18.午後8時13分
俺と光流は雑木林の中を見回る……キャンドルランタンだけでは見えないので、結局スマホのライトをつけて。だけどさっき笑い声がした辺りに、人の気配などなかった。
「やっぱりこんな所でキャンプなんかしないだろ……」
「さっきのは何だったのかな……町の雑音が風に乗って聞こえたのか」
ともかく、肝試しを開催するのに障害になるようなものはなさそうだ。
「実在しないお化けなんかより、人間の方がよほど怖いよな」
「そうだな。誰も居なくて良かったわ」
なんだか嫌な汗が出る……まずいな、虫よけが流れちまう。やっぱりスプレーより蚊取り線香の方が良かったかな。一応、荷物の中にはあるんだが。
「元気、蚊取り線香とかないか? なんかさっきから蚊が寄って来てる気がする」
「あ、ああ、あるよ」
ハイキングコースに戻った俺は置いてあった荷物を探る。光流はランタンを近づけて手伝ってくれた。俺はランタンの明かりで蚊取り線香を探し当て、そのままその火で点火する。
点火した蚊取り線香は腰に下げられるケースに入れる。これで大丈夫だ。
「良かった、これで大丈夫だな」
「ああ、大丈夫だ、ははは」
「ははは」
―― ドッ! わあっはっはははは……
その時。今度は反対側の雑木林の中から、またお笑い番組のSEのような笑い声が聞こえた!
「聞いたか今の!?」
光流が少し焦った様子でそう言った。俺は思わず答えた。
「いや……? 何が?」
「また何か聞こえたろ今! 笑い声みたいなやつ!」
「風、風の音なら……聞こえたけど」
俺はウソをついていた。認めたくなかったのだ、俺も笑い声を聞いたと。
「風……風か、そうかもな、俺が聞いたのも風の音だ」
いつの間にか光流は俺の肩を掴んでいた。俺も光流の肩を叩いてやる。
「もういいや、二人で健康公園に戻ろう」
俺がそう言って、光流が頷いた、次の瞬間。
―― ピリリリリリ
「ひいっ!?」
またスマホが鳴り、不意を突かれた俺は変な声を上げてしまう。希夢ちゃんか……あれ? 違う、さっきの番号じゃない。
―― ピリリリリリ
誰だよ……今度は誰だ? 俺は、電話に出る。
「もしもし……?」
『もしもし、夏平くんですか? 同じクラスの藤枝です、今日、肝試しに誘われてたけど……ごめんなさい、行けません。ていうか、聞いてるよね?』
「え? あの、聞いてるって何を」
『早川くん……交通事故に遭ったって』
「待って、今初めて聞いたんだけど、どういう事?」
『私もわかんないよ! どうして早川君が……』
「もしもし!?」
俺は問い返すが、電話は切れていた。
「元気、何だ、何があった?」
スマホを降ろすなり、光流が俺の肩を掴んだまま問いかけて来る。
「あの……何かの間違いだと思うんだけど、早川が交通事故に遭ったって」
「お前さっき、早川は健康公園に来たって言ったじゃねえか」
「の、希夢ちゃんからそう聞いた」
「ああもう! 何なんだよ!」
光流は俺の肩から手を離し、スマホを操作しながら言う。
「藤沢が変な事言ってんだよ、公園についたけど希夢が居ないって」
焦った様子でスマホを耳にあてながら光流はそう言った。どういう事だよ!? 俺はただ、光流の様子を見続ける。
「くそ、出ねえ」
「希夢ちゃん、出ないのか……?」
一体何が起きてるんだ? 嫌な汗がとめどなく流れる……どうしよう、何かすべきだ、俺はスマホを取り出し……根府川に掛けてみる。すると……
―― ウキャーキャッキャ! ウキャーキャッキャ!
少し離れた雑木林の中から、サルの騒ぎ声のような音が聞こえて来た!
俺は瞬間的に冷静になった。
根府川の野郎、俺からの着信音をサルの鳴き声にしていたな?
あいつこのへんに居たんだ!
「光流、俺ちょっと行って来る」
俺は光流にそう声を掛ける。
「待て、俺も行く」
光流は希夢ちゃんへのコールを続けたまま、雑木林の中に踏み込む俺について来る。
「根府川! そこに居るんだろお前、一体何のつもりだよ!」
『ウキャーキャッキャ! ウキャーキャッキャ!』
サルの騒ぎ声が、だんだん近づいて来る……
そして暗闇の中、スマホのライトをかざした俺と光流が見たのは、雑木林の合間に大の字になって倒れている男の姿だった。
ライトで照らされたその顔は、真っ赤な粘液に覆われていた……その見開かれた眼球だけが、異様に白く見える……
その顔は……根府川!?
「うわああああ!?」
「ぎゃあああああ!?」
瞬間的に悲鳴を上げて。俺は光流に、光流は俺に飛びついた……!
「なな、何だよこれ、おい根府川マジかよ!?」
「待て元気、ま、まず救急車だろ」
「ウソだ根府川、光流待て、俺まず脈を、脈を見るから」
「いやもう119番しよう、するぞ!」
「あー、それは待って」
その瞬間、根府川は普通に起き上がった。
「ぎゃあああああああ!」「うわあああああああ!」
俺達はさっきより大きな悲鳴を上げ、互いにすがりついたまま尻餅をついた。




