謁見 1‐2
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ガブリエールは王宮からの使いの馬車列に出迎えられ、国王の待つ王城への道を行く。
魔法で振動を抑えられた馬車の中で、随従役のメイドたちに囲まれながら、心ここにあらずな様子で王都の街並みを車窓から眺めるのみ。
ガブリエール・ド・モルターニュは、今日はじめて、この国の王に拝謁する栄に浴する──
(あの舞踏会から、まだ一週間も経っていないのに)
目覚ましいまでの事態の変転ぶりに、ガブリエールの頭がついていけていない。
重くなりかける思索を振り払うように、小さく頭を振った。王城が見えてきたのだ。
長い架け橋の上を渡り、堅牢な門扉の内側へ。広大な内庭の新緑が鮮やかな中に、王樹と呼ばれる黄金の樹が見えた。
馬車の窓から見える王宮は絢爛華麗。尖塔と城館が螺旋構造を描き、見事に王国の勢威を示す荘重さに満ち満ちていた。
(本当に私、王様と拝謁するのか)
人ごとのように考えているガブリエールは、止まった馬車から随従と共におろされ、改めて王城の荘厳さを見上げるばかりだ。
案内役とおぼしき近衛兵が近づき、ガブリエール一行を歓待するように膝を屈する。
「王太子殿下の婚約者、ガブリエール・ド・モルターニュ嬢とお見受けします」
黄金の鎧を身に着けた近衛兵の長は、ガブリエールらを案内する前に、ひとつの書状を恭しく両手で差し出した。
令嬢は問いかける。
「これは?」
「執事長サージュ様を通じて、王太子殿下、エミール様からの言伝を預かってまいりました」
ガブリエールは勇気づけられる思いで書状を受け取り、その場で開いた。
書状と呼ぶには相応しくない、メモ書き程度の紙面ではあったが、短くも誠意に満ちた文面と謝罪が綴られており、王太子の人柄の良さをよく表しているように見えた。
なかでも、
『王の前では、何も包み隠す必要はない。偽装の罪科は一切、自分が背負う。貴女は、真実のみを語るように』
この一文だけで、彼がどれほどガブリエールの身を案じているのかが知れるというもの。
そして文の最後、
『どうか、王の前でも、常の君らしくあるように──』
そう激励とも忠告とも読み取れる一文に、ガブリエールは緊張と不安で冷え切った手足が熱を持つのを感じた。
「ありがとうございます」
いただいた書状を胸に押し抱いて、近衛にも礼を述べつつ、ガブリエールは可憐に微笑んだ。
「では参りましょう」と近衛にうながされ、ガブリエールは王宮の入り口にいたる階をのぼり始めた。
踏み入った王宮内部も「見事」という他にないような、典雅にすぎる空間であった。四階分に及ぶ吹き抜けの伽藍。壁や柱を飾る金細工や調度品。幾枝にも分岐した燭台。そして、歴代国王や女王の肖像画や壁画などが、巨大なシャンデリアの輝きに照らされている。誠に申し訳ないと思いつつ、リッシュ公爵邸とは天と地ほども差がある。あって当然とも言えた。
物怖じして、思わず足を止めてしまいかねないガブリエールを、案内役の近衛と随従らが優しく丁寧に誘導していく。階段を一段あがるたび、ガブリエールは緊張でその場に崩れそうになるが、手の内に折りたたまれた王太子からの書状が、彼女の全身を励まし勇気づけてくれる。
そして、城の中枢部に設けられた玉座の間、ではなく、王の謁見室にいたる。
近衛は、室内にいた近衛兵長に取り次ぎ、ガブリエール……渦中の王太子殿下の婚約者が来たことを報せる。
ややあって、両開きの扉は開かれた。
最後に案内役の近衛が「どうぞ中へ」と告げるのに頷き、十五歳の少女は心臓の鼓動を痛いほど感じつつ、粛々と歩み出す。
令嬢の脳内で、王族に対するしきたり──たとえば、王族から話しかけられるまで話しかけるのは礼を失する──などが高速で羅列されていく。
そうしてついに、ガブリエールは執務机ではなく、応接用のテーブル席に腰かけていた男性を目にした。
豪奢と神聖を極めた室内に、黒髪の中に灰色がかった白髪が見て取れる、初老の男。手にした黄金の王笏と頭にある金色の王冠が、その人物の地位を雄弁に示していた。
「やぁ、はじめまして、お嬢さん」
話しかけてくるのは、老練な声量と声質。
この王国を四半世紀にわたり統治する王。
その名を知らぬ王国民は存在しなかった。
エティエンヌ・ロワ・ド・シャルティエ。
「……こ、国王陛下におかれましては、ご機嫌麗しく」
ガブリエールは震える声帯を御するのに精一杯だった。礼の動きもちゃんとできているのか、これでは大いに疑問だ。
「まぁ、そうかしこまることはない。──そこに座りたまえ」
王にすすめられ、従者がひいてくれた椅子に腰を下ろすのも一苦労だった。じとりと背筋に感じる汗が、祖母の形見のドレスを濡らしていくのを感じる。コルセットがこんなにもきつく感じるのは久方ぶりであった。
そして、王が対面の席で声をあげるのをじっと待つ。
「──君の名は確か」
「ガ、ガブリエール・ド・モルターニュと申します、国王陛下」
「そう、ガブリエール。とても良い名だ」
「あ、ありがとう存じます」
「祖父は、モルターニュ騎士候──確か軍学校で、現リッシュ公爵の戦闘教官として働いた、歴戦の勇士だったと記憶しているが?」
「お、仰せの通りにございます」
国王は少女の身の上話に興じつつ、あらかじめ用意させておいた紅茶と菓子をメイドにもってこさせ、十五歳の少女にすすめた。
「ここまで来るのにさぞ気疲れしたことだろう。まず落ち着くといい。王家御用達の特級茶葉を用意させた」
「お、おそれいります……」
ガブリエールは、王がカップに口をつけるのを確認してから、自分もそれに倣う。
とてもかぐわしい芳香と美味であったが、やはり緊張の鼓動はおさまってくれない。
「それでは本題に入ろう」
「……本題、とは?」
国王は両手を組んで言い添えた。
「君が、我が息子──王太子たるエミールと婚約したことについて、だよ」




