17.「メモリー」「仲間」「青春」
トンネルの出口からしばらくは舗装路が続く。道の両側には雑木林があり、足元は藪に覆われている。俺は木の枝などに、幽霊画を吊るして行く。
「やべーな、ちょっと怖すぎないか? 女の子が泣いちゃったらどうしよう」
「……まあ真っ暗な中に何か吊るされてたら、それだけで怖いな」
その時、俺のスマホが鳴った。まずい、もう誰か来たのかな? 仕掛けはまだ半分も終わっていない。
「ライムだ……なんだよ、早川が来れなくなったって」
早川とは去年まではよくつるんでいた。今も別に付き合いをやめた訳じゃないんだが、あまり絡む時間が取れなくなったな……あいつにも、希夢ちゃんみたいな可愛い女の子と作る思い出を共有して欲しかったのに。非モテ仲間としてさ。
ふと見ると、光流もスマホに何か文章を入力している……
「どうした?」
「希夢がこっち来るって書いて来たから、来るなって書いてる」
「ちょっ、ななな何で!?」
「何でじゃねえだろ、お前が頑張って作った仕掛けがまだあるじゃねーか、全部仕掛けるまで来て欲しくないだろ」
「あ……そ、そうか、ありがとう光流」
光流はしばらくメッセージをやり取りしてた……それもう通話の方が早くない?
「……健康公園で皆と待ってるってよ」
「ええ、もう他の奴も来てるの? こっち早川以外からは連絡がないんだけど」
「いや、まだ希夢しか来てない」
俺はあの人気のない公園に一人で佇む希夢ちゃんの姿を想像する……ちょっと待て駄目だよそんな、あんな所にあんな可愛くて胸の大きい夏服の女の子を一人で置いておくなんて!
「あの、こっち俺一人でやるから光流は戻って、希夢ちゃんと待っててくれ」
「準備はどうするんだよ、一人じゃ終わらないぞこんなの」
「準備なんかいいだろ! 希夢ちゃんをそんな、一人であんな所に、」
「早川以外の奴にも連絡してみろよ、もう来るんじゃないのか」
俺はグループライムで発信していたが、個別で演劇部のカップル、藤沢と辻堂に連絡してみる。秋星が一人で居るので心配だと。するとすぐに返信が来た。公園にはもう着くから心配ないと。
「良かった……藤沢達ももう着くって」
「そうか」
光流は素っ気なく返事をする。全く……今回は良かったけど主人公、ちょっと鈍感にも程があるんじゃないか。希夢ちゃんに何かあったらどうするんだよ。
地蔵堂は舗装路を外れ、山の中の遊歩道を少し入って行った所にある。俺はその分岐点に荷物の中から出した古風な提灯を吊るし、中にLEDろうそくを立てて点灯する。
「ここを曲がって地蔵堂に行って、お供えをして缶バッヂを取って行く。それからその先の青友神社の裏手の坂を登って、参道を降りて健康公園まで帰る」
「缶バッヂって、お前が用意したのか」
「もちろん今回の為に俺が作った特製缶バッヂだ、肝試しを完遂した記念に持って帰って欲しい」
それは小学生の女の子が遊ぶような缶バッヂメーカーで作った粗雑な物で、「絆」とか「友情」とか、くさい言葉が書かれただけの物だが。
いいだろ別に。俺はその缶バッヂをお地蔵さんの前に並べ、その横にLEDろうそくを置く。
「さてと……サンキュー光流、お前のおかげでばっちり準備出来たわ、後は仕上げだ、俺はこの辺に残って皆を驚かすから、お前は何も知らないふりをして皆の所に戻ってくれ」
「何も知らないふり? 面倒臭えな」
「頼むよ、肝試しのルールは俺が今からグループライムで発表するから」
俺は実際に皆にライムメッセージを送る。
健康公園からキャンドルランタンだけを点けて丸井山に向かい、トンネルを抜け提灯の所で曲がり、地蔵堂でバッヂを取って青友神社方面から健康公園に戻る。チャレンジは必ず二人一組で、5分おきにスタートするように……虫よけスプレーを忘れずにね! ルールはそれだけだ。
「さあ早く行けよ光流、希夢ちゃんが待ってるから」
俺はそう言ってやったのだが、光流は自分のスマホのメッセージ着信に気を取られていて気付かなかった。
「……根府川を見なかったかって」
「えっ? 誰から?」
「島田たちが一緒に行こうとしたら、もう家を出てたって、一時間も前に」
島田達というのはクラスの女の子の仲良し三人組だ。そういや根府川からは俺にも返事がねえ。何やってんだ、せっかく会場までの女子のエスコートを頼んでやったのに……根府川お前そういうとこだぞ。
その時。
―― ドッ…… わははははは……
「うわ」「何だ?」
突然、雑木林の中から笑い声がした。お笑い番組にSEで入ってるような、ギャグを聞いて大うけしているような大勢の笑い声だ。俺は光流と顔を見合わせる。光流にも聞こえたようだ。
誰かがそこでお笑い番組を見ているのか? この辺りには民家などないのだが……それか、誰かがキャンプでもしているのか。この公園はキャンプもバーベキューも禁止なのだが。
―― ピリリリリリ
「へっ!?」
続いて、俺のスマホから聞き覚えのない着信音が鳴る。何これ? あ、ああこれはあれだ、アドレス帳にない番号からの着信だ、そんな事滅多にないから忘れてたわ……それで……誰? 俺は少しびくびくしながら電話に出る。
『もしもし、夏平くん? ごめんね急に、虫よけスプレーってどこにあるの?』
ええっ、この声は希夢ちゃん!?
「あっ、ああー、さっきライムにも書いたけど、時計台の真下のベンチの」
『あ、早川くんが来たからいいや、じゃあね!』
―― プツッ
通話はそれで終わった。俺は呆然と、スマホに映った知らない電話番号を見つめていた。じゃあこれ希夢ちゃんの番号なのか……? いいの?
だけど希夢ちゃんはどうやって俺の番号を知ったの?
「光流、希夢ちゃんに俺の番号教えてたの?」
「希夢からかかって来たのか? 俺は教えてないぞ」
……
希夢ちゃんが俺に電話して来てくれたのは嬉しいんだけど、早川が来たからもういいわと言われると、何だよもうと思ってしまうのは贅沢だろうか。
ていうか早川、来たのかよ結局。
「虫よけスプレーの場所が解りにくかったみたい。早川が来たから大丈夫だって」
俺は光流にそう言ってやったが、光流はまたスマホを操作していて、聞いているのかいないのかよく解らない。
「俺ちょっと、さっき笑い声がした所を見て来るよ、誰か居るなら確認しておきたいし」
「……俺も行く」
「お前はもう希夢ちゃんの所へ戻れよ、心配じゃないのか」
「藤沢達や早川と一緒なんだろ、何が心配なんだよ」
そういう所が鈍感主人公なんだよなあ……仕方ねえ、これが光流なのだから。




