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巫女 2-2






 □





 エミールは、生まれて初めて、憤怒の虜となった。正確には、なりかけた。

 ガブリエールを外交の道具に、否、それ以下の扱いをくわだてる者の存在に吐き気を催すほどの。

 だが、


「……」


 自分の隣で、無言のまま裾をつかむ存在に、はっとなる。


「安心していい、ガブリエール。君の邸宅は魔女の女王の加護をいただいた。絶対に魔族どもは近寄れん」


「──はい、殿下」と、そう頷く彼女を安堵させるように、華奢な肩を左手で抱き寄せた。

 ガブリエールは抵抗や躊躇をおぼえることなく、エミールの腕の中に抱かれる。


(絶対に守り通す)


 自分が偽装婚約などをもちかけたからこそ、何の関係もない十五歳の少女には重すぎる恐怖と不安を背負わせてしまった……その責任を果たさねば、エミールの気が済まない。


(神魔国とやら。ガブリエールには指一本触れさせんぞ)


 まだ確定とは言い難い情報だが、現在までのところ、ガブリエールの邸宅を襲撃した可能性は極めて濃厚な新興国家に対し、紅蓮に燃える溶岩流のような激情を、腹の奥深くに眠らせる王太子エミール。

 そんな二人の様子を見ていた姫巫女が一言。


「随分と、ガブリエール様にご執心の様子ですね、王太子殿下は」

「当然だろう」


 自分はガブリエールを愛しているから、と口にしそうになって、側にいる令嬢の存在を思い出す。


「わ──我々は婚約者同士だ。彼女の身に何かあっては事だからな!」

「殿下……」

「そうですね」


 頷く姫巫女は紅茶の中身を干して、すくりと立ち上がった。


「エミールの、いえ、王太子殿下の婚約者殿と御目通りが叶って本当に良かった。本日はそろそろお暇を」

「ああ。貴重な情報をありがとう、ラ──姫巫女どの」


 エミールは姫巫女を送り出すように握手を求める。

 ランドルミーもそれに応じて、たおやかな細指を差し出した。

 そんな二人に続くように、ガブリエールも席を立って握手に応じるのだった。






 □






「おや、あれは?」

「兄上たちです!」


 第二王子と第三王子は授業をキリのよいところで終わらせ、王城の廊下を連れ立って歩いていた。

 そして、応接室から出てきた賓客の姿──エメラルドの髪の女性を認め、クロワとルトロは襟を正した。


「どうやら、例の婚約者殿も一緒のようだ」

「なんと! それではご挨拶に向かいませんと!」


 走り出しそうな弟に歩調を合わせるでもなく歩みを進め、クロワは泰然自若に一礼を交わす。


「これはこれは、教国の姫巫女どの」

「ああ、第二王子殿下」

「おっ久しぶりです、姫巫女さま!」

「ルトロ殿下も、変わらずお元気そうですね。安心しました」


 一辺倒の挨拶を交わす第二王子と第三王子。

 二人は姫巫女に付き添って出てきた兄たちの姿、十歳差の婚約者の令嬢も視界に入る。


「お初にお目にかかります、ガブリエール・ド・モルターニュ嬢」

「あ、えと──第二王子殿下ですね、はじめまして」


 見事に一礼を返すガブリエールだが、クロワの目から見ても平俗な娘という印象は拭い難い。

 兄君(エミール)から贈られたドレスや宝飾で楚々とした令嬢の合格ラインには立っているが、それだけだ。


(我が兄上にふさわしいのは、やはり姫巫女殿か、でなくば第一皇女殿下…………ん?)


 クロワは些少ならぬ違和感を覚えた。

 自分の左にいる第三王子(ルトロ)が、異様なほど静かだ。

 普段であれば、客人への元気いっぱいな対応、とくに初めて会う人物への興味に尽きぬという姿が好印象をもたらす弟が、微動だにしない。

 ガブリエールの姿を、顔を、瞳を、凝視しながら。


「どうかしたのか、ルトロ?」

「……へ、あ、いえ、あの」


 王太子(エミール)にまで名を呼ばれ、ようやく反応を返したが、普段の(ルトロ)らしくない、しどろもどろな印象だ。

 おまけに、頬はクロワの見る間に紅潮の色を帯びていく。


(これは?)


 まさかと思う第二王子クロワ。


「あの、どうかなされましたか?」

「い、いえ! べつに! な、なんともありません!」


 第三王子はそう言ってとりつくろうが、顔が耳まで赤くなるのを隠すように、教材の歴史書で壁を作る。


(これは……まさか……)


 そう疑惑の汗を一滴、頬に伝わせるクロワに対し、エミールたちはどこまでも鈍感だった。


「どうした? 熱でもあるのか?」

「まぁ、それはいけません。はやくお休みになられた方が?」


 灰をかぶったような銀髪に心配そうな声をかけられ、赤みを帯びた金髪の王子は限界に達した。


「いえ、あの、自分は──なななな、なんでもないですっ!」


 そう言い置いて、ルトロ・ヴァイユ・ド・シャルティエ第三王子は廊下を駆けていった。周囲にいた随従たちも置き捨てる速度で。


(おいおいおいおい。まさかとは思いますが……)


 弟の心情を把握しつつある第二王子に対し、エミールたちはただただ首をひねるばかりであった。

 クロワは長い黒髪の陰で、王太子の婚約者を見据える。


(我が兄だけでなく──弟までたぶらかしたというのか、この娘は?)


 信じがたいものを見るような陰湿な視線は、しかし、誰に見咎められることもなく、場の異様さの中でとけて消えた。








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