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将来

作者: 喜木 海弐

将来



















 昔から父に憧れていた。

 幼い頃、あまり遊べないことを気にしていた父が自身の運転する飛行機に乗せてくれたことがあった。

搭乗する時は本当にこんなものが飛ぶのか落ちたりはしないだろうかとものすごい恐怖と不安があった。

 しかし、飛行機が動き出し徐々に加速して飛びたって安定した空中遊泳を始めたころ、ふと自分の父がこの塊を運転しているのだと思い出した。なぜか父が運転しているんだと思うだけで安心感を得られた。

その時きつく自分に絡まりついていた恐怖の糸が解けて行ったのを今でも覚えている。

 窓の外に広がる雲海に飽きたころだった、なんとなく周りを見回してみた。

客席で眠る乗客やカタカタと忙しげにパソコンをにらむ乗客、隣の座席の人と楽しげに談話する乗客、そうか、私の父は毎日これだけの人を運んでいるんだな、父の仕事は凄いんだなと思った。

それから季節はすぎて高校一年生になった。将来のために一年のうちから勉強に明け暮れる日々を過ごしている。

そんなある日だった。

信じてはもらえないかもしれないけれど、家に帰ったら自分の部屋のドアが光っていた。

ついに勉強のし過ぎで頭がイカレたんだなと思ってドアを開けたら部屋の中までイカレていた。

部屋に置いてあるものが全く違う上に中に髪の長いお姉さんが立っていた。

お姉さんはこっちを見るなり驚いた顔をして「誰?」と言ったが「あっ!」と声を上げたかと思うと「なんで? どうして?」とぶつぶつとつぶやき始めた。

 何がどうなっているのかさっぱりわからない。

この人は誰で、なんで私の妄想にあらわれているのかと考えていると「あのさ」とお彼女が声をかけてきた。

「どうして私の元に来たの?」

 真剣な顔で彼女は言う。

 訳がわからなかった。この人は何を言ってるのかとポカンとしていると

「なるほど、そっちもわからない感じだ」と笑う彼女。

「私はね、未来の貴方なの」

 あぁなんて小説や映画で使い古された設定のようなばかばかしいはなしをしだすんだろうかと心底呆れた。

しかし、彼女の顔をよくよく見ると私の顔を大人びさせたかのような顔立ちをしているような気もしてこなくもない。

「証拠、あるんですか?」

 恐る恐る口を開け聞いてみた。

「証拠か~、ほれ」

 彼女が見せてきたのは運転免許証だった。

 確かに私の名前が書かれている。

 しかし、これで未来の自分だと断定するのは時期尚早というものだ。

 同姓同名の不審者もしくはイカレた私の頭が作り出した架空の人物かもしれない。

 免許証を睨むように見ながら頬をつねってみる。

 少なくとも頬が痛いので──妄想の可能性は残っているものの──夢ではないし誕生日が同じところから同姓同名の別人と言う可能性は低い。

 この人を未来の自分だと信じてみるとしよう。

「あのさ、自分の時代に帰れるの?」

「あっ! 帰り方わからないです」

 帰れないかもしれないと思って初めて怖くなった。

 これが妄想で会ってくれたならいいがもし現実であった場合私は帰れないかもしれない。             

そう思った瞬間怖くなった。

 私の表情から恐怖を感じ取ったのか彼女が、未来の私が私に

「大丈夫、何とかなるから」と励ます。

 ため息が出る。本当に大丈夫だろうか、何とかなるのだろうか、不安でたまらなくなる。

「まず、原因探ろっか。どうやって来たの?」

 彼女が聞く。

「自分の部屋のドアを開けたらお姉さんの、未来の自分の部屋で……」

「なるほど、ファンタジーさながらの方法できたわけだ」

 「凄ねぇそれ」と拍手をする。そんな場合じゃないっていうのに。

 そんなことを言っている暇があるなら帰る方法を考えてほしいと思っていると表情にでていたのか

「ごめんごめん」と手を合わせてへぺろと舌を出す。

「それよりさ、もう帰る方法がわかったかもしれない」

 彼女は微笑を浮かべて言った。早いな。

「ほんとに? ですか」

 私が食い気味に聞くと

「焦らない焦らない、まだ帰れると決まったわけじゃないから」と彼女は言った。

「ファンタジーものではね元来たところに帰る方法っていうのは大体決まってる、神様に帰してもらうか来た時と同じことをするんだ。たぶん今回の場合後者」

 彼女は真剣に言う。

馬鹿げていると思った。ファンタジーものではそうかもしれないが実際そうなる可能性は低いだろう。

「それファンタジーものでの話ですよね」と私が言うと

「まあまあ一回試してみよ」と楽天的な事を言う。

 どうせ無理なんだからと思いながらドアを開けて部屋の外に出てみる。

 まだお姉さんがいたら文句を言おうと開けたドアの向こうに彼女はいなかった。

「あぁ帰って来たんだ」

 口から漏れるようにその一言が出た。

 自分の時代に帰ってきた安堵感が押し寄せる。しかし同時に未来の自分ともっと話がしていたかったとも思った。

 未来の自分は何をしているのか、恋人はできているのか、同じクラスのみんなは未来でどうしているのか、自分は夢をかなえてパイロットになれているのかなど聞いてから帰ってくればよかった。

 もう未来の自分には会えないだろう、と思っていたが、翌日の事だ。

 またドアが光っていた。

 心なしか昨日よりも光が強いような気がする。

 私はそっとドアノブを回してドアを開けると昨日と同じように未来の自分がいた。

「お姉さん」

 思わず口に出す。

「おおまた来たんだ」

 お姉さんはベッドで漫画片手に言う。

 ああ、これが未来の自分だと信じたくない、だってなんか自分の部屋だからってちょっとだらけすぎだし……

「時間ある?」

 漫画を置きこちらに目を向けた彼女は言う。

「あり、ますけど……」

「敬語やめよ、自分同士なんだから」

「はい」

「また敬語出てるよ、まぁいいけど。それよりさ、話さない? 過去の自分にいろいろ言いたいことはあるし」

 アドバイスされたくないなと思った。

 この人はあれこれ口出ししたいだけだし多分口出しされても結果は変わらないだろう。

「いやだ」

 自然に口から出た。そのまま嫌な顔をして彼女の方を向いていると

「あ~なるほど~私に私生活についてアドバイスされたくないんだ」

 彼女はにんまりと不敵な笑みを浮かべる。

 図星である。きっと未来の私だからある程度考えていることがわかるんだろう。これは面倒だ。

 だとすればどうあがこうとも結局はアドバイスを聞くことになるのだろう。仕方ない、素直にアドバイスに応じよう。

「はぁ~」

 自然にため息が出た。

「そんな嫌?」

 彼女は困り顔で聞いてくる。

「いや、そういうわけじゃ」

 反射的にそう答えていた。

「じゃあ話しよう」

 彼女がさっきとはまるで違う抑揚のある声で言う。顔もニンマリ。どうやらはめられたらしい。

「今の趣味何?」

 彼女が聞く。

「料理、かな」

「あ~そうそう料理よくしてたな~」

 彼女は懐かしげに言う。過去の自分の事なんだから趣味からなにまで分かるだろうに。それなのになぜ聞いたんだろうかと思っていると

「私料理いまでもやっててさ、調理師免許とったよ。ちなみに今何つくってる?」

「唐揚げとか肉じゃがだけど……」

「そっかそっかもうそこまで、それじゃあさ」

 彼女は人指し指を立てる。

「アレンジ加えてみるといいよそれからそれから……」

 彼女は喋り続けた。その中で相談事を聞いてもらったり学校の事を話したり色々な事を話し、いつの間にか二人は意気投合していた。そしてあっと言う間に時間は過ぎた。

 時間は五時三四分、そろそろ帰らないといけない。帰って家で料理の支度をしなければならないのだ。

 別れを惜しみ手を振りながらドアを開け元の時代に帰る。

開けた先にはいつもの日常が待っていた。  

料理を作りそれを家族と食べ、お風呂に入ってから自室の布団に直行。

これだけいつも通りだと彼女と過ごした時間が嘘のようだった。私は夢でも見ていたんだろうか、いや違う現実だ。確かにお姉さんと楽しい時間を過ごしたのだ。明日も会えるといいな、そんなことを考えているうちにいつの間にか夢に飲まれていた。

翌日、学校で将来について考える時間があった。

原稿用紙二枚分将来について書けという面倒な内容で、結局授業中に終わらせることはかなわず、今日中提出だったため、しぶしぶ放課後残ってまでやることになった。

家に帰るともはや見慣れた光景となった光るドアが私を迎える。

スクールバッグ片手に私がドアを開けると今日はお姉さんがいなかった。しかし確かに未来の自分の部屋である。

おかしいなと思い、何故いないのか、予想をいくつか立てた。

・この部屋から引っ越した説、

・仕事が長引いている説、

・次元のはざまに吸い込まれた説、

この中では一番可能性が高いのは仕事が長引いた説だろうかと考えひとまず本棚にある漫画を読んで待つことにした。

三冊ほど読み終わった頃だろうか、ドアが開いた。

お姉さんが帰って来たのだ。

「ただいま、もう来てたんだ」

「おかえり、仕事?」

「まぁねぇ」

 そう言ってお姉さんは笑った。

「そういえばお姉さんは仕事何やってるの?」

 私は前々から聞きたかったことを聞いた。

「えっとね、公務員やってる。地方公務員」

 お姉さんは言いにくそうに言う。私の憧れを知っていて夢破れていることを伝えるのはさぞかし複雑だっただろう。

「そっか、公務員かぁ……」

 私はそれだけしか言えなかった。

 会話が止まってしまった。

 何も言えなかった。それは憧れ続けていた仕事になれていなかったことへの失望からだった。

 なんとなくわかってはいたのだ、パイロットの仕事に就けていない事は。

 もし就いていたとすればこんな時間に家にはいない、というかほとんど家に居ることはないはずだ。

「そういえばさ、昨日お姉さんに教えてもらった唐揚げをサクサクにする方法試してさ……」

 そんな風に話題を変えた。気まずい雰囲気を打破しようと考えてのことだった。

「そうなんだ、美味しくなったでしょ」

 目論見は成功したようで再び仕事の話はなかったかのように会話が再開した。

 そうしてその日は最後まで仕事の話を聞けないまま終わった。お姉さんの顔はーー特に目はーードアを閉めるその時までぎこちないままだった。

 光るドアを抜けまたドアを開けて自分の部屋に戻ってから未来の自分が夢破れていたことについて考えた。

何故子供の頃からの夢を未来の自分は諦め地方公務員をしているのだろうか、今の自分が納得できる理由はあるのだろうか、いつか聞かなくてはならない、お姉さんと会える間に。

そう思ったまま一か月が過ぎたある日、お姉さんと話をしていると

「あのさ、最近なんか私が話してるとき違う事考えてるでしょ。当たってる?」と言われた。

 当たっている。

さらに彼女は

「それは仕事関係の話でしょ」と続けた。

 うんともすんともはいとも言えずにいると私のわかりやすい図星顔から察したのか勝手に喋りはじめた。

「話さなきゃとは思ってたんだけどね。大切な時期に話していいのかなって思ってためらってたんだよね。ごめん。

私が公務員になった理由だけどね、実は飛行機のパイロットはやってたんだ。

専門学校出てさあやるぞ~って感じで毎日頑張ってたんだけどある日苦情が来た。

 女がパイロットやってるなんて不安だ、辞めさせろって苦情だった。

 上司は気にすることないって言ってくれたけど、苦情は日を追うごとに増えた。

 その多くはお年寄りの方で私が飛行機を操縦するんだと知ると苦情を言ってきた。

 そのうち私は鬱になった。でも、専門学校の高い学費を返して行く為には続けないといけなかったから、眠れない夜が続く中、寝不足で毎日仕事に行ってた。

 だけどそんなことをしてたから鬱が悪化して朝起きられなくなって病院行く事になって。

お医者さんに仕事休んでしばらく療養したほうがいいって言われたから、仕事休んで治まってきたころに仕事に戻ったら、また苦情いっぱい来てさ、それで鬱がまた悪化して病院行って。

 それを繰り返して結局、会社から切られちゃった。

 それから仕事探してたら中学校の頃の友達が地方公務員してて働きやすいって勧めてくれたから公務員試験受けて受かって晴れて地方公務員になりましたっていう理由」

 お姉さんはふぅと息をついた。

 私はお姉さんの話にただただ驚いていた。

お姉さんの苦労とその数奇な人生を自分がこれから体験することになるのだから。

正直、実感が湧かなかった。

お姉さんは真剣な顔で

「進路変えたくなった?」と聞く。

「ううん、そんなことない」

 私は、もし自分の人生が失敗するのだとしてもこのお姉さんになりたいと思ったのだ。

この一か月お姉さんを見てきて私は、お姉さんが楽しそうに生きているように見えたのもあったのかもしれない。

「そう答えると思った」とお姉さんが笑う。

「じゃあそろそろ時間だね」

「エッもうそんな時間!?」

 彼女に言われて気づいたが時計は六時を回っていた。

「じゃあまたね」

「うん」

 別れを言ってドアを開け急いで料理を作りに台所へ走る。

 あとはほとんどいつも通り、そんな感じで一日が終わった。


 翌日、学校から帰るとドアは光っていなかった。

 どうやら昨日が最後だったようだ。

 こんな日がいつか来るとは思っていたが今日だとは思わなかった。

 涙がボロボロ出てくる。

 ああ、泣いてちゃ駄目なんだ。そう思えば思うほどに涙は出てきた。

「さよなら、お姉さん。これからもっと成長して頑張るから、応援してね」

 そうつぶやくと涙を拭いた。



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