまま、元の方を向いて再び歩き出した。


「……何か気に障ったか?」


 光流は、持っていた包みを軽く上げてみせて言う。


「これ、希夢にあげるやつ。明後日誕生日だから」


 ぷっ……

 なぁぁんだよオイ! 心配して損したあ! わは、あはは、こォんのリア充共め! そうか、誕生日プレゼントはTシャツかあ、希夢ちゃんTシャツも似合うからなあ、専門店の仕立てのいいやつなら尚更だ、そっかぁ……


「へえーあの子明後日誕生日なのか、じゃあ俺も何か贈ろっかなー」


 消しゴムとか付箋紙とか、そのうち消えてなくなる、モブ男子に相応しい物をさ……いいんだ、俺の胸の思い出は一生残るから。


「お前はどこへ行くつもりだったんだ? 元気」


 あっ。これはあれだ、遠回しに早くどっか行けって言ってるな、光流の奴。


「いやァ、今日は晩飯外で食えって言われてて、梅屋で牛丼にしようと思ってさ。じゃあなー」


 ウザ絡みにも作法があるのだ。俺は適当な言い訳をして、千市先輩の事も聞かず立ち去る……しかし。


「じゃあ俺も梅屋にするわ」

「……へっ? なんで?」

「梅屋ならカレーにも味噌汁がついて来るから」

「そうじゃなくて、何でお前まで晩飯一人で食うんだよ」

「お前は何でだよ」

「あ……か、母さん今日は忙しいっていうから」


 ウソである。今日も母さんは家で家族の晩飯を作って待っている。


「うちも親があんまり家に居ないのは知ってるだろ。希夢も最近忙しくてゆっくり飯を食う暇がないんだと」

「ふ、ふーん……そうなのか」


 どうしよう。やっぱりこの話、深堀りした方がいいのか……?

 光流と希夢ちゃんの間に何があったのか。それはあの肝試しと無関係ではあるまい……俺のせいで、二人の関係はこじれてしまったのか?


 希夢ちゃんは最近光流と話してない事を寂しそうに言っていた。光流は希夢ちゃんの為に誕生日プレゼントを買った。二人の気持ちは決して離れた訳ではないと思う、そう思いたい、しかし……千市先輩がなあ。あの人が光流に近づいてるとなると……


「早くしろよ、後ろ詰まってるぞ」

「あ、ああ、すまん」


 いつの間にか梅屋の店内の券売機の前に居た俺は、条件反射で牛めし特盛の食券を買ってしまう。しまった、家でも飯が待ってるのに……光流はカレーライス大盛りの券を買った。


「それで、希夢ちゃんは何を食べてるんだよ」


 食券を手に、光流とカウンター席に並んで座り、そのセリフを言い終えた瞬間、梅屋の店員さんは俺の目の前に牛めし特盛と味噌汁を置いた。早い。早過ぎる。


「わからん。ずっと部屋に籠りっきりだし。食パンでも食べてるんじゃないか」


 そして光流がそのセリフを言い終わるまでには光流の前にカレーの大盛りと味噌汁が置かれていた。


「食パンって……そんな」


 俺は牛丼を頬張っているのに、希夢ちゃんは部屋に籠って食パンを食べている、そんな事があっていいのか。


「なあ、希夢ちゃんは……」

「それよりお前はどうなんだよ」

「え、どうって」

「インターハイ、出れるかもしれないんだろ」


 しかし光流は不意にそんな話を振って来た。どうしてそんな事知ってるんだ、俺は光流に自分の部活の話などしていない。そんなモブキャラの生活の話など主人公には関係ないからだ。


「インターハイは出ないよ、キャンプと被ってんだから、俺、前にも言ったよな」


 さすがに、お盆の終わり頃に計画した泊りがけキャンプの事は、かなり早くから光流に伝えてある。ただ俺はその時点では希夢ちゃんの事は一言も言ってなかった。光流が希夢ちゃんを連れて来るならお迎えの用意をするし、来ないなら来ないで男同士のキャンプを楽しむ。そういう構えだった。


「お前それでいいのかよ、インターハイって言ったら甲子園みたいなもんだろ」

「出るのが難しいだけの記録会だよ。野球は強いチームに入って全国大会に行かないと最強にはなれないけど、水泳はそのへんの市民プールでも最強目指せンの、速く泳げさえすればいいんだから」


 そりゃまあ、本当の事を言えば俺はその出るのが難しいだけの記録会に出てみたかった。チャンスってやつは来年もあるとは限らないのよね。実際、四年次は出れたのにその後は出れなかったという先輩も居る。


「お前、最強目指してるのか」

「そりゃもう、俺は未来のオリンピアンよ、気持ちだけはね」


 俺達はそれぞれの獲物を掻き込みながら話す。まあ部活の後でこんなの食ったら最高に決まってるわ。美味い。


「それよりキャンプだキャンプ、お前ちゃんと来いよな、ずっと前から予約してンだからよ」

「その事だが」


 光流はカレーを食う手を止めてこちらを見た。


「な、何だよ、お前まさか」

「俺じゃない。希夢は来ない」

「えっ……」


 晴天の霹靂である。そんな……いや、それはショックだけど待て。


「あー、何言ってンだよ、俺別に希夢ちゃんは誘ってないぞ、そりゃ来てくれたら嬉しいとは思ってたけど」

「よく言うよ……あいつに来て欲しくて俺を誘ってたんだろお前」

「つ、つれない事言うなよ、そんなんじゃねーよ、俺はただ、気の合う友達と大自然の中で釣りとかバーベキューとかしたいだけで」

「いつ気が合ったのか知らねーけど。お前がやっぱりインターハイ目指すっていうならいいんだぞ、キャンプはキャンセルでも」


 光流はそこまで言って、カレーに向き直り再びスプーンを運ぶ。

 俺は思わず息を飲む……いやいや、ねえよ、ねえ。


「ほんっとつれない奴だなあ。俺はキャンプに行きたいって言ってるだろ」


 俺は丼を持ち上げ、残りの牛めしを一気に掻き込む。

 はあ。希夢ちゃん来ないのか。



「俺はこれからロードワークだから。じゃーなー」

「お前特盛食った直後に走るのかよ」


 梅屋を出た俺は光流と別れ走り出す。水の中では浮力が助けてくれるので、飯を食った直後でもそこまで苦しくはないのだが。

 母さんが作る晩飯を美味しく食べる為、俺は夜の町を走る。

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