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婚約内定 1‐2 ガブリエールの場合②






 □






 ガブリエールはとにかく応接間にエミール王太子を案内した。

 従僕の方々は数が多すぎるため、やむなく十数人は玄関ホールで待機してもらうしかない。

 エミール王太子は興味深い様子で応接間を眺めた。


「暖炉の火もご自分で? 魔法がないと大変な作業だと伺っておりますが」

「お、お戯れを」


 王族などから見れば、モルターニュ家に残された屋敷など、ちょっと品の良い一軒家程度だ。

 まぁ、だからこそガブリエールも最低限自分一人で切り盛りできるわけだが。


「それで、あの、此度の御用向きは?」


 来賓に温かい紅茶と菓子を提供しつつ、ガブリエールはたずねた。


「ガブリエール殿。まず、こちらにサインをいただきたい」


 彼は一枚の紙片──書類を、片眼鏡の少年執事を通してガブリエールに手渡した。

 ガブリエールは無論そこに記載された文字を読むことはできる。祖父母の教育の賜物であった。そこにはすでに、王太子の署名がなされている。

 それでも。問わずにはいられない。


「これは」

「私とあなたとの婚約を内定する書類です」


 指を組んだ王太子はにこやかに言ってくれた。


「本気、だったのですか?」

「ええ。あ、ですが、あくまでも偽装ということをお忘れなきよう」

「も、もちろん──です」


 他言無用とでも告げるかのように、エミール王太子は人差し指を口先に添えた。

 無論、忘れるはずがない。

 婚約が内定したとしても、それで両者の間に何かしらの(かせ)がはめられることはない。

 場合によっては、ガブリエールとの関係を破談にもっていけばそれでいいだけ。婚約の内定など、その程度の効果しかない。が、王太子にはそれで十分なのだろう。


「これで我が父──国王からもいろいろと言われることもなくなるでしょう」


 それが最大の理由だとガブリエールは心得ていた。


(この御方が、それをお望みなら……)


 ガブリエールは小さくない胸の疼きを覚えながらも、誓約書にサインを記した。


「ありがとうございます、ガブリエール殿。これで、婚約の内定はなされた!」


 奇妙にも抑揚のある声で書類を確認し終えた王太子は、書類を執事に託す。


「いや、朝からお騒がせして申し訳なかった、ガブリエール殿」

「い、いえ、そんな、とんでもないことです!」

「よろしければ屋敷の中を案内していただけるとありがたかったのですが、私も多忙の身故。これで失礼させていただく」


 ガブリエールの用意した紅茶と菓子を丁寧に口に運びつつ、王太子は宣言する。


「そうそう。王族と関係を結ぶ以上、あなたの生活面は私がサポートさせていただきますので」

「サ、サポート?」

「早い話が、女中を少しばかり派遣させていただきたいのですが。無論、給金などの面倒はこちらが見ますので。どうぞ気兼ねなくご利用ください」

「は……はい」


 そうして、王太子は三人の女中を呼びつけた。


「ジュリエット。クレマンス。シャリーヌ。今日から彼女が、君らの奥方だ。けっして、粗相のないように」


 王子からの強い厳命に、荷物をもった三人は恭しく頭をたれた。


「ジュリエット・オルヌ、と申します」

「クレマンス・スュールでございます」

「シャリーヌ・ユイズヌです、奥さま」

「よ、よろしくお願いします」


 十五歳のガブリエールは恐縮して頭を下げた。そんな若奥方の様子に苦笑しつつも、三人のメイドは実直な姿勢で彼女の行為を受け止める。


「それでは、本日はこれにて。また明日お会いいたしましょう、ガブリエール」

「え、あ、はい、王太子殿下!」

「……私的な場では、エミールと」

「あ、ぇ、……エミール、王太子殿下」


 苦笑をこぼす王太子殿下。

 従僕たちを引き連れて去っていくエミールの姿に郷愁めいた感慨を懐きつつ、ガブリエールは笑みを浮かべて王太子一行の馬車列を見送った。


「大変でございますね、ガブリエール様」


 残された三人のメイドを代表するように、年長者らしいジュリエットが嘆息しつつ同情の言葉を吐く。


「本当ですよ。婚約の偽装だなんて?」

「付き合わされるこっちの身になれって話ですよね?」


 憫笑(びんしょう)するクレマンスとシャリーヌ。


「いいんです」


 だが、ガブリエールは同調しなかった。

 四人の中で一番年少にあたるだろう騎士候の孫娘は、覚悟を決めたようにひとつ息を吐く。


「それじゃあ、三人を使用人室に案内します。ちょっと汚れていても、許してくださいね?」


 三人は微笑んで応えた。


「何をおっしゃいます奥様」

「私たちはそのためにいるんですから」

「ちょっとやそっとの汚れや埃なんて、あっという間に片づけますよ」


 だが、三人は知らない。

 ガブリエールの清掃は、使用人室にまで及んでおり、三人はこれといった仕事もないまま、奥方に屋敷を案内されるだけの日をすごすことになる。








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