03話 出会い
表紙をめくったその瞬間、まるで待っていたかのようにふわりとそれが浮遊した。
えっ!?
伸ばしていた右手がびくりと震えた。
まるで、蝉が目の前で息を吹き返したかのような気持ち悪さである。
俺が手を引っ込めたとき、本は俺の頭上付近まで上っていた。
重そうな見た目からは考えられない事態に俺の頭は混乱する。
ほんの少し冷静な部分が、いや、でも見た目の割に軽かったしな...なんて理由づけしようとする。
窓の締め切られた部屋の中で、パラパラとページが捲れていく。
恐怖で俺は身を硬くした。
ありえないことばかりが起こると人は動けなくなるらしい。
蛇に睨まれた蛙とはこのような気持ちなのだろうか?
次になにが起こるか見当がつかない。
怖い。
手を伸ばせば触れられそうな距離だったが、俺は固まったまま動くことができず、ただただ本を見つめていた。
パラパラと捲れる速度は段々と速くなり、丁度半分ほどに到達したように見えた。
その瞬間、視界が真っ白になる。
反射で目を強く瞑る。
本から強烈な光が発されたのだと頭で理解するよりもはやく、前から加えられた圧力によって体のバランスを失う。
必死に捕まるものを探して手を伸ばした。椅子の背もたれを掴み体を引き上げようとするも、体重の方が重く踏ん張れない。
ぐらり...
椅子ごと体が後ろへ倒れるのがわかった。
「....んぐぅ!?」
ごんっという鈍い音と共に呻き声をあげる。
じんじんと痛みを感じる後頭部。
そっと目を開くもぼやけた視界。
痛みを我慢しようと膝を胸に寄せぎゅっと体を丸くし、両手で後頭部を押さえる。
混乱した中でようやくさっき感じた圧力は強い風が吹いた事によるものだと理解した。
なんで風が起こったのかなんてもうわからない。
わからないことばっかりだ。
俺の髪が揺られていることからまだ風は止んでいないようだ。
といってもさっきの強風とは違い、頬をそっと撫でるようなそよ風である。
何度も瞬きを繰り返すと、滲んだようにぼやけていたフローリングが少し線を取り戻す。
しかし光の影響もあり、視界の中には白く光るような残像が残って見えにくい。
チカチカする目で本はどうなったのかと頭上を見上げる。
天井のクリーム色の中にそれよりも明るい白色が浮かんでいるように見えた。
黒い物体は見えなかった。
天井の端から端まで目で追ってみても、あの全てを吸い込むような黒色は見つからない。
視界を閉める白の割合が増えた気がして瞬きを繰えしていると、段々と線がはっきりし、残像も消え、視界がクリアになった。
しかし、浮かんでいるように見えた白色は消えない。
それは光による残像ではなかった。
...それは...人だった。
さっきまで本が浮かんでいた場所、テーブルと天井の間に胎児のように丸まった人間が浮かんでいる。
透けるような金髪が風でふわりと舞っては沈み再びふわりと舞う。
どうやら風はその人間を中心にして発生しているようだ。
白の塊に見えたのは身につけている服のせいだった。
白を基調としたフレアワンピースの裾が、風にすくわれゆらゆらと揺れている。
一切の汚れを寄せ付けないかのような白色は、淡く発光しているようにも見える。
俺はその不思議な光景に目を奪われていた。
怖さはもちろん残っていた。
でも、風に舞う金色や白が混ざり合う光景は神秘的で、綺麗だと思った。
ふっと丸まっていた人間が頭を起こした。
両足から掴んでいた手を離し、足をテーブルの方へ伸ばす。
テーブルから少し上の空間につま先を置き、直立のような体制になる。
ふよふよとテーブルにからほんの少し上に浮かんでいる。
頭は天井スレスレで、俺はよくぶつからないな、なんて思う。
丸まっていたからわからなかったが、少女のような外見をしているようだ。
ゆっくりと開かれる瞳。
大きな空色がのぞく。
部屋をくるりと見渡すと、2つの空色が俺に焦点を当てる。
少女があどけなく笑い
「こんにちは、マスター。」
そう呟いた。