序章 1-1 ガブリエール・ド・モルターニュ
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私は誰にも愛されない──そういう確信があった。
ガブリエール・ド・モルターニュ。それが私の名前。年齢は十五。
王国貴族──騎士候とは名ばかりの貧家に生まれた私は、舞踏会に着ていくドレスすら、祖母の形見以外、存在しなかった。
周囲の若い女性は華麗で艶やかなドレスばかりだというのに、十五の自分が年配用の古びたドレスを身に帯びるという姿は、悪い意味で目立ってしまう。
華やかな社交界デビューとはいかなかった。が、それも仕方のないことだと割り切れた。
何しろ家が貧しいばかりに、使用人の一人も雇えないような貴族など、誰が見初めてくれるのだろうか?
家のことはすべて自分で切り盛りした──否、切り盛りせざるを得なかった、というべきか。
母は幼くして病死し、父も深酒や遊興が祟り、早くに亡くした。私は唯一の肉親となった貴族の祖父母に育てられながら、最低限自分の身の回りの世話はできるくらいの知識と教養を身に着けた。貴族としての礼儀と節度。淑女としての行儀作法。が、その祖父母も、去年、事故によって……。
そんな亡き祖父母の計らいで、私も社交界の華として咲き誇りたかったが、現実はそうもいかない。
私は屋敷中の清掃や管理──食事の煮炊や調理──貴族として最低限度の生活を維持するための努力により、貴族の娘とは思えないほどボロボロに傷んだ指をしている。
周りの貴族の令嬢が、白魚のごとく美麗な指先に燦然たる宝飾をまとっているなか、私は自分の指を隠すべく、母の形見の手袋を身に着けるだけ。宝石などただのひとつも身に着けてない。パーティーに招待してくれたリッシュ公爵への挨拶を済ませると、そそくさと会場の隅に移動し、まるで会場の彫像にでも変じたように、その場を身動きすらしなくなった。
公爵が用意してくれたパーティー料理は、どうしても私の腹の虫を鳴かせようとしてくれるが、これだけ大勢の前でそんな行儀の悪い音色を響かせれば、ただでさえ低い家名に傷がつく。亡き祖父母への恩義を、そのような形で裏切ることはできない。
「……はぁ」
重い吐息がこぼれた。
私は白大理石の柱によりかかり、煌びやかで優美で広大な、公爵主催のパーティー会場を眺める。
誰もが楽しそうにグラスを傾け、肉料理に舌鼓を打ち、世間話や噂話に興じていた。
その中でも多かったのが、会場の奥の貴賓席に列席する王太子殿下の話。
「かの御仁は立派な方だ」とか。
「王も世継ぎに恵まれ鼻が高かろう」とか。
「しかし、二十五になっても気に入るお相手がいないとは」とか。
私には一切関係のない話だ。
それもそのはず。
モルターニュ家は、下級貴族と呼ぶのも躊躇われるほどの貧家──こんな家と繋がりたいと思う貴族など、いなくて当然──貴族にとって婚姻・結婚とは、家同士の結びつきを強める“外交手段”であり“戦略的行為”のひとつにすぎない──自分の置かれている状況くらい、理解できていない私ではない。
(もうそろそろお暇をいただこうかしら)
そう暗鬱な溜息をもうひとつ吐きながら、最後に公爵へ挨拶をしなければと思った、その時だった。
場内がにわかに騒めき、人波が何者かの歩みによって割れていく。
何だろう何かしらと興味と好奇の視線を向けた私の前に、次の瞬間、信じがたい人物が現れた。
ずば抜けて高い身長。
武人のようにきびきびした歩調。
会場の華麗さに負けてない立派な衣服。
宝石さえも恥じ入るほど典雅な瞳と顔立ち。
黒髪の貴公子は告げる。
「失礼、レディ」
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