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誰かがモブでいさせてくれない!  作者: しがないち
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 私は一番好きな場所を聞かれたら、間違いなく家――特に自室が最高の場所であると答えるだろう。

 この質問が家族や親族、家で働くメイドたちに聞かれたものであれば、であるが。でも普通のモブはそんなこと言わない。なので、外ではあたりさわりのないところを答える。ありがちで、無難な、目立たない普通の答え。本音を横に置いておいて「この間できたカフェが美味しいですよ」なんて女生徒がしがちなトークを紡ぎだすのである。

 とは言え実際に行ってはいる。落ち着いた雰囲気の良いカフェである。お茶はもちろん軽食も美味しく、デザート含めメニューの種類もかなりあった。休日に友人と訪れたらあっという間に時間が経ってしまうほど話に花が咲くに違いない。

 ただしそれは、あくまでもメインであればの話である。

 いいなと思うところ、メインありが基本である。

 私たちモブは、メインの邪魔になってはいけない。時折メインの方々の間を取り持つようなことがあったり、メインの方々に助けられたりすることもある。私は遭遇したことはないけれど、確率的にはかなり高い頻度でメインの周りの誰かがその役目を担うことになる。そしてそのタイミングはいつかはわからないし、一生来ないかもしれない。

 正直一生来なくてもいいなと私は思っている。

 なぜなら、メインと近づきすぎるモブに訪れるのは不幸だけだからである。

 一番わかりやすいところが、嫉妬からの転落人生。学生なら学校での立場がちょっと悪くなるくらいで済む軽いものから、国外追放、お家取り潰しなどの可能性もある。昔は処刑されたりだとか、奴隷にされたりだとかそういうこともあったらしい。

 誰かを陥れようだとか、そういう考え方はとてつもない危険思想ということになる。悪事がばれて牢屋送りや教会送りなどならまだいい。無事に移送されさえすれば、生き残れる可能性は高いからだ。なぜか移送前に事故率がとんでもなく跳ね上がるのである。馬車が崖下に転落したり、家ごと火事にあったり、ともかく死神が近づいてくるのである。

 そんなわけで我々モブは生まれたころからこういったことにならないよう、しっかりと教育されるのだ。

 私も例にもれず、「平々凡々な適度な暮らし最高~!」なモブとして悠々自適に生活をしているわけである。大抵のモブは一般市民から下級貴族のあたりが特に多い。うちは下の中よりちょっと上くらいの貴族の端っこにいて、割と――というよりかなり安定した生活ができていると思う。メインとは関わらないようなひっそりとした部署で、そこそこの仕事をして節度を守った生活さえしていれば暮らしに困ることはないのだ。しいて言えばモブ同士ちょっと表情がわかりづらいくらい。接する相手のほとんどが表情がわからないけれど、お互いニュアンスを伝えようと声色や身振り手振りで伝えるのでなんとなくわかる空気感は身についている。

 もっと名のある貴族や、反対に一部の貧困層の人たちのほうがしっかりとした顔があり、私たちよりも特徴的だ。最近流行っている小説であるような、貧困階級から見初められて貴族に……! というようなこともあるらしい。実際に他の国では貧民街の盗賊が実は王族の生き残りだったとか。王子が商人の娘と駆け落ち……なんてことも新聞に載ってたらしい。

 そこで気付いたのだが、うちのような中途半端にそこそこの家柄は余程のことがなければ何かに巻き込まれることはない。自分より高い身分の相手に見初められるような機会もそうそうなければ、野心を抱く位置からは遠い地位。顔の造詣も皆無なので、うっかり誰かとぶつかってしまっても、それはメイン同士に何かしらのイベントを起こすきっかけになるにすぎない。後は周囲の人物も同様に平和主義であれば、一生安泰。自分も子孫も平和に暮らせることがほぼ確定しているのである。

 私がいる国は成り立ちからも平和がかたまってできたんじゃないかと思えるような国で、大きな争いごとも事件もなく、王室でありがちなドロドロ恋愛スキャンダルすらもまったくこれっぽっちも聞かないほどのほほんとした国だ。というよりも国民全員がのほほんとしている。国土の半分近くが山。海にも面していて海産物もそれなり。ほとんどが農地で言ってしまえば僻地のド田舎である。

 国民のほとんどがモブであり、メインの人たちもごく少数。稀に遭遇する程度だが、なぜか学生は毎年一定数のメインがどこからともなく入学してくる。これに関しては正直謎だけど、あまり考えないほうがきっと幸せなので『人生の気にしないリスト』に入れている。

 さて、なぜ私がそんなことを長々と考えているのかと言うと。

 なぜか家の外では長く昼寝ができないのである。正直睡眠は好きなので午後の授業をサボって図書室で優雅に木漏れ日とともに昼寝を楽しみたいと思っていても、体の中に目覚まし時計があるのかと思うくらい正確に授業に間に合う時間には目が覚めてしまうのだ。

 そんなこんなで授業に出て、いまいち何を言っているのか聞き取れないおじいちゃん先生の地理の授業を聞いているわけだ。委員長的なポジションのモブの子が「もう少し大きな声でお願いします」と何度目かの声を上げていた。この子も顔の造詣はないけれど、厚めの眼鏡をかけていて三つ編みお下げ髪、いかにもクラスのまとめ役という感じだ。他のクラスでも真面目なタイプの委員長は大体こんな感じらしい。

 おじいちゃん先生は声のボリュームをわずかに上げたが、結局また小さくなって「……であるから……」とか「……というわけで」くらいしか聞こえなくなる。

 教科書にぐるぐると円を描いて、中心にちょんちょんと目になりそうな点をつけてみた。続いて三角形の口も書き足してみる。横に座っていたクラスメイトが私の落書きに気付いて、すっとペンを伸ばしてきた。書き足された吹き出しには「がおー」と書いてあってちょっとなごんだ。


(――私の顔ってどんな感じなんだろうな)


 ないものが当たり前だと思っていたから、まさか自分に一部とは言え造詣ができたことはまだ信じられない。もしかしたら明日にはなくなっているかもしれないし、変化と言えるのかは難しいところではあるけれど、今このマスクの下には確かに鼻が存在している。

 マスクを直すふりをして鼻に触れてみる。今まではなかったわずかな盛り上がりがあるような気がする。

 でも本当に? 洗顔の時に感じていた丸みの延長では?

 いくら考えてもわかりようがない。

 考えて考えて、普段の倍以上も考え事をしていたからか、落書きの丸がアンが焼いてくれたチョコたっぷりのカップケーキに見えてきた。帰ったらすぐに焼いてもらおうと心に決めて、おじいちゃん先生の「うんたらかんたら……」を聞き取ろうと耳をすませた。

 授業が終わる頃には謎の生物の落書きが教科書のあちこちを跳ねまわっていた。


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