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禍つタケルの怪異事件録  作者: Gibson
第1章 寺島沙希の怪
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第9話



   ――― 9 ―――



「………………」


 街灯が照らす薄明かりの下、無言で足を進める3人。健が先頭を小走りに行き、それに周囲をきょろきょろと気にした様子の沙希が続く。狐狸丸は最後尾をのほほんと跳ねるようにステップをしており、何が楽しいのかその辺の雑草を引き抜いては放ったりなどしていた。


「…………たけるさん」


 もう10分近くも無言の時間が続いただろうか、不安気な少女が耐えかねた様子で健のすそを引いた。


「どこへ向かってるんですか。それくらい教えてくれても――」


「ついたぞ」


「え?」


 目の前にあるのは、商店街から1本外れた裏路地にある、小さな店。


 健は店先に座り込んでいる首から上がない男に「やぁ」と手を上げて挨拶をすると、昔はモダンだったろうが、しかし今ではレトロと呼ばれる洋風の喫茶店に足を踏み入れた。


「喫茶、いざなひ……」


 入り口の看板を読んだのだろう、沙希がぼんやりと発した。健は振り返って彼女を見ると、店の中へ入ってくる様を観察した。


「ふぅん。まだ、そこまでじゃあないのか」


 少女は不安そうにしているものの、何かに驚いたりした様子はない。入り口の首なし男が見えていないという事だろう。彼女の肩越しには人差し指と親指で丸をつくる狐狸丸の姿も見える。


「あらぁ、健ちゃん。珍しいわねぇ。もしかしてその娘、例の?」


 カウンター奥から姿を現す、尊き神ことアマテラス。エプロン姿がいくらか俗ではあるが、その美しさはちっとも損なわれておらず、顔には慈愛の微笑がうかんでいる。


「やぁ母さん。紹介するよ。彼女が同級生の寺島沙希。奥を借りても?」


 さして広くはない店内で、席はカウンターがいくつかと4人テーブルが4つ程ある程度だが、見れば5名程の客が入っている。ちらちらとアマテラスの方を見ている事から、彼女目当てなのだろう。


「どうぞ、ごゆっくり。後でコーヒーを持っていくわぁ。あ、それとも紅茶の方が良いかしら?」


 顔に手をあて、どうかしらと首を傾げるアマテラス。何やらぼんやりとした顔で彼女を見つめていた沙希は、自分の事を聞かれているのだと気付いたらしく、慌てて「おかまいなく!」と手を振った。


「あらあら、でもそういうわけにはいかないわぁ。うん、せっかくだから、特製のお紅茶をいれましょうか!」


 何やらうきうきとした調子で、アマテラスがカウンターをごそごそとあさり始める。沙希は恐縮した様子で何か言おうとしていたが、健は「行こう」と構わず彼女を促した。


 カウンター脇にある「従業員用」と書かれたドアを押しやり、狭い廊下を進む。廊下はそれなりの距離があり、路地から見た限りでは想像もつかない広さにみえる。


「中央は通らない。盛り塩と注連縄しめなわには触れない。髪が触れないよう、ちゃんと屈むように。特に紙垂しでには…………この紙の部分の事だね。注意して」


 廊下の突き当たりに設けられた小さな鳥居。いなづま型に折られた紙を下げた太い注連縄が取り付けられているそれは、その場所に不釣合いなせいもあり、異様な存在感を発している。


 健は注意深く鳥居の隅近くを通ると、現代的な建物の内部に設けられた不釣合いな土間の土を踏みしめ、奥の観音扉へと手をかけた。ちらりと振り返るとおっかなびっくりといった様子で鳥居をくぐる沙希の姿が見え、大丈夫そうだなと小さく頷く。


「まぁ座ってくれ。ここは住家じゃあないけど、オーナーが母なんでね。自由に使わせてもらってる」


 扉向こうに現れたのは、20畳程の広さがある純和風な一室。床には畳が敷き詰められ、障子と欄間らんまからは夜であるのに柔らかい光がもれている。


 1段上がった床の間には掛け軸がかけられており、そこには下手糞な文字で「バズりたい」と書かれていた。きっとアメノウズメが書いたのだろう。


 全体の雰囲気としては広めの旅館の1室といったもので、特に変わった何かがあるわけではない。しいて言えばそこかしこにヒトではない何かがうろついているが、せいぜいそんなものだ。


「はい…………その、どうしたら」


 顔を引きつらせた沙希が、座布団を手にまごついている。彼女の足元には恐らく猫あたりだったのだろう何かがまとわりついており、ときどき「にゃあ」とそれらしい声をあげていた。足りないのは毛と目玉と、他に何点か。


「気にしなければいい。今まで気にせずやってきたんだろう? 今更じゃあないか」


 健は床近くで指を小さく動かすと、猫らしきそれをおびき寄せるべく「チッ、チッ」と舌を鳴らした。しかしそれは一瞬健の方を見たものの、大して気にした様子もなく、つんとどこかへ行ってしまった。


「うひひ、たけるフラれてやんの」


 狐狸丸が楽しそうに笑い、座布団を枕に横になる。フラれた男はふんと鼻を鳴らすと、つまらなそうに腕を組んだ。


「失礼、します。こういうの、当たり前なんですか?」


 沙希が座りながら、うさんくさそうな目を向けてくる。それに健は「残念ながらね」と正直に答える。


「ただ、何をもって普通とするかにもよるな。俺にとってはこれが普通だし、今の君にとってもそうなる。しかしほんの数日前までは違ったろう?」


「まぁ、そう、ですけど…………それで、つまり、何なんですか。霊みたいな、そういったものなんですよね?」


「それについてはものによる、としか言いようがないな。けどまぁ、そう思ってもらってもまったく問題ないよ。実際のところね」


「はぁ。なんだか、はっきりしない答えばかりです。さっきから」


「はっきりしない、か。おぼろけ、おぼろけ。実際にそういうものだから、そう言われてもね」


 健は別に嘘をついているわけでも、彼女を煙に巻こうとしているわけでもない。ただ彼が知っている限りを誠実に話しているつもりだが、しかし沙希はそうは思えなかったらしい。かわいらしい顔に皺が寄ってしまっている。


「全てを理解しようとする方が間違ってるのさ。だから、『どうして』と『どうすれば』に絞って考えようじゃないか」


 指を一本二本と上げ、健がそう提案する。沙希はなんだか納得がいかない様子ではあったが、しぶしぶといった体で頷いた。


「まずは『どうして』だ。これは前にも言ったが、君は誰かにしゅをかけられたんだ。呪文じゅもん呪言じゅげんと呼ばれたりもすることもあるね。力を持った言葉だ」


 沙希へ指をつきつけ、そう説明する。沙希は健の指先を見ながら、「呪い、ですか」とわずかに首を傾げた。


「呪われたって事ですよね。呪いとか、そういうの、ちょっと信じられません」


 普通の人間による、普通の答え。健はまぁそうだろうなと思いつつ、「あれを見てもか?」と先ほどの猫らしきそれを指で示した。


「うっ、そう言われると、そうなんですけど」


 少女は毛がないにも関わらず毛繕いをしているらしいそれを目にすると、いくらか頬をひくつかせた。


「ああいったものが見えてしまっているのも、その呪のせいさ。あれらは常世とこよの生き物だ。現世うつしよにいる我々とは、同じ空間でも別の場所にいると言っていい。普通はね」


 猫らしきそれは大きくあくびをすると、とてとてと外の方へ向けて歩き出す。やがてそれは障子に差し掛かると、驚いたことにまるでそこには何もないかのように、するりと向こう側へ抜けていってしまった。健は丁度良いとばかりに「納得かい?」と尋ねると、「頭では」という引きつった顔での肯定がされた。


「まぁ、厳密に言えばそれも正しくはないんだが、そう考えておいて困る事はないよ。そして『どうするか』だが、これは簡単だ。君にしゅをかけた人間を探し出せばいい」


「そうすれば、呪いが解ける?」


「…………そうだね」


「その間は何ですか?」


「気にしないでくれ」


「き、気になりますって」


 不安そうに身を乗り出してくる沙希。しかし健は正直に話す必要はないと、強引に話を進める事にした。


「まぁそういうわけで、いつか君に誰かに恨まれるような憶えはあるかと聞いたわけだ。しかしながらそういった記憶はないようだから、きっと逆恨みか何かなんだろうと俺は考えている。最近、妙に視線を感じるだとか、誰かにつけられている気がするとか、何かそういった事は?」


 わざとらしくならないよう、自然に話す。すると想定通り、沙希は少し驚いた様子を見せた。


「あ、ありました! 私それで警察に相談して、でも、勘違いだろうって言われて…………」


 声が尻すぼみに小さくなり、少女はうつむいてしまう。健が続きを促すべく、「気のせいだったのか?」と尋ねると、沙希は不服そうに首を振った。


「ほんとに、いたんです。何回か。学校帰りをずっとつけてきていて、家の前までです。春先にしては暑そうな格好だし、帽子とサングラスだなんて、いかにもですよね? 動きも変だったし、それで印象に残ってて」


「そうか。変質者ではなく、ストーカーねぇ。いや、どっちも同じようなものか。そういや先生、今日は弁当持参だったな」


「はい?」


「いや、こっちの話だ。ちなみにそいつの性別はわかるか?」


「いえ、あ、どうでしょう。部活帰りが遅いので、もう薄暗くなってましたからはっきりとは。でも、女性、だったと思います。たぶんですけど。背はあまり高くなかったので」


「なるほど。だが根拠としてはちと弱いな。部活というのは、確か吹奏楽だったか。そっちでは何か揉め事があったりはないんだな?」


「え? いえ、ありません。フルートをやってるのは私だけで、ライバルとかそういうのもいません。一昨日も谷岡先生がフルートは教えられなくて残念だって」


「そうか。独学とはおそれいるね。しかし女性というのはこちらとしても助かるが、そうなると、うん。どういう事だ。良くわからんな」


 顎に手をやり、天井を見つめて首を捻る健。


 相手が女性だというのは、寺島沙希に取り憑いた怪異が水子である事から、納得ができる。それはそれで良い。


 問題は、健が目星をつけていたしゅの元が男であるということだ。


 実際のところ、現在までの流れから健は元凶であろう人物にある程度めぼしをつけていた。だが沙希の話を聞くにつれ、どうにも自分の考えに自信が持てなくなってきてしまっていた。


 呪をかけてきた相手が沙希のかなり身近にいる人物だろうというのは恐らく間違いない。理由は穢れの進む早さで、これは沙希が日常的に対象と近しく接している事の表れと思われた。


 健の予想している相手はまさしくその条件に合致するが、しかし性別が異なる。ストーカーが今回の件と無関係ということも十分にありえるが、無視して良い偶然とも思えない。情報元がオモイカネである事から、彼によるアラワレである可能性があるからだ。


「面倒だな。こちらから仕掛けてみるか」


 健はぼんやりとそんな事をつぶやくと、次の行動についてを思案し始めた。それはお盆を手にアマテラスが現れるまで続き、その間中ずっと不安そうな顔をしている沙希に彼は気付いていたが、しかしどうでも良い事だと思っていた。


 彼の目的は呪の元凶を見つけ出す事であり、沙希を救うのは二の次だった。もちろん助かるに越したことはないが、せいぜいそんなものだった。


 大和健は常識人だったが、善人ではなかった。




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