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21.孤独なフロッグマン

 そんな訳で午前中一杯楽が出来た俺は満足していた。ククク、水泳部の連中は俺にキツい仕事を押し付けたつもりでいるかもしれないが、強化合宿で顧問の罵声を浴びながら必死で泳ぎ続ける事に比べたら天国だった。


 昼休み。制服に着替えた俺は弁当を持って自分の教室に向かう。もう夏期講習は終わっているのでクラスメイトは誰も居ないのだが、屋内プールのスタンドへ行って食う気分でもなかったので……

 さて今日の弁当は。昨日の晩飯の八宝菜に麦飯が三合、豆のサラダと手羽元の煮物が10本か。足りるかなあ。


「夏平さぁん!」


 そこへ、別のクラスの冬波がやって来る。何だかニコニコしてるな。まあ、冬波も一日でプール補習をクリアしたからな。


「皆さん部室で食べてるんですかねぇ、うちも教室は空です、夏平さん……って……ごめんなさい、それは誰かと一緒に召し上がるんですか?」

「え? 何の話?」

「そのお弁当、どう見ても四人家族の一食分ですよ」

「いや俺このくらい普通に食うし」


 冬波の弁当、俺の8分の1くらいだな……小さいな。女の子の弁当。


「じゃあここ座ってもいいですよね、一緒に食べましょう夏平さん!」


 そして冬波は豊橋の席を回してこちらに向け、弁当の包みを広げる……俺は平静を装いつつ、白飯の塊を口に入れる。


「いただきまぁす」


 優等生らしく、小さく両手を合わせてから弁当に箸を伸ばす冬波……小さいな。女の子の箸。


「まさか一日で泳げるようになるなんて思ってもみませんでしたよ! 私、体も小さいし運動も苦手ですから、50mなんて絶対無理と思ってました!」


 ちょっと待て。誰か! 誰かー! 今の俺を見てくれー!

 今冬波が、和花ちゃんが座ってる席の奴、豊橋は俺同様モテないやつだ、あの野郎は一か月くらい前に、俺の顔をしみじみと見て言いやがった、夏平って、女に縁とかなさそうだよなー、って! チックショー! ふざけんな豊橋、俺は今学園屈指の美少女、冬波和花と二人きりで飯食ってんぞ! お前の席を使ってなああ!?

 しかも笑ってる……和花ちゃんが俺を見て微笑んでいる……マジかよこれ本当に俺の人生か!? どこかで光流と入れ替わってるんじゃないのか!?


「冬波はめちゃくちゃ頭いいんだから、やればいつでも出来たんだと思うよ。物理で考えたら解るじゃん、浮く理由も浮かない理由も」


 俺はエッチなサルの顔にならないよう気をつけつつ、クールに飯を掻き込む。和花ちゃんも静かに箸を運ぶ……そして時々俺を上目遣いに見る……かっ……可愛い……やっぱりこの子は天使だ……


「ね、夏平さん」

「な、なに?」

「夏平さん、私たちお付き合いしてるんですよね?」


 俺は箸でつまんで口に入れた手羽元の煮物を飲み込みそうになった。


「私たち、出来立てあつあつのカップルなんですよね! ふふっ」


 待て待て待て待て何何何ですってええ!? カカカップル!? 俺と冬波、いや和花ちゃんが既に付き合ってるって!? 返事をしたいんだけど割とマジで手羽元が喉に詰まった俺は死に掛けていた。


「うぐっ、うぐぐぐ」

「きゃっ……大変」


 俺がもがいているのに気づいた和花ちゃんは弁当を置いてサッと立ち上がり、俺の後ろに回って……ああっ!? その小さな手で俺の背中を撫で出した! うおおお!? とろける! とろけてしまうこれは!


「ぐぐ、げほっ、げほっ……あ、ああとれた……びっくりした危なかった……」

「もう、そんなに慌てて食べたらだめですよ」


 横に回って俺の顔を覗き込みながら、和花ちゃんは小首を傾げて微笑む……天使だ……天使だぁあ!


「い、いやあの、助かったよ」

「ふふっ」


 鈴の音のような小さな笑い声を立て、和花ちゃんは元通り俺の前の席に座り直し、俺を見上げてまた小首を傾げる。ああああたまんえええ! マジかぁあ、マジで俺この天使と付き合ってるのか!?


 お、俺……もう主人公の悪友をやめていいのか……? 夏平元気という、もう一人の主人公になっていいというのか……!


「ね、夏平さん!」

「なっ、なんだい和花ちゃん」


 あれ、もしかして俺今、エッチなサルの顔になってない? 大丈夫?


「これ、あとどのくらい我慢したら乳首を吸わせていただけるんですか?」



 俺は弁当を抱えて立ち上がる。


「ちょ、待って」


 そして冬波の手を振り切り、後ろを向いて走り出す。


「夏平さん! 待ってぇ夏平さぁん!」


 俺は弁当を抱え、泣きながら教室を飛び出し廊下を駆け抜け、階段を駆け下りる。ちくしょう。やっぱり俺なんか、俺なんかサル顔のモブでしかないんだ。


「夏平さぁぁん……!」


 まだ追い掛けて来る冬波の声を振り払い、階段を駆け下りた俺は、真夏の太陽が照らしつける校庭に飛び出す……今日はサッカー部が対外試合で留守にしており、日陰のない青々とした人工芝の上には誰も居なかった。

 俺は涙を流し、麦飯を手づかみで食いながら、灼熱のフィールドを駆け抜ける。


「……待って下さぁぃ……!」


 冬波がようやく昇降口に現れてそう叫んだ時には、俺はC校舎の物陰に消えていた。

次回投稿は本日18時10分の予定です

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作者みちなりが一番力を入れている作品です!
少女マリーと父の形見の帆船
舞台は大航海時代風の架空世界
不遇スタートから始まる、貧しさに負けず頑張る女の子の大冒険ファンタジー活劇サクセスストーリー!
是非是非見に来て下さい!
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