14.バッド・フェイス・モンキー
今日はこれ以上何も起こるまいと思いきや。下駄箱の前で冬波が待っていた。
「お疲れ様です夏平さん! 一緒に帰りましょう!」
そう言って駆け寄って来る冬波……俺は思わず一歩後ずさりする……違うのだ、この冬波の笑顔は信じてはいけない、彼女は嫌々理想のガールフレンドの演技をしているのだ。
俺は出来るだけ平静を装って応える。
「ああ……冬波さんは、こんな遅くまで何を?」
「いつも通り、自習室に居たんです! 今日はちょっと夢中になり過ぎて遅くなっちゃいましたあ! てへっ」
演技ッ! 演技、演技、演技ッ……それが解っていても冬波が髪を掻きながら小首を傾げて眉をハの字にする姿は可愛過ぎるッ……! 畜生落ち着け俺。
午後8時。閉門間際の校舎玄関を、十数人の生徒が通り過ぎて行く。多いなあブラック部活。青友学園は文武両道の名門校なのだ。
冬波と一緒に居る所を知り合いに見られたくない俺は、少し外に出るのを遅らせる。サッカー部だなありゃ、同じクラスの二宮が居るわ。あいつも海水浴に誘ってたんだけど、秋星が来ないと知って怒り、結局来なかった。
だけどあいつ彼女居んのよ? つーか並んで歩いてるじゃん。畜生、結構可愛い子じゃねーか。あの野郎女の子を自分の部活が終わるまで待たせてたのか。或いは女の子が自ら待ってたのか。
青友サッカー部はそこそこ強豪だし練習も週6あってキツいのだが、我が県はサッカー王国で他にも幾多の強豪校があり全国大会には何十年も出られていない。
それでも、サッカー部はモテる……はあ……俺も彼女欲しいなあ……
主人公光流の一番の悪友になりたい俺だけど、俺の最終的な目標は自分の彼女を作る事なのだ。あんな風に、一緒に並んで下校出来る彼女を、いつかはな!
「どうかしたんですか夏平さん……?」
ふと気が付くと、いつの間にか俺の横に並び掛けて来ていた冬波が怯えた顔で俺を見上げている。
「え? な、何でもないけど」
俺がそう答えると、冬波はホッとした顔を見せる。
「聞きましたよ、明日肝試しをなさるそうで。つれないですねぇ、どうして私も誘ってくれないんですか」
冬波はそう言って、また小首を傾げた。俺は慌てて顔を背ける。
先日の海水浴に千市先輩が来てくれた事は、光流を除く仲間内での夏平株を大幅に高騰させていた。正直言って俺はとても気分が良かった。
その上冬波が肝試しに来るだと!? 本当にあるのかそんな事が、そんな事になったら夏平株はどうなってしまうのだろう? 学園の三大美少女を遊びに誘える男、夏平元気ッ……! そんな事になったら俺はもうモテてモテてモテまくるに違いない!(※モテない野郎共から)
まずい、今の俺めっちゃ悪い顔をしてるかも……俺はどうにか普通のスポーツ少年のような涼し気な笑顔を作って振り返る。
「ああ……冬波は勉強で忙しいだろうと思ってさ」
「そうですね、まあそうなんですけど」
しかし冬波は笑顔であっさりそう答えて来た。やっぱり来れないんじゃん。まあいいや、俺別にモテない野郎共にモテたくないし。
「それで、夏平さんが狙ってる女の子は来るんですか?」
「あのさ、そんなんじゃないから……俺はただ、みんなとバカやった思い出が欲しいだけだよ」
俺は肩を落として歩いて行く。冬波もついて来るようだ。
「教えて下さいよ夏平さん、私応援します、夏平さんが狙ってる女の子と相思相愛になれるように策略を練りますよ!」
「そういうの本当にやめて」
「もしかして秋星さんですか? そうでしょう?」
校門を出たあたりでそう言われた俺は、冬波に背を向けたまま立ち止まる。冬波は話を続ける。
「あの人は高望み……そう思ってるんじゃないですか? 夏平さん。貴方と私が手を組めば、きっと出来ない事はありませんよ! ですから夏平さんが見事秋星さんのハートを射止めた暁には、きっと夏平さんの乳首を」
「冬波。秋星は俺の親友の大切な人で、秋星も俺の親友の事をとても大切に思っている。二人はまだ互いの気持ちに素直になれないでいるが、俺は二人が想いを遂げるまで陰ながら応援するって決めてるんだ……冗談でもそんな事を言わないで欲しい」
俺は友情に厚いクールな男を演じながら、キメ顔で振り返る。
冬波は笑っていた。笑っていたけれど、その大きな瞳からは大粒の涙がぼろぼろと溢れていた。えっ……何で泣きだしたの? 違う……冬波はさっきからずっと泣いていたのだ。
「ごめんなさい。勉強で忙しい私は、そんな事知らなかったんです。夏平さんが本当は誰を好きなのかも知らないし、肝試しに誘ってくれる友達も居ませんから」
どうして私も誘ってくれないんですか。冬波は勉強で忙しいだろうと思ってさ。
何て事だ、俺はついさっき、冬波に酷い事を言っていたのだ。
「あの、ごめん、勉強で忙しいだろうってのは冗談で、何なら俺だって水泳部で忙しいけど、青友に忙しくないやつなんてそもそも居ないと思うし、いやそうじゃなくて、俺も冬波を普通に誘うつもりだったんだよ、だけど冬波に先に言われちゃったから言い出し辛くなって、とにかく俺は」
俺は慌てて弁明する。俺が悪いんだ、冬波が可哀想だ。
「同情は結構ですよ! 夏平さん、貴方先日秋星さんや春月さんと歩いてらっしゃる時に、私が道の向こうに居たのに気付かれましたか!?」
だけど冬波は涙をこぼしながら、語気荒くそう言い放つ。ええっ!? た、確かにそんな事あったっけ。
冬波はスマホを取り出し、操作して俺に画面を向ける。
……
「ひいいいいっ!?」
冬波が拡大して見せたのは、光流と希夢ちゃんに背を向けて笑う俺の顔だった! 何じゃこりゃあ!? エッチなサルどころじゃない、卑猥だ、卑猥なサルだ! 嘘ぉお!? 俺って、心に欲望が渦巻いてる時の俺って、こんな顔をしてるのか!?
「自分ではご存知なかったんですか。夏平さんって邪念を抱くとこんな顔になるんです……グスッ……昨日はこれよりもっと酷かった……」
昨日というのは俺が冬波に告った時か……あの時の俺、これよりもっと卑猥な顔で迫ったのか、俺と付き合ってくれないかって……
「夏平さんが何を考えてるのか、私みたいな勉強しか出来ないガリ勉女には解りません。だけど私にだって解ります、夏平さんが好きな人は私じゃないッ! 私を……私をその乳首で誘惑しておいて……」
「待って! そこだけは待ってよ俺は乳首で誘惑なんてしてない、それから」
「ちくびのあくまっ! 夏平さんの、ちくびのあくまー!」
「冬波!」
向こうを向き、涙を飛び散らせながら駆け出す冬波。しかし俺に出来る事は顔を真っ赤にして慌てて辺りを見回す事だけだった。幸い、サッカー部の奴らはもう見えなくなっていた。




