19.薔薇色の夏休み
「わりィわりィ、いやこんな上手く行くと思わなかったわー」
そう言って藪の中から出て来て懐中電灯をつけたのは……早川……!
周りからも次々に。藤沢と辻堂が……島田が、清水が、さっき電話で泣いてた藤枝が……菊川が、金谷が!
「春月君がこんなに驚くの初めて見た!」
「いつもクールだもんな」
「夏平は驚いてくれると思ったけどさ」
「いつも落ち着きがないもんな」
「あははは」「わははは」
俺が誘ったクラスメート達が、男も女も、みんな笑顔で出て来る……
「ご、ごめんね、二人とも」
希夢ちゃんに至っては夜間でも綺麗に撮れるハンディカメラまで構えて現れた。これはつまり……? 俺は光流を、光流は俺を見る、俺達は瞬間的に目線で会話し、お互いが仕掛け人でない事を確認する。
「うわあ……やられたあ!」
「どういう事だよ秋星!」
俺は後ろに仰け反って倒れる。光流は立ち上がって希夢ちゃんに迫る……ああ、早川と、ケチャップまみれの根府川がその間に入ってくれた。
首謀者は希夢ちゃんだった。部活で遅刻の元気くんは多分必死に走って来るし、光流は面倒がってわざと遅刻して来るから、二人まとめて引っ掛けようと。
ケチャップは実際にはケチャップではなく、根府川が晩飯前の補食に持って来てたフライドポテト用のバーベキューソースだそうである。
光流は怒ったが、皆に「友情」とか「絆」とか書かれた缶バッヂを突きつけられると沈黙し、ため息をついて背を向けた。
俺は無駄になってしまった書き割りの幽霊をなどを回収し、荷物に積み直す。
それから皆でファミレスに入り軽い打ち上げをして、9時過ぎには解散した。
思ってたのとは違ったけど、夏休みのいい思い出がまた一つ出来た。皆もそう思ってくれたと思う……光流を除いて。
光流は怒りを鎮めたというよりは、言うのを諦めたという風体で終始むっつりしていた。一応、会話を振られれば応えはするが、あまり楽しんでいるようには見えなかった。
帰り道。方向が一緒の俺と希夢ちゃんは、光流を挟んで歩いていたが。
「あの、光流……まだ怒ってる?」
「……別に」
希夢ちゃんが可愛らしく尋ねてもこの通り……光流はやはりおかんむりのようである。
「機嫌なおせよー、おかげで楽しかったじゃん、思った以上にさ」
俺はそう言いつつ、悪友としてこれ以上は踏み込んではいけないと考えていた。今回の件で光流と希夢ちゃんは少しだけギクシャクするかもしれない。だけどそれはあくまで主人公生活の1ページに過ぎないだろう。
二人はこれを乗り越えるのか? それともこの隙に別のヒロインが光流に接近するのか? それは俺には解らないし、関わってはいけない部分だ。
「お前はそれでいいのかよ。その案内板も幽霊も頑張って作ったんだろ。時間も金も掛かったんじゃないのか」
「そ、そんなもんお前、金なんて掛けてないよ廃材とかで作ってるし、時間だってぜんぜん」
うん……材料は100均でしか買ってないし、時間だって別に、全部で30時間も掛かってないし……
「あっ、ああー、俺こっちだから、じゃーなー二人とも、最後まで気をつけて帰れよー」
俺はそう言って曲がり角で二人と別れる。だけどやっぱり少しだけ心配なので、引き返してそっと物陰から二人を覗く。
ああ。会話はないみたいだけどちゃんと並んで歩いてるな。希夢ちゃんを置き去りにしようとか、そういうつもりはないみたいだ。
帰宅した俺は、今日一日を振り返る。
ククク……感謝だ。
俺には感謝しかない! 俺は今日、学園一の美少女にドッキリを仕掛けてもらえたのだ! それはまあ光流のおまけでなんだけど、そんな事は関係ない、何という、何と言うご褒美だろうか!
一生自慢出来るよなァ、大人になって同窓会とか行った時に、このネタを毎回自慢してやるんだ! わはは……おっと、スマホにメッセージが……ライムか。
フレンド申請?
……の、希夢ちゃん!?
マジかよ!? なりすましじゃねえよな!? またドッキリじゃねえよな!? 光流以外の男子には教えてないという希夢ちゃんのライムアドレスがこれか!? マジ、マジなのか!? 何でアイコンがブタのイラストなの!? 可愛いけど希夢ちゃんのどこがブタなの! 俺は受け入れを! 受け入れを連打する!
『今日は本当にありがとう ごめんね ヒカルが言ってた事、気づかなかった、でも缶バッヂすごく可愛いよ、大事にするね』
そしていきなりメッセージ来たァァア! 何これ可愛い超可愛い、なんかもう文字まで可愛く見える、それはまあ錯覚だけど、マジかぁ……マジかよォォ!
「元気、また出掛けるの? 今から走るの!?」
白い歯見せて笑うサルのスタンプだけ返した俺は、外に飛び出していた。そして道幅いっぱいに、腕を振り、飛び跳ね、回り、踊りながら走る! うおおお!? 体が軽い、軽いぃ!
あれ、俺今日疲れてたんじゃなかったっけ……? 今日は他に何かなかった?
何も思い出せない。希夢ちゃんの、少し困ったような微笑みの他には何も思い出せない。
よく小さな男の子がさ、好きな女の子にいたずらや意地悪をするのはさ、好きな子のあの表情が見たいからなんだよな、女の子の、少し困った時の笑顔、あれって凄く可愛いから、だからやってしまうんだ。
俺は今日、希夢ちゃんからあの少し困った笑顔を貰った!
―― 今日は本当にありがとう ごめんね ヒカルが言ってた事、気づかなかった、でも缶バッヂすごく可愛いよ、大事にするね
うおおおおおおお! 希夢ちゃんの声が、少し困ったような笑顔が、俺の脳内で映像化されて行く……幻覚でもいい、俺はいつまでもこの幻覚を見ていたい!
薔薇色の夏休み! これが、薔薇色の夏休みだァあ!!
俺は町内を、浜辺を、走った。跳んだ。回って、踊り続けた。さすがに腹が減って目が回り、倒れそうになるまで。




