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幼馴染みは、今日も世界を救ってる

作者: 綴原詩乃

 私には幼馴染みがいる。幼稚園から高校生になった今も。ずっと一緒の男の子だ。


 家が隣なので、二階の自室の窓を開ければ幼馴染みと会話ができる。「今日の宿題終わった?」「まだ」「一緒にやろう」「秒で行く」みたいなことが、しょっちゅうあった。

 両親が仕事で家にいないときは、どちらかの家で夕飯をご馳走になった。お風呂にも一緒に入った。なんならお泊まりもした。クリスマスパーティーみたいなイベントもやった。幼馴染み――勇貴ゆうきは家族同然だった。

 保育園から高校までずっと一緒だと教えれば、大抵の人からは「漫画かよ」なんて反応が返ってくる。うん、私もそう思う。現実にあるんだなー、そんな関係、みたいな。


 でも。実は、更に「漫画かよ」みたいな秘密が、私、樫谷鈴かしやすず今元勇貴いまもとゆうきの間にはある。


 あ。正確には勇貴だけ、なんだけど。



***



「なあ、鈴。今日部活ないから一緒に帰ろうぜ」


 お昼休みのことだった。勇貴が私のいる教室まで来て、そんなことを言ったのは。


「え? いいけど……。それだけ?」

「ああ。悪いかよ」


 何故か勇貴は口をへの字にして、ムッとした表情になった。


「ううん。いいよ、一緒に帰ろう。でも、用事ってそれだけ? もっと大事な用があるから来たんじゃないの?」


 これ、スマホにメッセージを送ってくれたら済む話だよね。

 私は二年一組。勇貴は一年五組。教室が一階分離れているし、学年が違う生徒が来たら目立つと思う。

 しかも、昼休みだから生徒の出入りが多い。混雑っていうか、騒がしいっていうか。そもそも、勇貴はうるさいところが苦手なはずだ。昼休みの喧騒はあんまり好きじゃないって言ってたのに……。


 何かあったのだろうか?


「大事な用? いいや、別に。ない」


 勇貴は私の隣にいる男子――田中くんを睨んでいる。……ような気がする。


「勇貴?」


 私は戸惑った。


「田中くんがどうかした?」


 親の敵を見るような目を、田中くんに向けてはいけないと思う。ついでに、殺気も出してはいけないと思う。たまに勇貴は、高校生とは思えない凄味を出してくる。


「別に」


 あの女優かよ。と、田中くんが小さく呟いた。

 ちょっと笑いそうになったけど、堪えた。

 長年の付き合いで分かる。今、勇貴の機嫌は最高レベルで悪い。「別に」しか言わないのがその証拠だ。

 これは、まずい。……田中くんと話しているのが気に食わないのだろうか。


「あのね、田中くんと私、同じ委員会に入ってるの。明日は活動があるって教えにきてくれただけ。普段はそんなに話さないよ。ね?」

「えっ? ああ、うん。樫谷とはそんな、話さないな」


 途端、殺気がなくなった。

 勇貴は、その端正な顔に微笑みを浮かべる。


「そうか」


 勇貴の周囲にお花畑が見えた。すごく、喜んでるね……。


「じゃあ、放課後」


 鼻歌でも歌いそうなほど上機嫌になって、勇貴は自分の教室へ帰っていった。


「今の、今元だよな」


 勇貴がいなくなった二分後。恐る恐る、といった感じで田中くんが訊ねた。


「うん。私の幼馴染み」

「一年間行方不明になってたっていう?」

「うん。留年してるとはいえ、私たちと歳は同じなんだよ、勇貴」


 田中くんが泣きそうな顔をしている。


「俺、殺されるかと思った」

「ごめん。勇貴、たまにああなるんだよね……」

「俺なんかした?」

「してないしてない。男子と話してると、たまーに機嫌悪くなるんだよねえ。何でかなあ。姉をとられると思う、弟心みたいな感じなのかなあ」

「はっ!? まじで言ってんの?」

「え? 私、勇貴より誕生日が三ヶ月早いんだよ。だったら私、お姉さんでしょ」

「冗談きっついよー、樫谷」


 田中くんが天を仰いだ。


「今元も苦労してんだな……」



***



 その日は約束通り、勇貴と帰った。


「最近、陽が暮れるの早くなったね」

「そうだな」

「今は秋だけど、あっという間に冬になって、あっという間に一年経つんだろうね。そして気付いたら卒業、か」


 二年も後半。そろそろ進路、考えないとなー。やっぱり進学だよね。大学受験かあ……。


「……俺、鈴がいない高校生活は嫌だな」

「しょうがないじゃん。一年くらい我慢しなよ」

「くそ、あの召喚がなかったら、俺だってお前と高校では同級生だったのに!」


 勇貴が一年間行方不明だったのには理由がある。

 実は勇貴、異世界に召喚されていたのだ。


「どこのネット小説? 流行りのテンプレか?」みたいな話だけど、本当だ。勇貴は高校入学の初日、異世界に召喚された。それも、勇者として。


 勇貴は入学式からの帰り道「大切な話がある」と切り出し、詳しい話は家に帰ってからということになった。とても真剣だったので、私は何も言えず、ただ素直にうなずいた。

 三十分後に勇貴の部屋に行く約束をしたので、その通り部屋を訪れると――。


 勇貴の姿はなかった。

 家のどこにもその姿はなかった。

 以来、勇貴は行方不明になった。

 最後の目撃者は勇貴のお母さんで、勇貴が階段を上がって部屋に入る姿を確認していた。


 勇貴はどこへ行ったのか? 警察が手を尽くしても見つかることはなかった。勇貴の家族と協力してネットで呼びかけてみても、めぼしい情報は見つからなかった。


 一年経って、誰もが諦めた頃。

 勇貴は、ひょっこり帰ってきた。

 玄関から「ただいま」と。学校から帰ってきた時みたいに。


 ――知らないおっさんに監禁されていて、一年経ったら何故か解放された。場所はどこか分からない。監禁されていた時のことを思い出そうとすると、頭が痛くなる。


 といったことを勇貴は家族や警察に話し、根本的な解決には至らなかったものの、とりあえずは一件落着ということで幕を閉じた。まあ、今でも定期的に警察の人が来て、勇貴と話してるみたいだけど。


 でも、本当は違う。勇貴は私にだけ真実を教えてくれた。


「部屋で着替えをしようと思ったら、急に足元が光ってさ。魔法陣? みたいなの床に広がったんだよ。で、気付いたらお城の中にいたんだ。『悪しき魔王から世界を救ってくれ勇者様』って、王様から頼まれて旅をしていた。鈴、RPG分かるだろ? 今はネット小説か? とにかく、それみたいな感じで仲間を集めて魔王城を目指してさ。死ぬかと思った。倒したら王様から姫との結婚を進められたけど、なんとか帰ってこれたんだ」


 最初は嘘だと思ったけれど、勇貴が何もない空間から装飾が派手な大剣を取り出したり、それで公園の大木をなぎ倒したり、不思議な呪文で空を飛んだりしたので信じるしかなかった。


 何で私には教えてくれるのか訊いたら、


「いや、だってお前は俺の――大事な幼馴染み、だから!」


 とのことで。私には知っておいて欲しかったんだって。確かに、そんなすごい体験を誰にも話せないのは辛いよね。だから、これは私と勇貴だけの秘密になった。


 そう、これが冒頭で言った「漫画かよ」みたいな秘密である。


 たまに思い出したように異世界の冒険譚を語ってくれるので、実は楽しみにしていたりする。まあ、話を聞いた限りでは、呑気に「楽しい」って言える状況じゃなかったんだけどね。


「どうせなら、帰してくれる時に時間の調整とかしてくれたら良かったのによ……」


 不満そうに勇貴がぼやく。


「勇貴を帰してくれたのって、一緒に旅した仲間の人?」

「そうそう。あのま――頭脳派の魔法使いがいて。そいつが俺をこっちに帰してくれたんだよ」

「へえ~」


 たまーに気になるけど、勇貴って仲間の人の話になると、口ごもるんだよね。それに、結構扱いがぞんざいというか。一緒に旅をしてきたんじゃなかったのかな。友達と感覚が違うのだろうか。


 そんなことを考えていると、勇貴が突然立ち止まった。


「あのさ、鈴」

「どうしたの、勇貴?」

「ちょっと、そこ、寄ってかないか」


 指差したのは公園だった。特に断る理由もなかったので、私と勇貴は公園に入った。


 砂場では数人の子どもたちが遊んでいた。滑り台にも何人かいる。ジャングルジムではしゃいでいる子もいる。


「懐かしいね。幼稚園に通っていた頃は、ここでよく遊んだね。こうして、ブランコ乗ったりして!」


 珍しくブランコには人がいなかった。私はブランコに座り、勇貴を見上げる。


「ん、そうだな」


 勇貴は、異世界に召喚されたあの日のように、真剣な顔をしていた。


「鈴」

「うん?」


 私は少しどきどきして、次の言葉を待つ。


「俺さ、ずっと昔から言いたかったことがあってさ」

「うん」

「子どもの頃から、俺、お前のこと――」







「――勇貴」

「な、何だよ」

「喚ばれてるよ?」

「は?」


 勇貴の足元に光る魔法陣が展開される。

 光の粒子が身体全体を包み、ここではないどこかへ、勇貴を連れて行こうとしている。


「おいマジか!」


 人ってここまで絶望的な顔になれるんだねー、と呑気にその様子を眺める。だって、このやり取り、勇貴が帰ってきたこの一年で何十回も繰り返してるから。


「またかよ! ヴィク、ルル、アーネ! ふざけんな!!!!」

「いってらっしゃ~い!」


 私は笑顔で見送ってやる。


「大丈夫だよ、勇貴」


 私はいつもの言葉をかける。


「私、ずっと待ってるから」








「ねえ、今お兄ちゃん消えた?」


 滑り台で遊んでいた子が目の前に立っていた。きっとブランコに乗りたくてきたのだろう。私はブランコから立ち上がった。


「あー。あのお兄ちゃん、手品が趣味で、人が消える手品の練習してたの。すごいでしょ?」

「うん! すごかった!」


 我ながら誤魔化し方に無理があるとは思うけど、目の前の子は納得してくれたようだった。そろそろ、何か違うの考えないとな……。CGとか? プロジェクトマッピングとか……?


 勇貴はこっちに戻ってきても、たまに異世界に召喚される。

 世界を救ったその後でも、勇者がやることはたくさんあるらしい。


「いつもいいところで召喚されるよね、勇貴」


 私から告白したいところだけど、勇貴の性格的に嫌がるだろうから、今日も私は気付かないふりをして、勇貴を待つのだ。


 幼馴染みは、今日も世界を救っているらしいので。



***



「お前らふざけんなよ!!」


 召喚されて開口一番、俺は三人を怒鳴りつけた。


 ドーン! と窓の外では雷が落ちる。俺の怒りに反応したためだ。こっちの世界、気を抜くと魔力の昂ぶりが現実に反映されるのだ。


「いつもいつも! 告白しようとするタイミングで召喚するなよ!!」


 ここは豪奢な城の玉座の間。異世界にいる間の俺の拠点である。


「だってー。しょうがないじゃないの、ユーキ」


 髪をくるくる弄ぶのはルル。背中に黒い翼が生えている。


「そうですわよ。また新たな勇者が攻め込んできたんですもの」


 頬に手をあて困り顔をするのはアーネ。細長い尻尾が生えている。


「いやー、人間側も懲りないですねえ! ま、仕方ないですよねえ! 世界の命運がかかってますからねえ!」


 メガネを押し上げるのはヴィク。頭に角が生えている。


「さあ、魔王サマ。ご命令を」

「決まってんだろ」


 俺は玉座に腰掛けた。眼下には「魔族」と呼ばれる俺の部下が待機している。その数は万単位だと思ったが、そういえばきちんと把握していなかったな。……今度ヴィクに名簿でも作らせてやろうか。腹いせだ、腹いせ。


「迎撃だ! 二代目魔王の恐ろしさ、思い知らせてやれ!」






 俺、今元勇貴は、幼馴染みに嘘をついている。


 俺は勇者として召喚されたんじゃない。

 魔王として召喚されたのだ。

 先代の魔王が、命と引き換えに。


 人間側に召喚された勇者に倒される直前、魔王も召喚したのだ。魔王にとっての救世主――ある意味、勇者ってやつを。


 それがたまたま、俺だったらしい。


「お前の魂はいい! ひとりの人間に執着するその様! 実にいい! 嫉妬と独占にまみれた、純粋な黒い魂だ! お前こそ魔王に相応しい!」


 先代魔王が事切れる直前、俺を褒めてくれたんだが、全然嬉しくなかった。何だよ、俺が生まれながらの悪とか言いたいのかよ……。執着? 確かに鈴が他の男に言い寄られたらムカつくし、俺以外の誰かと付き合ってたら何するか分かんねぇけど……。え、もしかしてそのこと言ってる?


 ――それはともかくとして、だ。いきなり勇者と魔王のラストバトルの場に放り出された俺は、その場で先代魔王から力を引き継ぎ、一時的に勇者を撃退した。召喚特典(チート)みたいなもので魔王の力を更にブーストさせたのも大きかったらしい。まあ、魔王にとっての勇者だったせいだろうな、そんなことになったのは。


 それから俺は一年間、魔王として勇者と戦った。

 ヴィクたちと約束したからだ。「帰す方法を探すから、ともかく一年は魔王でいてくれ」と。


 残念なことに、チート級の強さを手に入れた俺でも元の世界には帰れなかった。そもそも、召喚魔法自体が秘術で、尋常じゃない程の魔力を消費するすごい代物だったらしい。俺の魔力じゃ必要量の三分の一にも届かなかった。先代魔王が己の命と引き換えに俺を召喚したのも、足りない魔力を補うためだったのかもしれない。


 ともかく俺は、とにかく頑張った。正直、勇者たちに勝ちを譲っても良かったが、それは魔王の敗北。即ち俺の死を意味するので、生き残るために全力を尽くした。

 リベンジに来た勇者を倒し、奴が使っていた聖剣を火山に捨てるために旅をし、魔族の国の治世に務めた。何でも殺した。汚い手も使った。震えが止まらなかった。眠れない夜もあった。


 だけど俺は諦めなかった。

 幼馴染みに会いたかったから。


 ともかく鈴に会いたかった。俺がいないところで鈴が誰かのカノジョになっていたらと思うと気が気じゃなかった。

 だから、無事に戻ってこれて本当に良かった。

 家族たちに心配をかけてしまったが、鈴は誰とも付き合っていなかった。それが嬉しかった。留年する羽目にはなったが。


 そして、鈴だけには俺がいなくなった理由を打ち明けた。あんなすごい体験を自分の胸の内に留めることが出来そうになかったから。それに、鈴には「すごい」とか「カッコいい」とか思われたかったから。……見栄だよ。カッコつけたいんだよ。悪いか?


 確かに俺は異世界では悪側だ。でも、そんなのどうだっていい。俺の生きる世界は鈴がいるところだ。

 鈴のいる世界では「善人」でいたいとは思う。鈴に好きになって欲しいから。だってさ、悪人より善人の方が好かれるだろ?

「俺、魔王なんだ」って打ち明けるより「俺、勇者なんだ」って言ったほうが印象はいいに決まっている。だから、嘘をついたのだ。


「あいつら、早く諦めて帰ってくれないかな」


 遠見の魔術で壁一面に勇者たちの様子を映し出す。黒髪黒目。俺と同じ歳くらいの男だ。あっちの勇者は四代目だったよな。諜報部隊によると、あの四代目勇者も俺と同じく召喚されたクチらしい。俺が倒した先代はこの世界の人間だったはずだ。人間側も色々切り札を持っているもんなんだな。


 まあ、今日で殺してやるんだが。

 お前らが来るから俺はその度に告白を邪魔されるんだよ。


「早く鈴に会いたい……」


 そして早く告白したい。

 カノジョになってくれ。そして結婚してくれ。


 肘をつき、俺は嘆息する。

 約束の一年が経ったのに、俺は未だにこの世界で魔王なんかをやっている。


 ヴィクが帰還方法を見つけてくれたから俺は帰ることが出来たのだが、実はこれ、不完全なんだ。

 召喚魔法って、基本的には一方通行。行きの道はあるんだが、帰りの道を提示してくれないクソみたいな魔法だ。

 そこでヴィクは、時計型の魔法具を提供してくれた。行き先と滞在時間を設定してそこへ転移する。いわゆるテレポートみたいな魔法具だ。

 ただし、設定した時間が過ぎると元の場所に戻る。呼び出し機能もあるので、呼び出しがあると強制的に元の場所へ飛ばされる。

 本来は同じ世界軸でしか使えないのだが、魔王軍の参謀として活躍していたヴィクと、魔法の仕組みを研究していたアーネが知恵を絞り、俺とルルがありったけの魔力をぶち込んで、異世界に行けるように魔法具を調整してくれたのだった。


 長くなったが、要は――俺は一時的に外出している状態なのだ。

 魔王軍のある世界が実家で、鈴がたちがいる世界に時限旅行している。そんな状態だ。

 これもこれで「クソだ」とは思うが、帰る方法がこれしかなかったからしょうがない。


 また、困ったことに、未だに勇者が魔王の城に乗り込んでくるので俺は強制的に呼び出されている。それも迎撃のために。魔王がいなくても部下でなんとかしろよと思うが、そこはやはり勇者。ゲームで言う「中ボス」くらいの実力じゃ十把一絡、あっという間にやられてしまう。だから俺が出張らないとダメらしい。……非常に面倒だ。やっぱ四天王候補出しとかないとダメだな。


 鈴には適当に言い訳している。「まだやり残したことがある」とかなんとか言って。人前で消えた時は鈴が適当に誤魔化してくれているので助かっている。その辺りも含めて、鈴に本当のことを打ち明けて良かったと思っている。


 早く完璧な帰還方法を見つけて、魔王の座も次代に引き継いで、普通の高校生に戻りたい。


 遠見の魔法で様子を見ながら、俺は人差し指をくいと上げる。勇者御一行が調子に乗っているようなので、ここは異世界召喚の先輩として釘を刺しておかないとな。


「兵に伝えろ。〈雷鎚〉を落とす」

「はっ」


 伝令役が慌てて出ていった。情報共有まで数分もかからないと思うが、少し待っておこう。

 ヴィクがくすくすと笑って、メガネを押し上げる。


「魔王が板についてきましたねえ」

「一年もやってたらな。それより帰還魔法の進捗はどうなんだよ。毎回告白間際に呼び出されるとな、ワザとやってんじゃないかってキレそうなんだが」

「いや、それは偶然ですよ」

「偶然? お前ら魔法で俺の学校生活覗き見してるとかじゃねえの?」

「まさか!」


 ヴィクは首を横に振った。外見と言動が胡散臭い奴だから、本心を述べているとしても嘘っぽく聞こえるんだよな、こいつ。ま、念のため忠告しておこう。


「ヴィク。ルルとアーネにも後で伝えておけ」


 人差し指を下へ動かす。


「本気でやらないとこうだぞって」


 途端、外に雷鳴が轟く。眩い光が空から地へ。一筋の黒い光が勇者めがけて落ちる。

 人はそこに大きな鎚を幻視する。

 これが、俺が得意とする魔法〈雷鎚〉だ。

 

「分かってますよ」


 ヴィクが素直にうなずいたのを見て、俺は玉座に深く腰掛けた。


「うん、それならいいんだ。早く帰還魔法、完成させてくれよ」

「御意に」


 本当なら、こんな世界、どうだっていい。俺はこの世界の住人じゃないから。たまに、こんな世界、魔物・人間関係なく滅ぼしたっていいんじゃないかって思う。幸い、俺にはその力がある。

 でも、そんなことをしたら、元の世界に帰る仲間(手段)を失ってしまう。鈴にも顔向け出来ない。あいつ、妙に勘のいいところがあるから、これ以上あいつを悲しませることはしたくない。


 お人好しの鈴のことだから、きっと「一年も一緒にいたんでしょ? 旅もして仲良くなったんでしょ? 助けてあげてよ」とか言うに決まっている。


 うん。まあ、強制的に魔王になったけど、こいつらが平穏無事に過ごせるようになんとかするよ。


「良かったな、お前ら。俺の幼馴染みが鈴で」


 鈴の満面の笑みを思い浮かべ、俺は今日も魔王として君臨する。


 幼馴染みは、今日も世界を救ってるのだ。


【終】

世界を救ってるのは、ある意味幼馴染み(鈴)の方。

鈴の倫理観がバグってたら勇貴は面倒くさくなって、この世界潰してるんだろうなあ…。

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