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死刑執行人

作者: いの ごん

 怨恨、金銭、衝動、快楽 今日も殺人のニュースが流れる。

 本当に愚かだ。法を犯せば、いつか捕まる。そして、捕まれば、罰を受け、人生が終わる。

 法を犯さず、安全圏にいて、人を殺す。この社会で唯一の方法……死刑執行人。


 目の前に五つのボタン。五人が一斉に押す。罪人の足元の板が開き、体が落ちて首が締まる。

 息絶える間に何を思うのだろう? それを考えるだけで、身体が熱くなる。

「俺のボタンで開いたんじゃない。そう思うしかない。全然、慣れないよ」

 同僚がポツリと言う。

 僕は逆だ。僕が押したボタンこそが……

「キリさんはいつも冷静ですね」

 ギクッとする。興奮を悟られてはいけない。

「常に神といるので、これらの事も神の御意思だと思っています」

「さすが、御父上が牧師様なだけありますね」

 同僚が尊敬の目を向けてくる。

 僕は信心深く厳格な家で育った。悪は環境で生まれるとも言われている。だが、僕は生まれつき小さな悪の芽を持っていた。物心ついた時から、死に関心を持ち、好み、そして、快楽を感じていた。誰にも言わず、ヒッソリと小さなモノ達の命を奪っていた。大人になってからも変わらず、むしろ、その対象は大きくなっていた。しかし、地位や名声をなくすのは真っ平だった。

 

「止めろ! 俺は死にたくない! 執行してみろ、祟ってやる! 呪ってやる!」

 その日の罪人は往生際が悪かった。最後の最後まで、抗い、呪いの言葉を吐き続けていた。

 ゾクゾクする。諦め切った奴より、ずっと面白い。心は高揚していた。

 余りの高揚のせいで、ワンテンポ、ボタンを押すのが遅れた。


「ランプが付けば、瞬時にボタンを押すように」

 珍しく上司から注意があった。板が開くタイミングがずれたらしい。あの時、ボタンを押し遅れたのは僕だ。つまり…… 今日、足元の板をひらいたのは、この僕だ!

 全身に電流が流れる。ああ、快感。行ってしまいそう……


 今夜は興奮で中々寝れなかった。深夜、ようやく、ウトウトし始めた時、低い声がした。獣の唸るような声。

「そうか…… 俺を殺したのは…… お前か」

 ハッとしてそちらを見た。部屋の隅に闇が淀んでいる。そして、そこに何かが居る。

「だ、誰だ?」

「許さない…… 良くも俺を殺したな…… 許さない」

 ユラリと闇の塊が動く。こちらに迫ってくる。

「うわああああ」

 ベットから飛び降りると、部屋を出た。

「誰か! 誰か助けてくれ!」

 廊下を走る。ここは、官舎の独身寮。誰かが起きてきてくれる。

「誰か起きてくれ!」

 だのに、ドアはピタリと閉じたまま。闇の塊は追ってくる。

「助けてくれ!」

 暗い廊下を駆ける。大体、この廊下はこんなに長かったか? この寮はこんなに広かったか?

 廊下が行き止まる。そこには大きなドア。とっさにドアを開いた。息をのみ、立ち尽くした。広い部屋、その天井からは何十本という首吊りの縄がぶら下っている。それが、風もないのに揺れている。

「お前が殺した」

 真後ろで声がした。闇の塊が人の形になっている。今日、執行された男だ。

「お前が、俺を、殺した」

「ぼ、僕とは限らない……」

「いや、お前だ! 俺は知っている」

 その時、

「お前がやった」

「殺した」

「呪ってやる」

「同じ目にあわせてやる」

 大勢の声がした。振り向くと、天井から下がった首吊りの縄の全てに死体がぶら下っている。ダラリをした身体、伸びた首、赤黒く腫れた顔がこちらを見ている。

「僕じゃない。五人の中の誰かだ」

「お前は喜んでいた」

「興奮していた」

「自分がやったと喜々としていた」

「う、うるさい!」

 部屋の隅にあった棒を握った。

「大体、死刑になるようなお前らが悪いんだ!」

 棒を振りかざし、ぶら下っている死体を殴りつけた。ベチャリと頭が落ち、熟したトマトのようにつぶれた。

「は、ざまあみろ! お前らみたいな底辺な犯罪者は、僕の欲情の解消になっていればいいんだよ。最後に役に立てて嬉しいだろう!」

 次から次にと、首吊り死体を殴りつけた。ベチャ ベチャ と頭が落ちてつぶれていく。

「は、は、は、 これは愉快だ! 僕はお前たちとは違う。馬鹿な犯罪者じゃないんだ。これは正当なんだ」

 闇の男はうっすらと笑うと消えていった。


 僕の前に首吊りの縄がぶら下っている。一段、一段 と階段をのぼる。首に縄がかけられる。

「や、やめてくれ。僕は…… やっていない」

 あの日、気が付けば、寮内にいた。同僚数人の寝込みを襲い、棒で殴り殺していた。

 あの時の事は、誰も信じてはくれなかった。


 僕は罪人となった。ボタンが押される。

 闇の男の笑い声が聞こえた気がしたが、すぐに、聞こえなくなった。


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