第一話
散歩中に可愛らしい猫を見てしまい、思わず書いてしまいました。
よろしくお願いします。
まだ、私が幼く、両親が生きていた頃。
騎士をしていた父の帰りを今か今かと待ち侘びていた私はドアの前に座り込んでいた。
外は雪が降っていたので家の中でココアを飲みながら、じっと耳を澄ませて父の足音を探す。
「まだ、帰ってこないね」
「残業かしら」
母がテーブルの上に食事を並べている。いつもよりちょっとだけ豪華な食事たち。なんて言ったって、今日は特別な日なのだ。
「早く帰ってこないと、冷めちゃうのにね」
その時、ドアをカリカリと引っ掻く音が聞こえた。
「風かなあ」
にゃあ。
小さな声がした。違う、風じゃない。
「猫ちゃんだ!」
内開きのドアの鍵を出来るだけ早く開け、足元を見ると小さな灰色の毛玉がじっと私を見つめていた。
「ママ!猫ちゃん!凍えてるよ!」
「え、猫ですって?とりあえず中に入れてドアを閉めなさい」
「はーい」
おいで、寒いでしょうから一緒に暖炉の前であったまろう?
両手を差し出せば、小さな毛玉は躊躇いがちに私に飛びついてきた。
懐に入り込み、私を見つめる小さな綺麗な瞳に私は悶えた。
「可愛い」
母がやってきて、湯で湿ったタオルで仔猫を拭こうと、私から仔猫を取り上げようとする。
「待って、自分でやる」
私は母からタオルを受け取ると仔猫に声をかけながら優しく温める。毛を逆立てて可愛らしく威嚇をしていた仔猫は徐々に警戒心を和らげ、大人しく私に拭かれる。次に乾いたタオルで毛についた湯を取ってあげる。
「これで大丈夫」
ふふん、と自慢げに言って母に目をやれば微笑ましそうに私を見ていた。
「それにしても、遅いわね」
心配そうに窓の外を見る。雪は激しく降り、目の前は真っ白だった。
「ねえ、君も一緒にパパの帰りを待ってくれる?」
にゃあ。
いいよ。
そう言ってくれているみたいな返事に私は笑った。
しかし、それから数刻後には私は泣くことになる。
ドアの前で仔猫と一緒に寝ながら待っているとドアがノックされた。いつの間にか寝ていてしまったらしい。
「やっと帰ってきた!」
嬉しさで外の人物を見ずに開けてしまった私は目の前の人に抱きつく。
「……ティンクちゃん」
「あれ、お兄さんだ」
しかし、そこにいたのは父の上司。
「ごめんね、ママを呼んでくれる?」
「ルセフレットさん。どうされたんですか?」
「ティンクちゃん、ちょっと違うところにいてもらっても良い?」
「はい」
真剣な顔で私に言うお兄さんの言葉に嫌な予感がしたが、言う通り2階の自室で仔猫と遊んでいた。
「嘘です!主人がそのようなことをするわけがありません!」
パリン、と階下から何かに割れる音が響き、お兄さんの穏やかな声。
「僕自身も、彼がそんなことをするなんて思っていません。しかし、現場に残っていたものから推測すると、彼しか犯人がいないんです」
「でも!」
私は仔猫をそっと抱き上げるとゆっくり母とお兄さんの元に近づいた。
「……死人に口無しです。もう、事実は誰にも分からない」
死人?
仔猫がびくりと体を震わせた。私は仔猫の頭を撫でて落ち着かせてあげながら話に耳を傾ける。
「明日、彼の遺体がこちらに帰ってきます。そして、重要参考人としてあなたがた二人は王宮に招かれます」
「……遺体?」
幼いながら、本をたくさん読んでいた私はお兄さんの言葉が理解できた。理解できたが、飲み込めなかった。
思わず物陰から飛び出てお兄さんに問いかけてしまった。
仔猫は懐に入って頑張って爪で私から離れないようにしがみついている。
「ティンクちゃん、聞いていたのか」
「お兄さん、“彼”って誰ですか」
この状況の中で指し示す人物は一人のみ。それを分かっていたが、私は否定して欲しくて問うた。
「ティンク、その話は」
「パパのこと?」
母が酷な話から私を遠ざけようと背中を押した。
しかし、私はこのまま引き下がれない。
「お兄さん、はっきり言って下さい。どうせいずれ知ることです」
煌びやかな騎士服に身を包んだお兄さんは唇を噛み締めて、俯く。
「そうだよ、ティンクちゃんのパパ……アルフはこの国の王子様を誘拐した罪でその場で殺されたんだ」
嗚呼、と泣き崩れ、エプロンで涙を拭う母。私はふわふわの仔猫を抱きしめ直してじっとお兄さんを見た。じっと、じっと見つめてその言葉が事実だと知り。
私は膝から崩れ落ち、声を上げずに泣いた。
奇しくも、その日は私の誕生日であり、いつも夜遅くに帰ってきて顔を合わせることの少ない父が珍しく早く帰ってくる日であった。