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禍つタケルの怪異事件録  作者: Gibson
第1章 寺島沙希の怪
11/21

第11話



   ――― 11 ―――



「おつかれー。また明日ねー」

「さきっぺ、ばいばーい」


 ふたりの部活仲間が向こうへ歩きつつ、手を振って別れの挨拶を述べてくる。寺島沙希も同じように手を振り返し、顔はにこにことしていたが、しかし心中はそうではなかった。


「…………はぁ。行っちゃった」


 土手の上で段々と小さくなっていく部活仲間の友人達を見送ると、沙希は心細さからひとりごちた。いつも通りの時間の、いつも通りの道。本来であれば大好きな家族の待つ家までの、楽しい道のりのはずだった。


「ウ――ォ――ォ――」


 川の方に気配を感じ、はっと振り返る。しかしそこには広々とした芝生と、日中使われているのだろう野球グラウンドがあるだけで、人影や何かは見あたらなかった。


「大丈夫。大丈夫。お守りが、あるから」


 沙希は手にした小さな板きれをぎゅっと両手で握り締めると、その格好のまま土手の上をゆっくりと歩き出した。


 お守りは学校を出る前に大和健からもらったもので、何やら蛇がのたくりまわったような文字が書かれていた。文字の内容はまったくもって不明だったが、しかしそれがむしろ超常めいた力をもっているように感じさせてくれ、沙希はそれの意味をあえて聞こうとはしなかった。


 彼女はすれ違う自転車や車、走る人々などに疑いの目を向けつつ、時折振り返りながら家までの道を歩いていく。幸いにも月明かりは明るく、もちろん停電によって街灯が消えているなどという事もなかった。


「ォ――マまァ――マ――」


 再び聞こえた声。沙希は急いで振り返ると、手に持ったお守りを前へと突き出した。


「はぁ……はぁ……」


 突き出した先には何もなく、少し離れた場所に犬を連れた女性が散歩をしている姿があるだけだった。


 沙希は再びお守りを抱きこむと、いつの間にか荒くなっていた呼吸を整えるため、ゆっくりと深呼吸をした。


「大丈夫、大丈夫。ハレ、ハレ。キヨメ、キヨメ」


 健と狐狸丸に教わったおまじないを口にしつつ、再び歩き出す。彼らが言うには「ハレ」とは即ち「晴れ」の事であり、晴れ姿、晴れ舞台といったように、たいへんポジティブな力を持つ言葉ということだ。その逆はけがれであり、まがである。


「ハレ、ハレ、キヨメ、キヨメ」


 沙希は一般的な女子高生と同程度には占いや超常現象に興味はあったが、しかしそれは信じる信じないといった難しい事ではなく、せいぜいちょっとした娯楽として悪くない、といった程度のものだった。


 しかし今となっては、頭のどこかで馬鹿馬鹿しいと思いつつも、縋らずにはいられない何かとなっていた。信じる信じないといった話ではない。見えているのだ。もう次の段階へ行ってしまっている。


「もう…………送るくらいしてくれても、いいのに」


 八つ当たりだとは解りつつも、ぼそぼそと毒づく沙希。彼女は部活が始まる前に健と狐狸丸に声をかけ、家まで送ってくれないかと頼んだが、しかし断られたのだ。


 学校が最も危険であり、そこから離れれば大した危険はない。自分らは用事があるので部活が終わるまでは学校にいるが、しかし帰りはひとりで頼む。


 それが彼らの言い分だった。もちろん本来であればわざわざ部活終わりまでどこかで暇を潰してくれていたらしい彼らに、感謝こそすれ恨み言などもってのほかなのだが、しかし今の彼女にそういった余裕はなかった。窮すれば人は歪んでいくものだ。


「ほら、早く来なさーい。置いてくわよー」

「待ってよー。母さん、待ってよー」


 川沿いの空き地から、子供連れの家族の声が聞こえてくる。手にラケットを抱えている事から、きっとバドミントンでもしていたのだろう。聞こえてくる言葉から、帰りたくないと駄々でもこねたのだろうと想像できた。


「…………そういえば健さんのお母さん、美人だったな」


 喫茶店で紹介された健の母は、沙希の拙い日本語ではどう表現すれば良いのかわからないと思う程に、美しい女性だった。浮かべた口元の微笑が印象的で、思い出すだけでも胸が温かくなってくる。


「お店はお母さんのだって言ってたし、見える人なのかな?」


 沙希はぼんやりと健の母の事を考える事に、家までの帰路を費やす事を決めた。そうしている間は不思議と恐怖が和らぎ、なんだか安心できたからだ。


 健の母とはほんの2、3言を喋ったのみであり、考えのほとんどは単なる想像や妄想と言われる何かで占められる事とはなったが、しかしそれを続け、最終的に沙希は目的を達する事ができた。


 土手を下り、自宅への道を少しだけ進むと、明かりのついた自宅が見える。寺島沙希は無事に到着できた事を喜び、ほっと安堵の息をついた。


 だからかはわからないが、彼女は最後まで、背中におぶさった異形の赤子に気付く事はなかった。




 音楽室。


 ほんの数十分前までは様々な音色と話し声で賑やかだったろうそこも、今はひっそりと静まり返り、後片付けか何かだろうか、2名程の生徒が残っているのみとなっていた。


 今の時間は各々部活動が終わり、そしていくらもしないうちに校内の各所が施錠され、一部職員のみとなるだろうそんな合間だった。


「たける、どしたん。沙希ちゃんは探してもいないよ?」


 いつも通りののほほんとした表情の狐狸丸が、音楽室の中を覗き込みながら言った。


「わかってるよ。つうか、今さっき見送ったばかりだろう」


 特に意味はないだろう軽口に、これまた同じように意味もなく返す。健はしばしきょろきょろと周囲を探すと、目的の物を見つけて目をとめた。


「谷岡、ねぇ」


 彼が見ているのは、教師の名が印刷されたネームプレート。フックにかけられたそれは、恐らく裏側には同じ名前が黒の字で書かれているのだろう。しかし今は赤字の名前が手前にかけられており、不在である事を示していた。


「まぁいい。それじゃあお邪魔するとしようか」


 健はそう言って手をぱちんと打ち合わせると、扉をノックし、「失礼」と中を覗き込んだ。


「居残りご苦労様です。2年の大和健と、こっちは妹の狐狸丸。寺島沙希が巾着を忘れたんで取ってきてくれと頼まれたんですが、ありますかね?」


 声をかけ、反応を見る。残っていた男女の生徒は顔を見合わせると、こちらへ向けて首を振ってくる。もちろん巾着などあるはずもないが、「そうですか」といくらか困った表情を作った。


「ちょいと探してもいいですかね。もうすぐ施錠されちゃうんで」


 いくらか強引だが、そう言って中へと入る。健は狐狸丸と二手にわかれると、ふたりの視線を集めるべく大袈裟なジェスチャーと共に「これくらいの大きさの――」と説明を始めた。


 居残り生徒ふたりの背後では狐狸丸がやるべき事をてきぱきとこなしており、素早い動きにも関わらず音らしい音はほとんど立てていない。健はそれがあまりに静かなため、むしろ逆に不自然なのではないかと不安になった。


 健は時間を稼ぐべく生徒にいくつかの質問をすると、やがて「たけるー、あったよー」との狐狸丸の声がかかる。小さいバッグを掲げて左右に振る彼女に、健は「よかった」と適当な事を言うと、ふたりに丁寧に礼を述べ、部屋を出る事にした。バッグはもちろん偽装のために自分達で持ち込んだ物だ。


「いっちょあがりだね。ちなみに、これなに?」


 音楽室を出ると、狐狸丸が不思議そうに巾着を覗き込みながら尋ねてくる。


「ん、賄賂みたいなもんさ」


 健は巾着を奪い取ると、鞄の中へとしまった。狐狸丸が何やらにやにやとしている気がしたが、それは努めて無視する事にした。


「ん? お前ら、こんな時間まで何やってんだ」


 ふたりが階段を下っていると、踊り場で教師の谷岡と鉢合わせとなった。健はいくらか驚いたが、すぐに大人受けのする柔らかい笑みを作り出した。


「申し訳ありません。どの部活に入ろうか迷ってて、妹と色々見てまわってたんです」


 それらしい嘘をつき、様子を見る。すると谷岡は「あぁ」と納得の声を上げ、「どこにするつもりだ?」と聞いてきた。


「運動があまり得意ではないので、文化部に入るつもりです。吹奏楽も興味はあるんですが、あいにく経験がなくて」


「なるほど。先生も音楽の事は良くわからんからなぁ。サッカー部に来るんだったら面倒みるぞ。妹の、狐狸丸君、だったか。君はどうだ? マネージャーだけでなく、ちゃんと女子もあるぞ」


「いやぁ、こいつは不器用なんで、道具を使ったスポーツは向いてません。やるなら陸上ですかね。でも急ぐわけでもないので、ゆっくり決めたいと思います」


「そうか。まぁ何にせよ今日はもう帰れ。玄関閉まっちまうぞ」


「わかりました。それでは失礼します」


 頭を下げ、小走りに階段を下りていく。やがて1階まで到着すると、健はうなじにちりちりとした感覚を覚え、階段上を振り返ってみたいという衝動にかられた。


「…………狐狸丸。どうだ」


 しかしぐっと我慢し、尋ねる。すると狐の化身はいつものにこにことした笑顔で、「見られてるよ」と事もなげに返してきた。


「そうか。信用されてないのか、それとも、はたまた。カシコミ、カシコミ」


 健はそんな事をぶつぶつと言いつつ、後は真っ直ぐに玄関へと向かった。

 鉄の床を踏みしめ、鉄格子向こうの赤い空を眺める。


 肌を焼く感覚は、いつまでも続いていた。




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