1.夏のはじまり
「HEAT」は水泳などのスポーツで何組とか何次などの意味でも使われます
例) the first heat 一次予選
例) the final heat 決勝戦 など
「おーっす! 朝から何ぼんやりしてんだよ光流!」
春月光流は中高一貫の青友学園に通う四年生、クセのない黒髪を程よく切り揃えた、主人公っぽい奴だ!
今、後ろから駆け寄って来てそいつの肩をパーンと叩いたのが、俺、夏平元気。明るくて悩みなんかなさそうでいつも主人公にウザ絡みをするけど、いざって時は頼りになる、いわゆる悪友ポジションの男だ!
「おはよう、元気くん」
そして光流の後ろを歩いている長いツインテールの天使が秋星希夢、学年一、いや学園一の美少女だ!
彼女は昔から同じ地元の顔見知りだったが、両親が仕事の都合で海外に行ったのを機に、親同士が知り合いだった春月家で下宿する事になったという。それが、今年の四月の事。
その話を聞いた俺は確信した、やっぱり光流は主人公だったんだ!
こいつとの付き合いは小学校に上がる前からだが、俺は数年前からそうではないかと疑っていた。その思いが確信に変わって以来、俺はそれまでにも増して光流にウザ絡みするようになった。
「おはよう希夢ちゃーん! 光流よう、こんな可愛い子と歩く時はもっと周りに目を光らせとけ! 変な男が寄って来たらどうすんの!」
「お前がその変な男だろ」
俺は光流の肩に抱き着いて、希夢ちゃんにも聞こえるくらいの声でそう囁く。光流はウザそうに俺をゆっくりと振り払う。希夢ちゃんは性格もいい素敵な子なので、そんな俺達の様子を見て、くすくすと笑う。
「光流と元気くんってほんと仲良しだね。羨ましいな……」
そう言って少し視線を逸らして微笑む希夢ちゃん……来たぁあ! 朝の美少女ビタミンチャージ、いただきましたぁ!
「どこをどう見たら、俺とこいつが仲良しに見えるんだよ」
しかし当然のように主人公性難聴を患っている光流の耳には、ヒロインの「羨ましいな」という言葉は聞こえない。クーッ! たまんねえなーもう、じれったいったらありゃしねえ! だけどこれ以上ここに居てはいけない。
「うわやべえ俺早く行って誰かに物理のノート写させてもらわなきゃいけないんだった! ごめん先行くわ、じゃーなー!」
程よくウザ絡みをしたら、説明的な台詞を残してさっさと退散する。だらだらと長居して二人の邪魔になり過ぎてもいけない! 主人公の悪友というのはそういうポジションなのだ。
何故俺が、主人公の悪友ポジションとなる事を選んだのか? 簡単な事だ、俺は主人公の器じゃない。
鏡を見ればどことなくサルっぽい目鼻立ち、髪も伸ばすと似合わないのでかなり短く刈り込んでいる、取り立ててブサイクでもないが男前とは言い難い、典型的な、性格にクセのある脇役らしい顔をしている。
そりゃあ俺だって、出来れば主人公になりたかったよ。主人公になって無自覚にたくさんの美少女から好かれたかったなあ……鈍感だから気づかないふりをしてさ……
だからって悪友ポジションになんてなる必要はない、主人公を引き立たせる道化役なんて御免だ、世の中にはそう考える奴も居るだろう。だが俺はそうは考えない。
光流が居なかったら、主人公のあいつが居なかったら、俺が希夢ちゃんみたいな美少女と会話をする事なんて出来なかった。俺は今、希夢ちゃんに名前を覚えてもらえて、朝の挨拶さえもして貰えるようになったのだ!
希夢ちゃんだけではない。主人公として覚醒した光流の周りには、これから様々な美少女が集まって行くのだと思う。彼女達が光流を巡って恋の火花を散らすようなシーンもあるかもしれない。
だから俺は決めたのだ。俺は主人公、光流の悪友ポジションを極めるのだと。そして、光流の周りに集まる美少女達を最前列で眺める、ハラハラドキドキの青春時代を送るのだと!
期末試験も終わり、もうすぐ夏休みが始まる。四年生の夏、世間的には高校一年生の夏だ。一度しかないこの夏は、どんな夏になるだろう。
悪友の俺は光流を遊びに誘う。夏のロードショー、テーマパーク、海に山、地元の夏祭り……それから……ああ、どこに連れて行こうか。
そうすると何だかんだがあって、希夢ちゃんや他の美少女も一緒に来る事になるんだ、花火大会に市民プール! ああっ! たまんねぇー!
解ってる。その浴衣姿も水着姿も、何一つ俺の物ではないという事ぐらい。
それでいいんだ。ぼんやりとしたまま通り過ぎてしまった、三年間の中学時代……あの頃に比べたら、今の俺は限りなく天国に近い場所に居るのだから。