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戦場 2-1







 □






 破壊された「第二の壁」周辺地域に陣取った“神魔国”軍の将帥たちは、戦局の意外な推移ぶりに冷や汗をかく思いだった。


「人間ドモにシテはヤルもノダな」


 魔軍の総大将役を命じられた岩塊の巨兵・テールは、臆面もなく首肯を落とす。

 送り込んだ部隊のうち騎行大隊四つが壊滅の憂き目を受け、精強な巨人軍は敵巨兵に無力化され、期待通りの戦果をあげられない。

 ここまでは想定内であった、「六ヵ国連合」ともなれば、巨人兵への対策対応は必須事項のひとつである。

 残る一つは航空戦力──ドラゴンを、「第一の壁」攻略に使えなかった点は、想定の外にあった。

 陣幕内に控える幕僚たち、テールの補佐官たる悪魔たちは、理知的な声で告げる。


「敵司令官の差配によるものでしょう。それにしては巧緻(こうち)を極めておりますが」

「ウム。よもヤ、ドラごん部隊への策略マデ用意してコヨウとは」


 一千騎を数えていたドラゴン第一大隊を、敵総司令官は自軍の航空戦力──飛空魔法師団や帝国が飼い慣らした〈鷲獅子(グリフォン)〉部隊などを惜しげもなく投入し、飽和攻撃を仕掛けたのだ。しかも、エルフによる弓術を集中、(やじり)にはドワーフの鍛えたアダマンタイト鋼が潤沢に用いられた。さらには教国の対空砲火の防御によって、「第一の壁」は傷ひとつ付けることもできずに死守されたという。いかに伝説に謳われる化け物(ドラゴン)であっても、魔族は魔族。魔法の集中砲火を浴び、鱗を貫かれ心の臓腑を抉られれば、活動のしようもなく死に至る。自然の摂理であった。


「いかがなさいますか?」

「我が(シュ)ノご命令は変ワルことはナイ」


 テールは岩塊の腕を振るって明言した。


「中級部隊を「壁」ニ送レ」






 □






「負傷者の手当てを! 急げ!」


 地上に落ちたドラゴンの最後の生き残りを斬り伏せた王国王太子エミールは、早急に命令を下した。

 味方の騎士団は王国帝国両陣営ともよく持ちこたえた。壁に陣取っていた対ドラゴン対策要員も、ほぼ無傷。

 巨人兵はドワーフの機械巨兵によって無力化され、北方の大地に倒れ伏し、その上にドラゴンの残骸が積み重なっている。

 無論、こちらも無傷とはいかない。敵の伏兵への対処も完璧にいなしてみせたが、それでも、初動の対応の遅れによって、いらぬ犠牲も出た上、ドラゴンの接近に恐懼(きょうく)した教国兵が自爆同然の醜態をさらしたのも尾を引いた。

 しかしながら、各国連合軍が善戦しえたのは、二つの要因からである。

 ひとつは、連合軍と称しつつ、エミールは各国軍に連携連帯を()いなかったこと。これにより、各国は己の持ち場を厳守すべく任務に埋没し、他の国に遅れてはならぬという競争心までをも生んだ。これによって、味方側は誰の責任だの、どの陣営の失態だのという不毛な舌戦を繰り広げることなく、その戦闘本能を発露できたのである。

 ふたつ。各国連合軍の総司令官に任じられたのが、エミール・ガニアン・ド・シャルティエ王太子であったこと。彼は王太子という高貴な地位に胡坐(あぐら)をかいて後陣に控えることなく、文字通りの最前線で、将兵をまとめ上げた。婚約者を奪われた一介の男として、ではなく、あくまでも連合軍総司令官としての手腕を、もはや疑うものは絶無であった。

 しかし、そんな彼でも、無血での勝利はあり得ない。


「結局、戦となれば血を流さざるを得ない──敵軍も自軍も」


 己に弁解するように告げる言葉を吐きながら、騎士団の再編成を急がせる、二十五歳の総司令官。

 その動きに、後方で待機するサージュが通信魔法ごしに意見を述べた。


『兵を休ませてはいかがです?』

「どうにも敵の戦力がヤワすぎる。数だけは多かったが、これでこちらの勝利だとは思えん」


 一時の勝利は、美酒のように全軍に広がり、意識を容易に弛緩させる。

 だが、エミールは次の部隊に備えるよう厳命することで、騎士団やそのほかの部隊に警戒を怠らせなかった。

 しばらくもしないで、斥候から連絡が届く。


「殿下! 敵の第二陣が!」

「そーら、おいでなすった」


 いやな予感は的中するものだと笑う総司令官。そう、苦難の時ほど彼は良く笑うことを教え込まれてきた。それを実践してみせると、不思議と兵らも安堵したように笑うのだ。。

 エミールは疲れを感じさせない体捌きで宝剣『ヴァンピール』の吸った血を懐紙で拭き取る。

 敵の規模を聞くにつけ、エミールはかすかに眉を(ひそ)めた。敵の戦力はさらに二倍へと増強されていた。エミールたちの騎士団──戦力を些少とも減耗した地上部隊で()き止めるには、なかなかに手強い規模と思われる。


(これが敵の最後の部隊? いや、焦りは禁物だ)


 エミールは騎士団を三つに分け、うち二つを伏兵として準備する。

 王国王太子の策謀に対し、魔軍の群れは網に突っ込む魚群のごとく殺到してくる。






 □






「ナニ? 第二陣も敗着シタ?」


 テールはさすがに岩の奥に比された輝く眼を瞠目(どうもく)させた。

 そんな彼に対し、恐縮しきった様子で、悪魔の伝令士官は傷ついた左腕をさらしつつ、悔悟するかのように告げる。


「て、敵は三方から、凹型陣形によって我が軍を圧倒いたしました。そこへ、「第一の壁」からの集中砲火も加わり、同胞はなす術もなく──」

「ふム……」


 テールは総大将として、どのようにすべきか思案する。


「我等が御大将、味方の仇は私が!」

「いいや、(それがし)が!」


 誰が前線に出向くかで紛糾する陣幕。犬の悪魔がうなりを上げ、狐の少女が威嚇し、鉄と鋼で出来た骸骨が骨の拳を握る。

 凍えた風が吹き込む中、(いわお)の巨人たるテールは、ひとつの決を採択する。






 □





 頭から敵の返り血まみれになるエミールは、一報を受けて思考が硬直しかける。


「は? 巨人?」


 第二陣の掃討作戦を見事完了させたエミールに斥候がもたらした報は、「岩塊の巨人」が、壁を目指して魔軍の先頭に立っているというもの。

 王太子は敵の秘匿兵器か何かだろうかと勘繰りつつ、騎士団に後退の指示を出した。さすがに巨人が先頭に立つ状況では、騎士団への打撃は大きいと判断して。

 数分後、エミールは信じがたい光景を目の当たりにする。


「……嘘だろ?」


 山だ。

 岩の山が動いていた。

 岩塊の巨人は、これまでの武装巨人兵の三倍の高さを誇り、彼だけで「第一の壁」にとりつき、壁を突破・崩壊させかねないスケールであった。

 前線に移動させたドワーフの機械巨兵部隊でも、半分の高さにしかならぬ巨人の出現など、慮外の事態と言える。


(いや、それは言い訳か)


 相手は化け物の集団──“神魔国軍”──どのような異形が立ちはだかろうとも、何もおかしくはない。

 このまま、岩塊の巨人によって蹂躙される未来が容易に想像できる中……巨人は巨兵部隊と接敵することなく停止し、こう(のたま)い始める。


「我は、神魔国軍・先手大将──テールと申すモノなり」


 驚くべきことに、岩塊の巨人が名乗りを上げた。無機質ながらも矜持(きょうじ)に満ちた声音であった。


「此度の戦にオイて、六ヵ国連合軍ノ総司令官殿と、一対一デ話がシタい」


 さらに驚くべきは、先手大将のご指名は、エミール・ガニアン・ド・シャルティエ王太子であったことである。

 出てこなければ、今すぐに「第一の壁」を破壊することも辞さぬと言われては、出ていかないでいることの方が難しい。

 エミールは随従らを騎士団に残し、自分の馬にまたがって、巨兵部隊の中心を駆けていく。

 本日ここに、味方と敵──総司令官同士の会合の場が、一時的に設けられる。









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