16.仕込みは念入りに
一言で言えば、俺は顧問に利用されたんだと思う。インターハイに向けて調整を進める選抜選手の尻を叩く為のビニールバットにされたのだ。
水路は昨日以上の修羅場と化した。俺の前後に入ってしまった奴が、俺を意識して本気を出して来る。
そして昨日の不安は的中してしまった。俺は午後6時くらいから今日は用事があるからと言い続けたが、1コースを包んでいたのは一人では帰れない空気だった。
6時半を過ぎ、7時を過ぎ、7時半になった所でようやく俺は意を決し、練習を続ける選抜組から離れ更衣室へと逃げ込んだ。
集合は7時だよ……時間は既に過ぎている。俺が企画したイベントだというのに、何て事だ……何て事だ……
とはいえ、俺はこんな場合にも備えた手配を済ませていた。俺が時間通りに公園に行けなかった場合でも、俺の息の掛かった仕掛け人の手によりイベントが滞りなく開催されるように。
男性ソロ参加のハンドボール部の根府川とバンダム研究会の早川。非モテ仲間の二人に俺は、俺が遅刻した場合の仕切りを任せていた。
「チクショー! うおおおお!」
それでも俺は疲れた体に鞭打ち、現地への道を全力疾走する。
市陸の隣の健康公園に着いてみると、集合場所には光流が一人でポツンと立っている。
「ごめんごめん、皆はもう丸井山に行ったんだな?」
息せき切って駆け寄った俺に、光流はスマホから顔を上げて言う。
「お前が遅刻するって聞いたんで、皆まだ家に居るらしいぞ」
「えっ……えええ!?」
俺はこの時やっと自分のスマホを取り出してライムを見た。確かに何人かから、お怒り気味のメッセージが来てる……主催者なのに何してんだと……
「はぁ……今日に限って部活が長引いてさ。ありがとう光流、お前だけだなァ、黙って来てくれたのは」
何だかんだ言って光流はやっぱり親友だ、そう思ったのも束の間。
「いや、俺は元々黙って遅刻して来るつもりだったんだ、面倒くせえから。おかげで皆がまだ家に居るって知らなくて、こんな羽目になった」
ああ……そうなの。
「ちょっと待て、希夢ちゃんは?」
「トイレ行きたいって言って帰った」
「トイ……おま、お前そういう事普通に口に出すなよ」
まあ、女の子は人気のない夜中の公園の公衆トイレなんか入りたくないよな。
ともかく俺は、ライムで参加者に一斉にお詫びメッセージを流す。
「希夢ちゃんにも伝えてくれる? 俺ライム知らないから」
「……ああ」
希夢ちゃんは本当に男子にはライムを教えてないらしい……同居人である光流を除いては。いいなァ光流。普通に希夢ちゃんにライムしてらァ。
「頑張ってるけどなかなか出ないからもう少しかかるって」
「だから言うなよお前そういうの!!」
「ほんとに向こうがそう書いて来たんだよ、ほら」
「見せるな! 俺は見ない絶対見ない!」
こいつら本当にそんなメッセージ送り合う仲なのか……畜生リア充共め、非モテの俺は割と本気で美人はウンコしないって信じてるのに。
「仕方ないだろ俺んちトイレ一つしかないから。お互い急いでる時はトイレのドア鬼ノックするし」
「もういい、もうやめて……ああ、皆からもメッセージが帰って来た。今飯食ってるから後から行くってさ……」
俺はすっかり肩を落として、公園の隅の雑木林の影に向かう。昨日置いてた道具はちゃんとそこにあった。
「はぁ……根府川も早川も来てねえとはなあ。光流はここで皆が来るのを待っててくれ。俺は現地を見て来るから」
「こんな所で一人で待つ方が面倒だわ」
「光流?」
「お前、どうせこれからあれこれ仕込むんだろ? 俺もそっちを手伝ってやる」
たちまち俺は目頭を熱くする……あの面倒がりの光流が、肝試しなんか御免だと言ってた光流が、仕掛け人を手伝ってくれると言うのだ!
「あ……ありがとよ光流!」
俺はそう即答する、即答するがすぐに気づく、駄目だ、そんなのは駄目だ。光流には希夢ちゃんと一緒に脅かされる側で参加して貰わないと意味がない。俺は小声で呟く。
「でも光流には後で希夢ちゃんをエスコートしてもらわなきゃならないから……」
「……何か言ったか?」
「ああ、いや」
しかし主人公性難聴症を患う光流には聞こえなかったようである。まあいいや、光流が仕掛けを知っていると希夢ちゃんにバレなきゃいいんだ。
「じゃあ一緒に来てくれ、コースは丸井山トンネルの手前からスタートして地蔵堂と青友神社を巡る周回コースだ、明かりはキャンドルランタンだけ……ククク……想像するだけで震えるだろ?」
市陸の横を通り丸井山へと続く、民家もない寂しい道を、俺は光流を先導しカートを引いて歩いて行く。夜の市陸こと市営陸上競技場は、人気のない郊外に佇む不気味で巨大なコンクリートの塊だ。
「みんなスマホ持ってるだろ」
「ス、スマホは緊急時以外使用禁止で!」
それでも市陸の周りは街灯もあるし、振り向けば県道を走る車列も見える。しかしそれもトンネルの手前までである。
―― ガタンゴトン! ガタンゴトン!
トンネルをくぐる俺達の上を、普通電車が爆音を立てて通過して行く。
「下手なお化けより怖くね? こういうの」
「昼間はどうって事ないのにな」
トンネルの向こう側は丸井山公園だ。出入り口に古臭い蛍光灯の街灯が一本あるだけで、昼間はハイキングコースとして使われる道には明かりは全くない。
「ここから地蔵堂までの間の道に、色々仕掛けるから。明かりを持って照らしててくれるだけでも助かるぜ」
「ちょうど良かった、俺もだんだん面倒になって来てたから」
荷物の口を開けた俺は、模造紙に描いて切り抜いた迫真の幽霊画を取り出す。
「これ……誰が描いたんだ?」
「へへへ、結構良く描けてるだろ? ちょっと怖すぎる気もするけど、怖がって貰わないと意味がないしな」
「あ、ああ……夏平画伯、渾身の力作って訳だ」
何だよ、おだてても何も出ないぞ。へへっ。




