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 レースのカーテンを通して、窓から差しこむ光の眩しさで目が覚めたとき、酷い頭痛がしていた。宿酔(ふつかよ)いのせいだった。

 奇妙な夢を見たようだが、あれはすべて現実のはずだと思った。俺はベッドを抜けだし台所へ行くと、抽斗(ひきだし)から頭痛薬を取りだしてそれを飲んだ。それから紅茶を淹れて、新聞を手にした。

 おかしな記事があった。

 ――イングランド王は、以前から懸念され、多くの市民や様々な団体、また一部の教会組織から提言されていた法律改正の要請をうけ、刑法の改正に踏み切った。その内容は、今後一切の死刑執行を全面的に停止するものである。王が死刑の停止を決めた理由は今のところ不明だが、詳細を知る情報筋によると、死刑執行に抗議するような奇蹟が起こったことが、その理由であると囁かれている――

 新聞の日付は1799年10月31日だった。

 壁にかかった日めくりカレンダーに目をやると、日付は2019年10月30日だった。つまり収穫祭の前日だ。毎朝カレンダーを千切るのは習慣のひとつだったし、昨夜カンレダーに触れた記憶は俺にはなかった。

 信じられない思いで、〈ワルプルギス〉に行ったときに着ていたジャケットのポケットを探った。硬く冷たい手触りを伝えてくるリモコンがあった。再び新聞を掴んで確かめた。日付は18世紀のままだった。記事もちゃんと変わらずあった。俺はもう一度ポケットからリモコンを取りだすと、裏蓋を外して電池を取りだし、燃えないゴミ用の箱にリモコンを投げこんだ。


 こうしてシェイマス・ルアと呼ばれる男は、足抜け屋から足抜けして、作家になったのだ。

 つまり、俺は爆弾テロの犯人や、そういう犯罪の容疑者にならずに済んだのだ。そんな俺が確信をもって言えることは、芸術には素晴らしい力があるということだ。百万の言葉を絶叫し、百万の行動であれこれ示威しようが、抱えこんだ怒りは消せないし、そういうやり方は、暴力的な連中を引き寄せ、自暴自棄になったり、集団で他人を傷つけるようになるのだから。

 だが芸術のもつ力は違う。嘘だと思うなら、作家になったつもりで、何か書いてみるといい。とうてい満たされないと思い込んでいる気持ちを、お伽噺にして物語るんだ。喜劇だっていい、悲劇だっていい、風刺劇だっていい、叙事詩だって抒情詩だっていい、まずはやってみることだ。なぜって人間は、昔からそうやって苦悩や悲嘆を、笑い飛ばしてきたからだ。

 その証拠をお見せしよう。


  のこぎり草とヘンルーダ、

  そして赤い帽子にかけて、

  イングランドへ、それ急げ!


 のこぎり草の花言葉は「勇敢、戦い」、ヘンルーダの花言葉は「軽蔑、悔恨」、そして赤い帽子には「無事に故郷に帰るための必需品」という意味が込められている。

 今でも俺は、「J」が発音できないことを馬鹿にされると、この憎たらしいイングランド野郎めが、ぶち殺してやろうか! と思うことがある。だけどそういう気持ちを、あいつらの酒蔵にある酒を、一滴残らず飲み干してやる物語にして馬鹿笑いすれば、案外、気が晴れてしまうのが人間というものなんだ。そして、感受性の鋭い人なら、俺と俺の故郷の人たちが味い、また味わっている痛みを感じとって、同情ではない涙を流してくれるだろう。隠喩を読みとってもらえないからって、嘆く必要はない。物語を読み終えたあと、ああ面白かったと言ってもらえれば、それでいいのだ。なぜって、人を楽しい気持ちにさせるのは、嬉しいことなのだから。

 もっとも、俺を作家にさせたのは、長年の怒りなんかじゃない。俺の足抜け屋になってくれた一人の女のおかげなんだ。

 それは誰かって? ヤボなことを聞くもんじゃない。

「ねえ、あなたー、紅茶を淹れたから、休憩がてら、こっちに来て飲まない?」

 ほら、マッヂが俺を呼んでいる――。


 読者諸兄、それではまた次の物語で、お会いしましょう。

参考文献(原典):

ちくま文庫、W・B・イエイツ編『ケルト幻想物語「魔女の遠出」』

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