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禍つタケルの怪異事件録  作者: Gibson
第1章 寺島沙希の怪
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第3話



   ――― 3 ―――



「彼氏? 沙希に? わ、やっぱ気になっちゃうわけ?」


 興奮した様子でクラスメイトの女子3人が目を輝かせている。健は彼女らの反応と声の大きさにいささかげんなりしたが、それを顔には出さず、にこにこと人受けのする笑みを浮かべていた。


「まぁね。昨日言ったあれはもちろん冗談だけど、でも全部が全部そうってわけでもない、かな?」


 健が思わせぶりにそう言うと、年頃の女性が良くそうするように、3人は揃って口元を手で隠しながら、小さな悲鳴と共に身を引いた。


 彼女らは互いに目を合わせると、「ほら、やっぱり」だの、「まじやばい~」だの、思い思いをひそひそと話し始める。声のトーンは抑えているが、もちろん隠そうとしているわけではないらしい。意味があるかどうかはさておき、十分に聞き取れる。


「別に彼女に限った話じゃあないぜ。皆と仲良くしたいと思ってる。君らはどうなの? 彼氏、いるの?」


 いたずらめいた表情を浮かべ、内緒話をするように、ずいと乗り出して尋ねる。それぞれは「やだー」や「えぇー」といった否定の文句を発するが、表情を見るに言葉通りの感触というわけではなさそうだ。


「歩美は3年生の先輩と付き合ってるんだよねー」

「ちょっと、言わないでよ。せっちゃんだって彼氏いるじゃん。4組の。あ、別れたんだっけ?」

「え、あたしそれ聞いてない。嘘、まじ?」

「まじまじ。あの時ケータイ越しにせっちゃんチョー泣いてたもん」

「やーもー、今はもう全然ですー。私フリー。あ、健君、私の事要チェックしてくれてもいいよ」

「せっちゃん年上好みじゃなかったっけ。先生と付き合ってみたいとか言ってたじゃん」

「ちょ、ほんとやめてよー。つーかうちのガッコ独身の先生いないしー」


 女3人寄ればという言葉があるが、それが真実かどうかはともかく、少なくとも目の前の3人はかしましく喋りたてている。健は心中どうでも良い話だと達観してはいたが、しかし仲良くしておくに越したことはないので、興味深そうな素振りをしながら聞いていた。


「おーおー、たーけるー。元気そうじゃん。さっそくナンパ? ナンパ? 手が早いなぁ」


 おしゃべりに夢中の3人とは別の方から、いくらか鼻にかかった女性の声が聞こえてくる。健はわざとらしく口を尖らせると、大きく肩をすくめた。


「人聞きの悪い事を言うな。女性に興味がないとは言わんが、そこまで貪欲じゃあない」


 健がそう言うと、「どーだかねー」と小さく舌を出す女。健は「こんちくしょう」と冗談めかしつつ発すると、良く見知った声の主を見た。


 ぱちりとした真ん丸い目に、少し笑っただけでも覗く特徴的な八重歯。薄茶色の髪が大きなふたつのお団子にまとめられ、それでも余った残りがさらりと降ろされている。


 グラマーなスタイルはそれだけを見ればなかなかに魅力的だが、しかし中身のぽんこつ具合を知っていると、なんとも残念な気持ちになる。もう何年かして大人になればという期待も、残念ながら彼女の場合は難しい。


「ちょいとお手洗いに。戻るまでお前よろしくな…………あぁ、こいつは狐狸丸こりまる。大和狐狸丸。俺の双子の妹で、隣のクラスに編入。おもしろい名前でしょ? 仲良くしてやってくれると嬉しいな」


 健は鼻声の女を椅子へ誘導し、3人へそう紹介すると、小さく頭を下げつつ席を立った。後ろに聞く声は賑やかな様子で、問題なく目的は果たせそうだった。誰とでもすぐに仲良くなれるのは、数少ない狐狸丸の特技のひとつだ。


 なお双子というのは、表向きそういう事になっているし、戸籍上もそうなっているが、実際にはまったくの出鱈目でたらめだ。まるで染めているかのような茶色い地毛が生える遺伝子など持ってはいない。


 しかしそうしておくことは色々と都合が良く、そして便利だった。


「はてさて、何が出ますかね」


 トイレへ向かいがてら件の女、寺島沙希をちらりと見やる。自身の席で楽しそうに友人らしき誰かと語らっており、こちらには気付いていない。


 あいも変わらず足元には無数の手と、そして小さな顔。


「間違いなさそうだ。間に合うと良いが、しかしどうだろう」


 誰にも聞かれないようそう呟くと、健は何食わぬ顔で教室を出て行った。




「よーう、たーけるー。さきちゃん彼氏いないってさー」


 夕日が差し込む屋上に、狐狸丸の間が抜けた声が通る。健は「そうか」とどうでも良さげな返答をしたが、しかし内心では期待外れだとがっかりとしていた。


「本人含め色々あたってみたけど、全然そんなそぶりはないねー。話振っただけで真っ赤になってたし、ありゃ相当に初心うぶですぜ。たける、狙っちゃう? 狙っちゃう?」


 目を細め、楽しそうに狐狸丸が顔を覗き込んでくる。考え事をしていた健はわずらわしいと彼女を押しやると、小さく鼻を鳴らした。


「俺に恋愛沙汰が難しいってのは知ってるだろ。放っとけ。それよりお前の言う通りだとすると、面倒な事になるな」


 健は春先のもたらす冷たい風から逃れるように屋上入り口の壁に腰を下ろすと、きょとんとした顔で首を傾げる狐狸丸に向けて言った。


「あれは、水子みずこだ」


 世間一般で用いられている通り、流産や死産といった、何らかの理由で死亡した胎児や赤子。すなわち、水子。


 健は今までに何度か水子の怪異に出くわした事があり、彼女の足に巣くうそれがそうである事には確信があった。比較的良く見かけるものであるし、あまり害を成す類のものではない。しかし――


「でもあれ、マガツだったよね? 彼女、おいしそうだったもん」


 にこにこと、狐狸丸が言った。彼女は健のまえで犬のような姿勢でちょこんと座ると、ご丁寧に舌なめずりまでし始めた。


「あぁ。マガツ香りのケガレだ。成長も早いし、随分な恨みを買ってるはずだな…………ちなみに、絶対に食うなよ」


「あいあい。いまのところは、だよね? 場合によっては行っちゃってよくない?」


「駄目だ。天照かあさんに言い付けるぞ」


「うぇ! いやいや、うそうそ。嘘だから。ごめん、冗談。こりまる、ハレの狐だから。人間食べたりしない」


 戸籍上の母の名を出すと、とたんに顔を引きつらせ、必死の弁明をはじめる狐狸丸。彼女はアマテラスの眷属けんぞくであり、この世の誰の命は聞かずとも、主人のそれだけは絶対だった。


「晴れの狐ねぇ。良く言うぜ。しかし男の気配がないとすると、何だ。水子供養の地蔵でも壊したか?」


「ずっこんばっこんやってろしまくってる、って線はまずないよ。こりまる自信ある。お地蔵さんは、うーん、あの娘、そんないたずらするようなアホぉ?」


「表現方法はあれだが、まぁ、そうだな。少し話した程度だが、そういった感じには見えなかった。妊婦に暴力を振るったという線も、さすがに考え難いな」


「ふつーの娘っ子だったもんねぇ。そうなると、どっかで拾ってきちゃったのかな…………あっ! ねぇタケル! あれはいいよね!」


 ぴょんと狐狸丸が立ち上がり、屋上の柵向こうを指差す。健がそちらを見ると、そこには今まさに階下へ飛び降りんとばかりの男子生徒の姿があった。


「おいっ! おまっ…………あぁ、いいや。すまん、なんでもない」


 反射的に立ち上がりかけた健だったが、その必要はなさそうだと力を抜いた。


 それもそのはず、男子生徒の首は前後が逆についており、手足はおかしな方向に捻じ曲がっているのだ。おまけに腹からは内臓まで晒している。助けられる命ならばともかく、既にどうこうする必要はなさそうだった。


「好きにしろ。大したケガレじゃない」


 健がそう言うと、狐狸丸は脱兎のごとく駆け出した。そのまま彼女は柵を掴むと、残った手で勢いのまま男子生徒の首を掴み、引き寄せ、にんまりと笑った。


 そして、頭から食らい始めた。




 放課後。大和宅。


 玄関に積み上げられたダンボール箱と格闘する人と神のふたり。


 健は箱の側面に描かれた有名な通販会社のロゴがまるで自分をあざ笑っているかのように感じつつ、開封作業を進めていく。横を見ると同じように感じていたのだろうか、カッター代わりに使用している刀でダンボールを必要以上に細切れに切り裂くスサノオの姿があった。後世、箱薙ぎの剣とでも呼ばれるのだろうか。


「いっつも思うんだけどよ。現物のまんま持ってくりゃあ良くねぇか? どうせ壊しちまうんだしよ」


「どう使うかは宅配業者には与り知らぬ事だろ。しょうがないさ」


 スサノオと健は箱から取り出した無数の鉄の板を重ねると、2階のリビングへと持ち運んでいく。物は鏡。それもただの鏡ではなく、大和時代を彷彿とさせる文様の描かれた、金属を磨き上げる事で作られた骨董品。


 もちろんレプリカだが、数が数だけに総額となると馬鹿にはならない。大きさも相当で、両手で抱える必要があった。


「はぁい、ご苦労様。その辺りで大丈夫よ~」


 アマテラスの指示に従い、10枚の鏡が円形に並べられる。それぞれは5対の合わせ鏡となり、前を通る者を光の続く限りに増殖させている。


「今月は厳しいから、出来れば避けたかったんだがな。仕方が無い」


 鏡の中央に座るアマテラスから少し離れた場所で、健がぼそりと言った。それが聞こえたらしきアマテラスは「あらぁ」とおっとりした調子で首を傾げた。


「それなら誓約うけいの弓、使う? 潔白なら、どんなに狙って撃っても当たらないのよ?」


「…………潔白じゃなかった場合は?」


「死んじゃうわねぇ」


「遠慮しとく。占いの方で頼むよ」


 相手は悪人ではないし、例え悪人であったとしても、死刑にするほどの何かがあるとはとても思えない。健がそういった考えから断ると、アマテラスは「そうよねぇ」と優しい笑みを浮かべた。


「それじゃあ、目を瞑ってね」


 アマテラスはそう言うと、目を閉じ、両の手を肩の高さまで掲げた。健はすぐさま手で目を覆い、首を横に逃がしたが、しかし十分ではなかったらしい。網膜を焼き尽くすかのような光が手やまぶたを通して伝わってくる。


「はぁい、出ました。もう大丈夫よー」


 ほんの1分程だろうか。やがて光が止み、そこにはアマテラスと溶解した鏡だけが残されていた。健は残光が残る目をぱちくりとさせながら、閉じていた分厚い遮光カーテンを開いていく。


「カーテンの向こう側にいるのが正解か……で、何て出た?」


 健の問いに、溶けた鏡の方を見やるアマテラス。鏡は溶解し、しかし不思議な事に意味のある形を留め、そこに並んでいた。


 それらは全て、片仮名の形をしていた。


「シ、オ、ノ、モ、ノ、カ、ズ、ラ、イ、エ。う~ん、どういう意味か、健ちゃんわかる?」


 アマテラスが鉄の文字を読み上げ、首をひねった。

 しかし健も同じように、首をひねる事となった。




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