第3話 【Ground zero】
『本当に来てしまった・・・』
感嘆の溜め息をついた私の目の前にそびえ立っているのは、104階建ての「One World Trade Center」ビルだ。
超高層ビルが林立するLower Manhattanの中でも一際目立つそのビルは、頂上に設置されたタワーを含めて1776フィート。
2014年に竣工した、アメリカ国内で最も高い建物である。
私がいる「Brookfield Place」からは、このビルを核とした「World Trade Center」の全貌を見渡す事が出来る。
「Brookfield Place」の西側はハドソン川であり、東側が「World Trade Center」という位置関係になる。
「World Trade Center」は、アメリカ人にとって特別な場所である。
かつてこの場所にはニューヨークの象徴として有名なツインタワービルが建っていた。
2001年9月11日の朝に発生したアルカイダによる同時多発テロ事件の結果、110階建てのツインタワービルを中心とした「World Trade Center」のビル群は跡形もなく倒壊したのだ。
テロ事件後に「ground zero (爆心地)」と呼ばれるようになったこの場所は、事件から20年近く経った今でも再建の途上にある。
私がこうしてニューヨークに来ている理由については説明が必要だろう。
元々ニューヨークに行くのは私の叔母だけのはずだった。
叔母は映画の美術を仕事にしており、業界内では名の知れた存在である。
彼女はその腕を見込まれ、ハリウッド映画「Eternal Journey(永遠の旅路)」の美術責任者として招聘されたのだ。
私はこの叔母に強い影響を受けており、自分もいつか映画関係の仕事に就きたいと願うようになっていた。
そして叔母が参加した映画「Eternal Journey」は、幸運にもニューヨーク映画祭で最優秀美術賞にノミネートされたのだ。
私の夢に薄々気付いていた叔母は、授賞式典に出席するメンバーの一人として私が出席できる様、イギリス人プロデューサーに掛け合ってくれた。
作品が興行的にも成功した事もあり、プロデューサーは叔母の強引とも言える願いを聞き入れてくれた。
こうして私は映画関係者という扱いで授賞式典に出席する事になった。
13時間のフライトの末、成田からの直行便がニュージャージー州のNewark Liberty国際空港に到着したのは、昨日の午後5時の事だ。
空港からはNew Jersey Transitを利用すれば、Manhattan中心部まで30分程で到着してしまう。
ニューヨーク滞在中に宿泊するホテル「Courtyard by Marriott New York Downtown Manhattan/World Trade Center Area」は、文字通り「World Trade Center」の目の前にあるため、ホテルから徒歩で行く事が出来る。
早起きした私は、授賞式に出発するまでの僅かな時間を利用して、「ground zero」を訪ねたのだ。
私はここで亡くなった2763人の犠牲者に対して静かに祈りを捧げると、再びホテルへと戻っていった。
次回は6月18日(金)20時に公開予定です。