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神魔 1-3






 □





 第二王子の訪問から、一夜が明けたモルターニュ邸。


「まったく、何を考えておいでなのでしょう、第二王子殿下は?」

「そうよね。確かに王太子殿下とお嬢さまは十も歳が違うけれど──」

「そんなことでエミール様の風聞が地に落ちるわけもないのに、ねぇ?」


 ガブリエールの身支度と朝餉を整えてくれる三人は、口々に文句を吐き連ねる。


「いくら何でも、あれはひどすぎますよ……お嬢さまもそう思いますでしょう?」


 銀髪を丁寧に梳くジュリエットに同調を求められるガブリエールであったが、彼女は穏やかに首を振った。

 そして、鏡越しにメイドへと本心を打ち明けた。


「クロワ殿下の言い分は至極(しごく)当然のものです。否定する要素がありません。だから気にしないで大丈夫」

「いやいや気にしてください、お嬢さま」

「そうそう」

「お嬢様は間違いなく、王太子殿下と釣り合う女性に近づいているのです。家名だの家柄だの、そんなものを気になさっても、今さらというものですし」


 ジュリエット、クレマンス、シャリーヌたちは、ガブリエールの擁護者として弁解を続ける。


「そりゃあ最初に聞いた時は驚きもしましたが」

「ええ。お嬢様がどれだけ苦労されてきたか知った今は」

「エミール殿下がお嬢さまを選んだ理由も、納得というものです」


 ガブリエールは「ありがとう」と、感謝の言葉を口にすることしかできない。


「さ。いやなことは忘れて。朝食の時間ですよ」

「はい……」


 メイドらの用意した朝餉の席に向かう銀髪の令嬢。

 暖かで豪華な食事──快適な生活を前にすると、どうしても過去のことを想起せざるを得ない。

 屋敷をひとりで管理維持していた頃は、自分で料理をし、すべての床の拭き掃除も行い、調度品の手入れ、畑や庭仕事にも手を抜かなかった。

 だが、リッシュ公爵のひらいたパーティーでの出逢い、そして、王太子との偽装婚約から、ガブリエールの生活は一変。

 朝の煮炊きも、暖炉の灰掻きも、風呂場の掃除も、ありとあらゆる家事はメイドたちの受け持ちとなった。


(本当に、ありがたいことだわ)


 傷だらけだった手も、王宮の執事にしてハーフエルフのサージュが調合してくれた塗り薬のおかげで、だいぶましな見た目にまで回復している。

 本当に、王太子殿下のはからいには、感謝してもしきれない。

 ガブリエールはメイドたちが工面してくれた時間を有効活用すべく、王国の歴史や淑女の礼儀作法を一から叩き込みなおす時間を得た。

 そんな授業時間も、今日ばかりは身が入らない気分だ。

 昨日の第二王子との会話が、脳裏にこびりついて離れない。




(「ガブリエール嬢。あなたは、ユーグ王国の王家には相応(ふさわ)しくない」)




 冷え切った刃を、心の臓腑に突き立てられたような思いさえする。

 だが。

 そんなことは誰に言われるまでもなく、ガブリエール自身が自覚していることであった。驚きも戸惑いもない。


(この偽装婚約が解かれる時は、きっと、王太子殿下にふさわしい相手が見つかった時……)


 それを想像することは、以前までは簡単なことであった。

 だが、今は少しだけ抵抗を感じる。


(馬鹿よね、私)


 自分ごときが、貧家の令嬢が、一国の王太子と知り合えただけで奇跡のようなものだ。

 それ以上を望むなど、畏れ多いこと……なのに。


「お嬢様?」

「な、なんでもありません。少し目がかゆくて……」


 ガブリエールは涙を肩でぬぐう。

 朝餉をゆっくりと、王族になるにふさわしい動作で行うことにも細やかな挙措が必要だ。

 それができるくらいに、ガブリエールは努力を積み重ねてきたのだ。

 しかし、


(……王家には相応(ふさわ)しくない……)


 スープを食しながら、無力感に(さいな)まれる銀髪の少女。

 だが、ガブリエールは同時に、第二王子のある言動を思い起こす。




(「このままでは、我が兄上は不名誉極まる俗言の嵐に揉まれるでしょう。「そういった趣味の王太子」などと噂されるのは、私には我慢ならないこと」)




 第二王子の言葉の端々から、彼の真意を(はか)るガブリエール。


(もしかすると、第二王子殿下は……)


 気づいた時、ガブリエールはメイドの一人を呼びつけた。


「ジュリエットさん」

「いかがなされたのですか、お嬢様?」

「あの……お願い、が、あるのですが」








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