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禍つタケルの怪異事件録  作者: Gibson
第1章 寺島沙希の怪
8/21

第8話



   ――― 8 ―――



「わお、ビンゴか。ウズメサマサマだな」


 翌日の放課後。屋上の地べたにだらしなく横になった健は、オモイカネから送られてきたメールをスマートフォンで確認しつつ、そんな感想をもらした。


 添付された画像には、何かのSNSサービスのものらしい吹き出し付きの文章がいくつも並んでいる。不恰好に切り取られて重ねられたそれは、全て同一の人物の書き込みとなっていた。


「どれどれ、みしてみして。沙希にゃんの書き込みだよね?」


 興味津々といった様子の狐狸丸が手元を覗き込んでくる。彼女の髪の毛が健の鼻をくすぐり、健は不快そうにそれを払った。シャンプーや石鹸といった年頃の女性らしい香りではなく、土の匂いだった。


「ふむふむ。だれかに見られてる気がする、か。何だろ。覗き? ストーカー? 沙希ちゃん美人だもんねー。わかるわかる」


 何が楽しいのか、にこにことしている狐の化身。健はいい加減うっとおしくなった金髪を手で払うと、スマホを閉じ、大きく伸びをした。


「たそかれ、たそかれ。逢魔時おうまがときはいいねぇ。常世とこよ現世うつしよが交じり合ってる。まるで現実世界だ」


 太陽が姿を隠し始め、あたりは1秒1秒を追って闇に包まれていく。今の所夕日が景色を橙色に変えているが、いくらもしないうちに青の世界に変わるのだろう。


「マガツ、マガツ。大禍時おうまがときかぁ。最近は黄昏時って言葉もあんま使わないみたいだね。ちなみに僕はこれからの時間の方が好きだよ」


 狐狸丸が隣にひょいと寝そべり、「川の字だねー」などと言いながら健と同じような格好をする。顔に髪の毛がかかるのはきっとわざとだろう。


「そうなのか。じゃぁ、狐の時は夜行性だったんだろうな。昼に活動するやつもいるんだろう?」


「どーだったっけかなぁ。あんまり昔の事だから良く憶えてないよ。あー、ちがうか。前世だから?」


「いや、俺に聞かれてもな。本当は狸だったって可能性もあるんじゃないか?」


「ん? ん? 喧嘩売ってるのかな?」


 狐狸丸が上体を起こし、頬杖をつく。逆行でその顔は良く見えないが、口元は笑っているように見えた。


「君がもっとマガツヒトだったなら、とっくに食べてるんだけどなぁ。ねぇ、どうだろう。いまからその辺の神社に行って、罰当たりな事たくさんしてくるってのは」


 冗談めかした口調。しかし健にはそれがいくらか本心が混ざっているような気がして、笑えばいいのか怒ればいいのか、なんともいえない表情を浮かべる事となった。


「まぁ、時期にそうなるかもな」


 左手を自らの胸に置き、その鼓動を感じる。するとそこへ狐狸丸の手が伸ばされ、左手の上に添えられた。


「ふふん。期待してるよ。そのために僕はここにいるんだから…………おっと、お客さんだね。ハレ、ハレ。どこかでくだんが死んだかな?」


 狐狸丸が体をまわし、屋上入り口の方へと顔を向ける。健もあごを上げてそちらを見やると、そこにはひとりの人影が。


「あ、あの…………ご、ごめんなさい、お邪魔でしたか」


 おずおずと、寺島沙希が苦い顔で言った。彼女は確かに健らに話しかけてきているようだったが、しかし視線は周囲のあちこちをさ迷ってる。気まずいというよりは、明らかに何かに怯えている様子だった。


「いいや、構わないよ。こいつとはそういう関係じゃない。丁度聞きたい事もあるしね」


 にやりと笑い、手招きをする健。しかし沙希は聞こえているのかそうでないのか、おどおどとした様子でその場にとどまっている。


「何を、してるんですか」


 ようやく健の方を見て、縮こまった女子高生が言った。健は眉をひそめると、埒があかないとばかりに立ち上がった。


「何って、昼寝みたいなものさ。夕方だけどね。何かおかしいかい?」


「お、おかしいに、決まってるじゃないですかっ。それ、なんですかっ」


 震える指先を、少女が健の足元へと向けて来る。それを追うと、そこにはにこにこと体育座りをしている狐狸丸の姿が。


「こ、狐狸丸さんじゃありません。隣、隣ですっ」


 健の納得がいかない顔つきに気付いたのだろう、沙希がすぐに言った。健はついと視線をずらすと、女子生徒の死体らしき肉の塊をみやった。


「何って、俺が知るわけがないだろう。さっきここに来たんだぜ?」


 制服とごっちゃになった肉の塊は、見ようによってはなんとか人の形に見えなくもない。それは時折ずりずりとその場で蠢き、小さく痙攣していた。


「ゆ、幽霊なんですか? そういう、あれなんですよね? そうですよね?」


 いつでも逃げられる格好とでも言えばいいのか、上体を大きく引いている沙希。


「さぁ。飛び降り自殺をした生徒がいるなんて話は聞いた事がないから、違うんじゃないか? ここは今ナギだ。アレてはいない。あぁもちろん、知らないだけで実際にはいるのかもしれないけどな」


 健が視線を下ろすと、狐狸丸が何やら楽しそうに肉の塊をつついている姿が。きっと小学生が虫を困らせて楽しんでいるようなものなのだろう。


「じゃあ、じゃあ、何でいるんですか。おかしいじゃないですかっ!」


「別におかしくはないさ。きっと誰かが学校とはそういうものだと思ったんだろう。怪異があるから人が感じるわけだが、しかし人が感じなければ怪異は現れない」


「は、はい? 何を言ってるのかわかりません!」


「要は卵が先かニワトリが先かというやつさ。原因があって、結果が現れる。つまりは因果律だな。連中はその外にいるって事さ。それより少し落ち着くといい。あれは君に悪さをしない」


 健は沙希を屋上入り口の壁沿いに追いやると、肉の塊が見えない場所へと移動した。狐狸丸は少し名残惜しそうにしていたが、どうやらついてくる事にしたらしい。とててと小走りに寄ってくる。


「はぁ……はぁ……」


 沙希は胸を押さえ、息を荒くしている。狐狸丸が「眠らせる?」と尋ねてきたが、健は「やめとけ」と首をふった。


「もう常世とこよへ片足を突っ込んでるようだからな。時間が経って消えるどころか、逆にはっきりと見えるようになるだけだ」


 健はそう言うと、少女にその場へ腰掛けるように促し、自らもそうした。


 そして少女が落ち着くまでをしばらく待つと、「この間の夜の事を覚えているか」と質問をした。沙希は迷った様子だったが、やがてためらいがちに首を縦に振った。それに健はどうしたものかと腕を組んでしばし思案をすると、口を開いた。


「こういったケースはレアだが、ないわけじゃない。まぁ、なんだ。その泣き腫らした目を見る限り、ここ以外でもああいったものを目にしたんだろう? 判り易く言うと、君にはそういったものを感じれる才能があったって事だな」


「才能、ですか。嬉しくありません。ぜんぜん」


「まあ、そうだろうね。俺だってできれば遠慮したかったさ。しかも君よりずっとひどいと来てる。神を恨めれば良かったんだが、事情があってそれもできない。踏んだり蹴ったりさ」


「…………わかりません。何もわかりません。お願いですから、説明してください」


「ふむ。まぁ、そうするのはやぶさかじゃないよ。こっちも聞きたい事があるしね。で、何を知りたいんだ?」


「……何を? そんなの、ぜんぶです! ぜんっぶです! わけがわかりませんっ!!」


「うっ、そ、そうか。わかった。わかったから、ちょっと落ち着いてくれ」


 鬼のような形相で迫られ、一歩二歩と後ずさる健。それを狐狸丸は実に楽しそうに見ていたが、ふと何かに気付いたように首を巡らし、そして言った。


「ん~、ここはそろそろ良くなさそうだよ、たける。マガツ、マガツ、マガツ香り。アレはじめてきたね。ほんとの大禍時おうまがとき


 夕焼けに染められていた景色が、気付けば夜どころか、逆に赤みを増し、しかし太陽はその輝きを失ってきている。コンクリートで出来ているはずの床に茶色い錆びが浮かび、ぐるりと一周する柵は人の腕へと変わっていた。


「早いなぁ。君とこことの組み合わせが、どうにもまずいらしい。場所を変えようか」


 健は少女の手を引くと、足早にその場から立ち去る事にした。

 太陽は黒に。そして空は赤で染まり始めていた。




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